映画「犬ヶ島」は今、世界で起きていること。ウェス・アンダーソン監督が6年間かけて込めた思い

「まばたきするのが惜しい映画」と話題。
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『犬ヶ島』5月25日全国ロードショー/配給:20世紀FOX映画
©2018 Twentieth Century Fox Film Corporation

独特な世界観、妥協を許さないものづくり、愛すべきキャラクターで、いつも世界に驚きとときめきを与えてきたウェス・アンダーソン監督の最新作「犬ヶ島」が5月25日、公開された

20年後の日本を舞台にした人形アニメの長編映画。架空都市・メガ崎市の小林市長は、流行する"ドッグ病"の対策としてすべての犬をゴミ島「犬ヶ島」に隔離する。

愛犬のスポッツを強制的に「犬ヶ島」に連れていかれた小林市長の養子・アタリはひとりで飛行機を操縦し「犬ヶ島」へ。そこで出会った5匹の個性的な犬たちとスポッツを探す旅に出る。

一方、メガ崎市では犬の強制追放に反対し治療薬を開発していた渡辺教授ら「親犬派」と小林市長を支持する「反犬派」が対立を深めていくーーー。

構想から6年をかけて作り上げたという本作。監督は「最初は全く意図していなかったけれど、物語を作っていく過程で僕たちはだんだんアメリカ情勢や、世界の動きを意識するようになった」と語る。

映画は、時代とともにある。だとすると「犬ヶ島」はどんな世界を映し出しているのか。ハフポスト日本版は、来日したウェス・アンダーソン監督に話を聞いた。

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『犬ヶ島』5月25日全国ロードショー/配給:20世紀FOX映画
©2018 Twentieth Century Fox Film Corporation

人間の弱みにつけこむ。これが今、起きていること。

アメリカでは公開直後から、「この映画ってトランプのことだよね?」「(小林市長の犬追放政策は)トランプの移民政策と酷似している」などの声がSNSであがった。6年の制作期間の間に、大きく様相を変えたアメリカ、そして世界。映画と世界はどうリンクしていったのだろうか。

ストーリーは最初、たった一枚の絵のようなイメージから始まりました。5匹の犬とゴミの島。そして、少年が自分の犬を探しにやってくる。それだけでした。

そこから「犬たちに何が起きたのか」「なぜ彼らはゴミで埋め立てられた島にいるのか」といった問いに答えていく形でだんだんと設定を作りこんでいく中で、必然的に政治や政権、「社会」が形作られていきました。

この作品の舞台は日本ですが、当初、脚本を書いている時には、20世紀のヨーロッパで起きたことを意識していたんです。

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『犬ヶ島』5月25日全国ロードショー/配給:20世紀FOX映画
©2018 Twentieth Century Fox Film Corporation ࠗ

そこに登場したのがドナルド・トランプ大統領でした。まさかそんなことが起こるなんて想像すら微塵もできなかったことが起きた。僕たちはアメリカに起きた変化を無視することはできませんでした。

「犬ヶ島」は、社会の中のとあるグループが、より大きなグループによって追放されたり、仲間外れにされたり、孤立させられたりする様子を描いています。

この大きなグループというのは、彼らに利益をもたらしたり援護してくれる大きな権力によって操作され、利用されて、結果として小さなグループを排斥する。

これこそ今、アメリカで起きていることだと思います。

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大統領に就任したドナルド・トランプ氏(2017年1月20日撮影)
Yuri Gripas / Reuters

権力は、弱さや偏見といった人間が本来持っている一番どす黒い部分につけ込んで、いつの間にか本来の価値観と全く違う方向に操作する。

世界はこんな方向に向かっていたわけじゃないのに(トランプの出現やそれに至る過程で)、世界は別の物語にシフトしてしまいました。

こうしたアメリカ情勢は、当初ちっとも想定していなかった形で、この作品に大きな影響を与えたと思います。

立ち上がる高校生に勇気付けられた。

作品の中には、小林市長の腐敗し切った政治の内情を告発するために奮闘する高校生の新聞部の生徒・ヒロシとトレーシーが登場する。このまま間違ったことがまかり通っていいのか? 2人は、不正の証拠集めに奔走し、巨大な力に立ち向かう。

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『犬ヶ島』5月25日全国ロードショー/配給:20世紀FOX映画
©2018 Twentieth Century Fox Film Corporation

アメリカ情勢に影響を受けたという点では、最近大きな話題になっている銃規制の問題もインスピレーションを与えられましたね。

ヒロシやトレーシーは、構想の初期段階から存在していましたが、当初は1968年5月にフランスで起きた「五月革命」のきっかけになったとされる学生運動をモチーフとしていたんです。

でも(巨額の政治献金を提供する全米ライフル協会の影響を色濃く受けて)なかなか進まないアメリカの銃規制に対して、昨今アメリカの高校生が積極的にデモや抗議行動をしている姿に大きな影響を受けました。

彼らの勇敢な姿は、僕が作品を演出する上で大きなインスピレーションをもたらしました。

▼全米で100万人以上の高校生・教師らが参加した、銃規制デモ「MarchForOurLives(命のための行進)」でスピーチしたエマ・ゴンザレスさん。フロリダ州の高校で起きた銃襲撃事件で亡くした同窓生の名前を一人一人読み上げた。

世界をいい方向に変えるために立ち上がる、全ての人の味方です。

トランプ政権の誕生後、大統領の女性蔑視的な発言や強硬な移民政策を受けて、映画界は大きく変わった。長い間はびこってきた性暴力やセクハラの問題を告発する"MeTooキャンペーン"などは世界を変える大きなうねりになりつつある。

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性暴力やセクハラに対抗する意思表示のために、黒い洋服を身につけてゴールデン・グローブ賞授賞式に登場した女優ら。
Joe Scarnici via Getty Images

映画業界や音楽業界では「やんちゃな行い」というのはよくあるし、ハーヴェイ・ワインスタイン氏(多くの女優やモデルに告発されたハリウッドの超大物プロデューサー)はそういう人だという評判もありました。でもそれが、こんなに危険で許されない行為だとは思いもしなかった。

多くの女性の勇気ある告発に衝撃を覚えたとともに胸を痛めました。

男性である自分が、世間が求めているような声をあげたりアクションをしたりすることができるか、正直言うとわかりません。何ができるのか、どんな貢献ができるのか。その問いには今後も向き合っていきたい。それが今の僕ですね。

ただ、一つ言えるのは、僕は世界をいい方向に変えるために何かをしている全ての人の味方です。世界を良い方向にしたい、不正に立ち向かいたい、という思いで立ち上がるすべての人たちと心を共にしています。

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『犬ヶ島』5月25日全国ロードショー/配給:20世紀FOX映画
©2018 Twentieth Century Fox Film Corporation

映画づくりは天職と呼ぶべきもの。

構想から6年ーー。世界は大きく変わり、物語は少なからず影響を受けた。そんな中でも絶対に変わらないのは、完璧を目指すウェス・アンダーソン監督の姿勢だ。14万4000枚もの写真をコマ撮り。445日をかけて撮影され、総勢670人のスタッフが動員された。たった一瞬だけ画面の片隅に映るだけの小道具にも妥協はない。SNSでは「まばたきが惜しい映画」とも評された。

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『犬ヶ島』5月25日全国ロードショー/配給:20世紀FOX映画
©2018 Twentieth Century Fox Film Corporation

映画作りはいつもアップダウンの連続です。

苦しむときもある。困難に直面して、自分自身を疑ってしまうときもある。でも、いつも映画を作り終えると、これこそが自分の内側から湧き上がる「作りたい」という感情でできた結晶だと感じるんです。

困難はクリエイティビティを発揮できるチャンスですしね。予算や制作手法、あるいはコミュニケーション上の問題など、課題に直面した時こそ、これまでにない挑戦ができる。新しい何かを創り出したり、自分自身をびっくりさせることができます。

誰かに雇われて素晴らしい映画を作るという道だってあるはずだけど、僕はそうしてこなかった。どれだけ成功できるかを別にして、いつも自分自身でゼロから作ってきた。

こういう仕事の仕方をしているってことはつまり、楽しいとか楽しくないということを超えて、これが天職と呼ぶべきものなんだと思います。

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『犬ヶ島』5月25日全国ロードショー/配給:20世紀FOX映画
©2018 Twentieth Century Fox Film Corporation

映画は天職ーー

そう語るウェス・アンダーソン監督の美意識全開の新作映画「犬ヶ島」は5月25日から全国で上映中。

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『犬ヶ島』5月25日全国ロードショー/配給:20世紀FOX映画
©2018 Twentieth Century Fox Film Corporation