変化した日銀「黒田総裁」発言で金融政策「変更」はあるか--鷲尾香一

黒田東彦総裁を中心に、このところ日銀幹部の発言が微妙かつ明らかに変化している。

 日本銀行は12月21日に行われた金融政策決定会合で、現行の金融緩和政策据え置きを決定した。

だが、黒田東彦総裁を中心に、このところ日銀幹部の発言が微妙かつ明らかに変化している。黒田総裁の任期満了となる2018年4月8日が約3カ月後に迫ったこの時期に、これは一体何を意味するのだろうか。

「リバーサル・レート」発言

黒田総裁が11月13日にスイスのチューリッヒ大学で行った講演「『量的・質的金融緩和』と経済理論」の内容は、市場関係者に衝撃を与えた。講演の中で黒田総裁は、「リバーサル・レート」という考え方を紹介した。

「リバーサル・レート」とは、現在日銀が進めている質的・量的金融緩和のように、金利が下がり過ぎると銀行の預貸金利ザヤが縮小し、経営が苦しくなることによって金融仲介機能が阻害され、逆に金融緩和の効果が反転(リバース)する可能性がある、という考え方だ。

講演がスイスで行われたものだったため、当初、市場の反応は鈍かった。敏感に反応したのは、国内の市場関係者よりも、いわゆる外国人投資家だった。その反応は、日本株安、円高という形で表れた。外国人投資家は、黒田総裁の講演内容から、日銀が金融政策を変更する可能性を嗅ぎ取ったのだ。

確かに、日銀が金融政策としてマイナス金利を導入した際に、強く抵抗する銀行界に対して黒田総裁は、「金融政策は金融機関のためにやるものではない」と突き放した。その姿勢から考えて、銀行の苦衷を慮るかのような「リバーサル・レート」発言は、外国人投資家にとって異質に映ったに違いない。

日銀は、この黒田総裁の「リバーサル・レート」発言によって触発された金融政策変更の思惑に対する"火消し"に走った。ある日銀関係者は、「金融政策の変更というよりも、むしろ現在の金融政策の出口(終わり)が見えないことで、銀行の経営がより一層不安定化する可能性に警鐘を鳴らした」と説明している。

公取委への「意識付け」か

そういえば、同様の警鐘を鳴らしている御仁がいま1人いる。金融庁の森信親長官だ。森長官は、地方の過疎化、人口減少、少子高齢化、マイナス金利下という経営環境の中で、銀行、特に地方銀行は経営困難に陥る可能性があるとの警鐘を鳴らし続けている。

10月25日に金融庁が発表した過去1年間の金融市場や金融行政を分析した「金融レポート」では、地銀の経営状況について「多くの銀行で収益性の問題を抱えている」と指摘。マイナス金利政策の導入などを背景に、本業利益がマイナスになる銀行が年々増加しているとした。

森長官といえば、黒田総裁が任期を終えた後の次期総裁候補として下馬評にも上った時期がある。アベノミクスでの金融政策推進に当たっては、黒田総裁と森長官が両輪になっており、黒田総裁同様に安倍首相の盟友でもある。

そうした点では、今回の黒田総裁の「リバーサル・レート」発言は、森長官が推し進める地方銀行改革を側面から支援したものともいえそうだ。これは中曽宏日銀副総裁の発言にも見て取れる。

11月29日、中曽副総裁は都内での講演で、「適正な対価を求めずに銀行が預金口座を維持し続けるのは困難になってきている」と述べ、銀行が口座維持手数料などを徴収することに理解を示した。確かに、銀行が手数料をもっと自由に徴収するようになれば、経営の安定化に寄与する。しかし、この中曽発言は「手数料」の法的管理を行っている公正取引委員会(以下、公取委)に、銀行の経営危機に対する意識付けを行うためだったのではないか。

森長官が絵を描く地方銀行の経営統合では、九州のふくおかフィナンシャルグループと十八銀行の経営統合が、2016年2月26日の発表以来、公取委の認可が下りずに"無期延期の店晒し状態"になっている。中曽副総裁は、こうした状況を打破するため、公取委が所管する手数料問題を取り上げた可能性がある。

事実、中曽副総裁は講演後の質疑で、公取委が一部の地方銀行の経営統合に難色を示している点について、一般論とした上で、「銀行の破綻は一般企業の破綻より、社会的コストが格段に大きくなる」と公取委を牽制している。

12月15日、新潟県を地盤とする第四銀行と北越銀行の経営統合を公取委が承認した。両行は2018年4月に経営を統合すると今年4月5日に発表していたのだが、公取委がなかなか認可を下ろさず、スケジュールを延期していた。それが突然、ここにきての統合承認。中曽副総裁の講演からわずか16日後のことだ。

「累積的」の意味

こうして見ると、黒田総裁の「リバーサル・レート」発言も、中曽副総裁の「銀行による手数料拡大発言」も、マイナス金利下での銀行経営に対する危機感から出ているもので、金融政策の変更を示唆したものではないように思える。しかし、本当にそうなのだろうか。

12月7日、都内で講演した黒田総裁は、自らが金融政策の目標とする2%の物価上昇の達成時期について、「それはいつか、という問いに明確に答えるのは簡単ではない」と述べた。これまで、幾度となく達成時期を先送りしてきてはいるが、ついに、達成時期についての回答を拒否した格好だ。

黒田総裁が進める金融緩和の大きな要素の1つが、「物価が上昇するというマインドを根付かせること」にある。黒田総裁は、それがデフレ・マインドから抜け出すためのポイントだと明言している。しかし、物価上昇の達成時期を回答できないほど黒田総裁が自信を失っているのだとすれば、もはや2%の物価上昇は意味をなさなくなっているのかも知れない。

黒田総裁が「リバーサル・レート」発言をした講演では、もう1つの変化が見られた。「低金利環境が金融機関の経営体力に及ぼす影響は"累積的"なものである。こうしたリスクにも注意していく」と述べているのだ。この"累積的"という認識は、これまで示されてこなかったものだ。

もし、低金利環境、マイナス金利が金融機関の経営に"累積的"に影響しているという危機感を持っているのであれば、抜本的に金融緩和政策を変更することはなくても、金融機関の経営に配慮するのではないか。例えば2016年9月から実施している「イールドカーブ・コントロール(長短金利操作付き量的・質的金融緩和)」を水準訂正し、金利水準をわずかながらも引き上げるような小幅の政策変更を実施する可能性はあるだろう。

なにしろ、2%の物価上昇が達成する前に金融政策を変更すれば、それは即、"日銀の敗北=黒田総裁の敗北"を意味する。しかしながら、金融政策を変更するのは、金融機関の経営を安定化させ、ひいては国民の預金を保護するためとなれば、十分な大義名分だろう。金融機関を悪役にすることで、黒田総裁の面子も保たれる。

こうして考えれば、黒田総裁の任期が来る来年4月前に、日銀が小幅な金融政策の変更を行う可能性は十分にあるのではないだろうか。

鷲尾香一 金融ジャーナリスト。金融業界紙、通信社などを経てフリーに。

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(2017年12月22日
より転載)