東京大学で再び改竄問題が発生 J-ADNIなるアルツハイマー研究プロジェクトで起きていた問題とは

東京大学で怖れていた事態が再び発生した。研究データの改竄である。
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 東京大学で怖れていた事態が再び発生した。

 研究データの改竄である。

読売新聞

アルツハイマー研究、データ改ざんの疑い指摘

NHKニュースweb

アルツハイマー病研究 成果出せない状態に

朝日新聞デジタル

国主導のアルツハイマー病研究で改ざんか 厚労省調査

apital朝日新聞

先端医療激しい競争、成果急いだ可能性 改ざん疑い

 前回、ハフィントンポストのご厚意もあり、東京大学を始めとする国公立大学のガバナンスの問題について論じさせていただいた。それでなくとも、2013年夏からの半年間で、論文改竄の加藤茂明元教授のグループ、政策ビジョン研究センターの秋山昌範教授による研究費詐取問題、そして後見人サポート機構のパワハラ・横領問題と、立て続けにスキャンダルに見舞われている。

東京大学でパワハラ問題、論文捏造... ガバナンスを締め直し再出発して期待に応えよ

 ではまず、今回は一連のデータ改竄の背景を簡単に解説しよう。

 問題となったJ-ADNIとは、MCI(軽度認知障害)を持つ被験者を対象とした臨床研究のことで、このMCIというものがゆくゆくは重度の認知症(高次脳機能障害)へと発展していくのか、するとしてどのような形質や習慣を持つのかを確認するために、長期的な経過を見るための元となるデータを蓄積しようというプロジェクトだ。

 報道されている内容は限定的だが、臨床研究をする者としてこの問題の深刻さを表している。それが被験者の短期記憶の程度を知るために実施する「論理的記憶II」という心理テストだ。この基礎的なテストでデータが改竄されていたことが発覚したのであるから、その上に積み上げるべき分析の信頼性が根本的に失われるということは、医療従事者でなくとも容易に理解できよう。

 この「論理的記憶II」とは、被験者が解するであろう日常使う母国語の長文を読み聞かせ、読了30分後にどれだけの長文の内容を記憶していたのかを採点し判定するという、被験者の認知程度を知る極めて重要なデータである。

 MCI(軽度認知障害)は、いわゆる軽い物忘れであり、これが認知症のような経年によって重い問題を引き起こす障害であるのか、単純に疲労やストレスなどによって一時的に起こしているものなのか、外部的には判断しづらい。しかし、一定の日数をかけて定点的に観測し続ければ、それが認知症に至るプロセスか、それとも健常な状態に戻るのか分かるはずだ。

 そして、この「論理的記憶II」においては、30分という決められた時間が経過した後に長文が思い出せるのかどうかが重要である。今回のJ-ADNIは日本で行われている臨床データを海外の標準と揃えて互換性を持たせることも目的のひとつであるので、きっかり30分後に読み聞いた長文を被験者に思い出してもらって判定しなければならない。

 ところが、実際にはこの心理テストに応募した被験者に対して、10分後に長文を思い出してもらうよう指示をしてデータを作成していたことが明らかになった。当然、10分後と30分後では記憶している量や精度に違いがあるのは明らかであるので、これを30分後に聞き取りを行ったデータであると称することは、データ改竄以外の何者でもないという話になるのだ。

 当初は病院側のミスもあり、内容を訂正させたにすぎないと抗弁していたが、その後の調査で短期記憶の状態そのものも「記憶に障害あり」と「記憶以外に障害あり」の判定を書き換えさせるなどして、現在で確認されているだけで220件に及ぶ改竄と推定される訂正を出させている。

 さらに、本来はアルツハイマー型認知症の推移を長期観察することが目的であったにも関わらず、アルツハイマーにはまるで無関係の外傷性記憶障害(外傷性痴呆)や痴呆症状を伴う筋萎縮性側索硬化症(ALS)の患者までも被験者としていたことが明らかになっていた。問題となるデータだけでも545件が確認され、データ量でいえば16%が改竄、捏造されたものであろうと推測されることから、これらの臨床データはもちろん使い物にならない。

 そして、これらの臨床研究については、当然のことながら東京大学が指揮を執っているにせよ、実際の心理テストを行っているのは他の地方大学や医療機関など38の協力先であって、東京大学以外の研究者、医師だけでなく、海外の研究者も関与している。上記の改竄と思われる行為は、これら東京大学外の学識経験者の見ている前で起きていたため、データの取り方や訂正に対して異議の声が上がるのは当然であろう。

 このJ-ADNIのデータがおかしいという告発が行われたのは、プロジェクト開始初期の2008年末に遡る。東京大学とは縁もゆかりもない心療内科医たちは、カンファレンスや報告会で調査方法に問題があることを指摘、また事務局となっているバイオテクノロジー開発技術研究組合という名の、製薬メーカー寄り合い組織に対して改善要望を送っている。この時点で改竄の事実を認識し、問題を改めていれば何の問題もなかったのかもしれない。そして、当初問題を告発していた医師たちは、すでに全員J-ADNIプロジェクトから外れているのが現状だ。その後も、断続的にデータの信憑性について疑問を呈する内部関係者から少しずつ漏れ伝わり、他の医局でさえも問題プロジェクトと認識されるようになる。

 それから丸6年を経て、このJ-ADNIは目ぼしい成果を出すことなく、論文の一本も発表できていない中で、朝田隆筑波大教授と杉下守弘元東大教授らは、これらの基礎的なデータの改竄がある以上、学術論文を提出することはできないとして、ようやくJ-ADNIは不発に終わった内部告発から指導的立場にある教授陣の実名による問題視的を経て、破局へ向かって動き出す。

 その中心人物は、誰もが知っている東京大学の神経病理学の権威・岩坪威教授だ。すでに研究に携わる助教や他大学の医師らからは続々と不正に関する証拠が届き、厚生労働省もついに重い腰を上げざるを得なくなった。

 だが、本件は言うまでもなく研究を主導し中核にいた東京大学自体が研究内容に対する監査を行わなければならない事案である。もちろん、国や医薬品業界から9億円強の研究助成が出ている関係で、産学連携による情報保全の責務を負う部分はあったにせよ、一義的な管理責任は東京大学にある。

 しかも、朝田教授や杉下元教授からの指摘や、多くの医療機関からの要請があったにも関わらず、岩坪教授はいまなお「データの確認・修正を行っている段階で、改竄であるとの指摘は事実誤認だ」として譲らない。

 データ改竄に手を染めた研究者は、ばれてしまった瞬間、研究者として死刑宣告であることは間違いない。だから、何としても改竄を認めたくないという気持ちがあるのだろう。ただ、国民の税金を使い、製薬会社から資金を巻き取っておいて、この顛末というのは情けない。また、これだけの証拠を揃えられても岩坪教授に引導を渡せない東京大学のガバナンスの欠如も悲惨なものがある。事勿れの批判が東京大学に寄せられたとしても反論がむつかしいだろう。

 何より、痴呆に悩む本人だけでなく家族の苦しみから、一刻も早く責任もって開放するという責務を担う研究グループが、功を焦ってデータを改竄していたのでは二重の意味で裏切りをしたに等しい。

 ノバルティスにおけるディオバン事件では問題を看過して権威の失墜した高血圧学会のように、認知症学会や老年精神医学会、認知症ケア学会も早めにコメントを出さねばならない立場だろう。しかし、公式にはいまなお音沙汰ない。

 そして、今回は国家プロジェクトによる失態であり、多くの心ある外部協力者の告発もあって、5年の時を経てようやくスキャンダルが表面化したのだが、実のところ、信憑性に疑問が感じられるデータを元に共同研究を行っているグループもないではない。

 必要なことは、勇気ある告発に基づいてしっかりとしたリスクマネジメントを行い、プロジェクトをいったん停止し、問題となった中心人物に対して厳粛な処分を早急に実施して問題を開示することだ。

 研究プロジェクトの相互監視も含めた適切な監査体制を早急に作らない限り、二度三度と問題を引き起こす。日本に冠たる研究組織として、パワハラや改竄、横領のような事案に対しては、積極的かつ適切な対処を断行する組織へ改革を施し、生まれ変わらなければならないのではないだろうか。