ケネディ駐日大使、母・ジャクリーンさんを振り返る「大きな影響を受けた」 【母の日メッセージ動画】

ケネディ駐日大使はが「母の日」を前に動画メッセージを発表した。ケネディ大使は母親として、また女性として、ケネディ大統領夫人だった母のジャクリーンさんらから、多くの影響を受けたという。

5月11日の「母の日」を前に、アメリカのキャロライン・ケネディ駐日大使は動画メッセージを発表し、自身の母、ジャクリーン・ケネディさんの思い出や、女性が働くことに対する意見を述べた。ケネディ大使は母親として、また女性として、ジャクリーンさんらから、多くの影響を受けたという。

第35代アメリカ合衆国大統領ジョン・F・ケネディ氏の夫人、ジャクリーンさんは1929年、ニューヨークのサウサンプトンで生まれた。大学卒業後、ワシントン・タイムズ・ヘラルド紙で記者として働いた後、1953年、24歳のときに上院議員だったケネディ氏と結婚する。

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その後、1957年キャロラインさんを出産。1960年の大統領選挙では、妊娠していたにもかかわらず、選挙運動に駆り出され、そのファッションで注目を浴びる。

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ケネディ氏の大統領就任後も、フランスへの留学経験を生かした外交術でフランス大統領らと友好な関係を築いたり、レオナルド・ダ・ヴィンチ作「モナリザ」のアメリカへの初の海外貸し出しまで行うなど、ケネディ大統領をサポート。1963年に、ケネディ大統領が暗殺されるまで、ファーストレディーを務めた。

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しかし、ジャクリーンさんの人生も順風満帆だったわけではない。大統領就任前から女性との噂が耐えないケネディー氏の浮気癖や、子供との死別など、ジャクリーンさんを悩ませるものも多かったという。

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大統領暗殺の5年後、ジャクリーンさんはギリシャの大富豪、アリストテレス・オナシスと再婚。オナシスの死後は、ニューヨークに移って編集者としての人生を歩んだ。出版したマイケル・ジャクソンの自伝『ムーン・ウォーク』はベストセラーになっている。

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「母はとても勇気と責任感のある女性で、日々全力を尽くしていました。子育てでも、ファーストレディーとしても、編集者としても」ケネディ大使はメッセージの中で、ジャクリーンさんをそう振り返る。

さらにケネディ大使は、母親という仕事は、思いやりと効率的に仕事を進める能力を併せ持っているとして、「働きたい女性全員が働けることは、社会全体にとって大きなプラスになる」と述べ、女性が仕事と家庭を両立できるような環境の整備が必要との考えを示した。

以下、メッセージの全文を紹介する。

「母親の役割は、世界で一番大切な仕事です。私は3人の子供たちから、人生で何が大切かを学びました。そして、母と祖母からは、母親・女性として、大きな影響を受けました。

ーー母・ジャクリーンさんと、祖母・ローズさんについて

母はとても勇気と責任感のある女性で、日々全力を尽くしていました。子育てでも、ファーストレディーとしても、編集者としても、祖母は9人の子供を育て、私たちに信仰と、家族の大切さを教えてくれました。二人のようなお手本がいて、私はとても幸せです。母と祖母が教えてくれたことを、子供たちに伝えることができていれば良いのですが。

ーー社会にとって「働く母親」の意義は?

女性が家庭と経済の両方に寄与できることは、とても重要です。働きたい女性全員が働けることは、社会全体にとって大きなプラスになります。思いやりあるリーダーとして、効率的に仕事を遂行する人を雇うとすれば、私なら「お母さん」を雇います。子育てにはこうしたスキルが必要だからです。

社会はあらゆる手段を講じて、女性が仕事と家庭のバランスを取れるようにすべきです。そうすれば、皆のためになります。

母の日、おめでとう!」

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