報道によれば、中小型液晶パネルで世界首位のジャパンディスプレイは、東京証券取引所に3月19日に上場することになりました。上場による資金調達額は最大1,738億円で、中小型パネルの設備投資に充当するそうです。上場後の時価総額は6813億円となる見込みとか。
ジャパンディスプレイは日立製作所、東芝、ソニーの中小型液晶パネル事業を統合し、2012年4月に発足しました。産業革新機構が84%の株式を保有します。普及が進むスマートフォン(スマホ)やタブレット端末用のパネルの高精細化に強みを持ち、業績が急回復しており今回のIPOとなりました。
私はアナリストではないため、事業そのものの説明は専門家の方にお任せするとして、私自身は今回のファイナンス面を見ていきたいと思います。
但し、今回の有価証券届出書は400ページ超になり、特に事業の内容、対処すべき課題、事業等のリスクはしっかりとワーディングされており、パネル業界の環境そのものを分析するにも、非常に参考になると思われます。
■ ファイナンス概要
公募は国内7700万株、海外6300万株の合計1億4000万株、売出は国内約1億1764万株、海外9626万株です。OAは1800万株で貸株人は産業革新機構で、シンジケートカバー取引と第三者割当増資で回収します。今回の想定発行価格1,100円で行った場合、公募調達額は1,994億円、売出額は2,353億円の合計4,347億円(引受手数料等含む)の大型ファイナンスとなります。
■ 株価水準は妥当
それでは、バリュエーションを見てみましょう。
今期業績見込みは売上6,234億円、営業利益304億円、EBITDA930億円、当期純利益366億円です。EPS145.55円(OA含まず)で、想定発行価格は1,100円ですから、予想PER倍率は7.56倍。
比較対象会社は小型パネルを製造している発行体はパナソニックとシャープがありますが、パナソニックはその規模感と、事業セグメントが極めて大きく、パネル中心の議論をするには向かないため、液晶パネルの売上が今期35%近くになるシャープとの比較を行いたいと思います。
但しシャープは昨今の業績不振からの回復途上であり、今期の予想PERは104.8倍と異常値になっており比較できません。そこで両社のEBITDA(営業利益+減価償却+のれん償却)で比較してみたいと思います。
ジャパンディスプレイの一株当たり予想EBITDAは370.17円なので、想定発行価格1,100円/EBITDA倍率は2.97倍。シャープの一株当たり予想EBITDAは140.18円(第三者割当調整後)、過去3ヶ月平均株価は334.93円なので、株価/EBITDA倍率は2.39倍となります。この差をどう考えるか? 収益率を見てみると、ジャパンディスプレイの売上高営業利益率4.8%、売上高EBITDA比率は14.9%です。シャープは、売上高営業利益率3.4%、売上高EBITDA比率は8.2%なので、ジャパンディスプレイのシャープ収益性に対する優位性は営業利益率で1.41倍、EBITDA率で、1.81倍になります。
但し、IPOディスカウント約30%を割り戻したジャパンディスプレイのフェアバリューベースの株価は1,571円となり、フェアバリュー株価 / EBITDA倍率は4.25倍とシャープとの倍率の差が拡大し、優位差も1.78倍となりますが、ほぼEBITDA率の優位差1.81倍と同様になるため、概ね株価水準は妥当なものと考えています。
■ 株式流動性は通常案件の2倍であり若干不安
ファイナンスの規模を測る指標として、オファリングレシオ(Offering Ratio)があります。計算は簡単で(公募株+売出株)/ 本件公募含む発行済株式総数)。要は発行済み株式数のどの位を株式市場に放出(公募・売出)すれば、適正に投資家が株を消化できるかという指標のことです。
ここはバリュエーションとは直接関係ない部分ですが、IPOを成功させるために極めて重要なファクターとなっており、この適正レンジは結果的にIPOの場合、20%プラスマイナス5%が良いディールだといわれています。
このレンジより下だと、株式流動性が乏しく、希少性が高まり、株価がトぶ(初値が公募価格の何倍にもなること)ことになり、このレンジよりも上だと、株が市場で消化できず、ダブつくため、公募価格を割り込む初値となってしまい、主幹事証券としてはディールコントロール出来なかったことになります。
ジャパンディスプレイの本件含む発行済株式数は6億138万株で今回の公募売出数は3億7190万株(OA含む)なので、オファリングレシオは60.6%となります。昨年のIPOのオファリングレシオの平均は27.3%なので、明らかにファイナンス規模が大きいですね。
但し、2012年9月に株式時価総額6873億円で上場した日本航空は96.5%であり、ファンドが関与している案件は、資金回収を優先させるために、かなり公募売出数が大きくなる傾向にあります。投資する時に、大きく仕掛ける案件であるため、時価総額の大きい案件を取り扱うことも多く、ビッグネームであることから、結果として多数の機関投資家に販売することが可能となり、日本航空みたいなケースも稀にあります。
そういった意味では本件は日本航空と同程度の株式時価総額でありながらも、オファリングレシオを60%に止めているのは、ジャパンディスプレイがBtoB事業であり、一般個人にはあまり名前が知られていないことと、産業革新機構が全部売却することなく、引き続きジャパンディスプレイを支援するという意思の表れだと受け止めています。
■ 産業革新機構のリターンについて
産業革新機構は平成23年9月から翌年3月にかけて、旧ジャパンディスプレイ株を1株5万円で400万株(現在は100分割後4億株)、合計2000億円を出資しました。
今回のファイナンスではそのうちの2億400万株(OA含む)を1,100円で売却するので、2,244億円、投資額の約51%を回収します。
ということは、今回のファイナンスで投資額2000億円は先ず回収となります。今後残りの売却は全て売却益ということですね。また、投資リターンでは、1株500円が2年で1,100円の2.2倍。本件売却株のIRRは48%となります。一方でIPOはM&Aと違い、全株売却はほとんど困難なので、残りの2億株は今後ジャパンディスプレイの成長を支援しつつ、業績伸長と共に株価を見ながら、長期に回収していくのでしょうね。
いずれにしろ、産業革新機構のディールとしては、その設立の趣旨に則った、一部のイグジットであり、非常にシンボリックなツームストーンとなりました。今後のジャパンディスプレイに期待したいと思います。
(2014年2月15日「Hiroの 『グローバルで負けないリスクテイク出来る日本』より転載)