トランプ米大統領が司法当局の動きに非常に敏感であることは、よく知られている。
昨年11月の大統領選挙当選後、最初に発表した閣僚人事は司法長官の指名だった。ジェフ・セッションズ上院議員を充てたのは、上院議員として最初にトランプ支持を表明した側近だったからだ。選挙中からあれほどの疑惑を指摘されたトランプ氏。刑事事件の追及から自分を守るための人事を優先したのは明らかだった。生涯で合計約4000件もの訴訟を抱えながら、刑事事件も免れ、税法上の利点を最大限利用して過去18年間所得税支払いを免れてきただけのことはある。
クリントン元国務長官のeメール問題捜査の拙さを理由に、ジェームズ・コミー連邦捜査局(FBI)長官を5月9日、いとも簡単に解任して厄介払いしたつもりかもしれないが、やはり政治は素人だった。そんな理由は誰も信じない。
なぜ、いま解任なのか? 誰もが抱くそんな疑問に対する答えは、早くも翌日に出た。
捜査費増額要求に恐れ
10日付『ワシントン・ポスト』等の報道を総合すると、コミー長官は昨年の大統領選挙中にトランプ陣営を支援した「ロシア・コネクション」の捜査に要する「捜査費が不足している」との強い不満があり、先週にはロッド・ローゼンスタイン司法副長官に予算増を要請。8日には、上院情報特別委員会のリチャード・バー(共和党)、マーク・ウォーナー(民主党)正副委員長にも同じことを頼んだという。
こうした動きを受けて、トランプ大統領は8日、セッションズ長官およびローゼンスタイン副長官とホワイトハウスで協議したと伝えられ、その場でコミー前長官解任を決めたとみられている。
トランプは捜査対象外?
9日、ローゼンスタイン副長官は長官宛に、「FBIへの国民の信頼回復」と題するメモを提出して、「クリントン元長官のeメール捜査の結論の取り扱い方は間違っている。......コミー長官には必要な修正措置は期待できない」と、事実上、解任相当と表明した。これを受けて、大統領は「新長官を探すことが不可欠」と解任を通告する書簡をコミー氏に送付した形だ。
この書簡の中の2段落目の文章が異様だ。大統領は、「君が3回にわたって私が捜査の対象でないと通知してくれたことを高く評価するが、それでも君がFBIを効果的にリードできないとする司法省の判断に同意する」という長い文章。前段で自分が捜査の対象でないとコミー氏が伝えたことは解任と無関係にもかかわらず、あえてそのくだりを挿入したのは、コミー氏が大統領自身を捜査しようとしたから解任したわけではないことを国民に知らせたかったからだろう。
しかし、まだ捜査対象ではないということであって、今後とも捜査対象にならないとは限らないだろう。逆にいえば、今後FBIが捜査費を増額して捜査を拡大していくと恐ろしい、という気持ちがあるとみていい。
「連邦大陪審」開催へ
コミー氏を解任した理由はそれだけではない。
実は、国家安全保障問題担当大統領補佐官をわずか24日間で解任されたマイケル・フリン氏に対する捜査で、連邦大陪審が開かれる運びになったことが9日の『CNNテレビ』の報道で伝えられたことだ。
昨年の大統領選挙中の、トランプ陣営とロシアとの関係を追及するFBIの捜査は、昨年7月から秘密裏に進められてきたが、連邦大陪審を開く計画が明らかになったのはこれが初めて。CNNによると、フリン氏とロシアとの関係を知る複数の人物に対して、バージニア州のアレクサンドリア地検当局が召喚状を出したというのだ。
フリン氏には、(1)ロシアのプロパガンダ機関とも言えるニュース専門テレビ『RT(ロシア・トゥデイ)』の招きでロシアで講演し、計4万5000ドル(約500万円)の支払いを受けたが、それを申告しなかったこと(2)キスリャク駐米ロシア大使との秘密の電話(3)トルコ政府のためのロビイストを50万ドル(約6000万円)で請け負っていたが、「外国ロビイスト登録」をしていなかった――などの疑いがかけられている。
コミー前長官は、3月の議会証言で「ロシア・コネクション」捜査の実施を公式に認めた。実際の捜査には、FBIに加えて、司法省国家安全保障部門の検事、さらにバージニア州東部地区検察官事務所も加わっていることを明らかにしており、時間はかかるが、捜査態勢を整備して、着々と捜査を進展させている様子が伝えられていた。
後任に信頼性を欠く長官が指名された場合には、上院の人事承認はもめる恐れがあり、「特別検察官」設置を求める動きが強まる可能性がある。
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(2017年5月11日フォーサイトより転載)