シンガポールで今、テロの脅威、特にIS(Islamic State/イスラム国)によるテロの脅威が強くなっている。
今月8日、シンガポールのリー・シェンロン首相は、ナショナルデーを前にした年次声明にて、同国がテロリストの標的になっている旨を発した。リー首相は「正直に、テロの脅威を我々は認めなければならない。」と述べた上で、ヨーロッパやアメリカのみならず、近隣諸国であるマレーシアやインドネシアで起きたテロにも言及、「(テロは)更に増えるだろう。」と発言した。
多様性国家シンガポール。民族や宗派の違いを乗り越えて共存できる社会を目指し、過激な思想に対しては厳しく取り締まりを行ってきた。シンガポールにおいては、テロ組織、反政府武装組織やISやアルカイダといった国際的なテロ組織の関連組織による顕著な活動は、これまで確認されていない。
また、世界の国々のテロ危険度を数値化した「世界テロ指数」によれば、2015年の統計では、他東南アジア諸国が比較的上位を占めるのに対して(タイ10位、フィリピン11位、インドネシア33位、マレーシア49位)、シンガポールは最終順位の124位にランクイン。世界で最もテロの影響を受けにくい国家に選ばれていた(日本も124位)。
しかしながら、今月5日にはシンガポールへのテロ攻撃を計画していた疑いで、インドネシア人の男6人がインドネシア警察により逮捕されており、以下で言及するように、2016年に入ってからテロ活動の動きを見ることが出来る。
日本人にとっても人気の観光地であり続けるシンガポール。バングラデシュ首都ダッカでのテロから2カ月が経とうとしている今、同じ「過ち」を二度と犯さないためにも、この問題を考えたい。
次々と逮捕されるテロ計画者-ISとの繋がり
今年1月には、過激主義を支持するバングラデシュ人労働者27人が、テロ行為を奨励する集会を組織していたとして逮捕され、本国に強制送還された。関係先からはISの訓練の様子が写ったビデオなども押収されている。
5月には、バングラデシュでのテロを計画していた疑いでシンガポール当局がバングラデシュ人の男8人を逮捕。男らは「バングラデシュのイスラム国」と称する組織のメンバーであり、当初は「イラク・シリア・イスラム国(ISIS/Islamic State of Iraq and Syria)」へ加わるため、シリアへの渡航を計画していたと見られている。
さらに、今月5日にはシンガポールの新都心であるマリーナ・ベイ地区へのテロ攻撃を計画していたとして、インドネシア人の男6人がインドネシア警察によって逮捕されており、IS戦闘員から活動資金を受け取って準備を進めていた疑いも出ている。このIS戦闘員は、今年1月にジャカルタで起きたテロ(4人死亡26人負傷)に関与していたとみられている。
上述したように、シンガポール国内におけるISの顕著な活動は確認されておらず、ISが組織として活動を展開している可能性は少ない。しかしながら、この一連の摘発・逮捕からも伺えるように、個人レベルでのISへの主義主張への同意、また「繋がり」は確認することができる。
ダッカのテロが起きる1カ月以上前に「バングラデシュで高まるイスラム過激派-アジアへ広がるISの脅威」で指摘していたように、バングラデシュでも7月1日の大規模なテロが起こる1年以上前から、同じような兆候が見られていた。
加えて、インドネシアなどシンガポール近隣諸国でのテロ計画も、決して見捨てることは出来ない。昨年11月にパリで起きたテロの実行犯たちは、パリから車で約3時間の場所にあるベルギーの首都ブリュッセル西郊の街モレンベークで幼少期を過ごし、その後も同地へと出入りしていたことが指摘されているのだ。
そしてインドネシアでは、今年末までにテロ関連の受刑者150名が釈放される予定であり、インドネシア人少なくとも100名がシリアから帰還、またシリア国内に足を運ぼうとした約200名がトルコから強制送還されることになっている。
シンガポールでテロの脅威が高まる背景
シンガポールでテロの脅威が高まる背景として、その地理的要因が一つ挙げられる。多国籍企業に「アジアのハブ」としても注目されるシンガポールでは、毎年約2億人の人々がチェックポイント(検問所)を通過しており、武器やテロ実行犯の流入が懸念されているのだ。
また、外国人労働者の多さ、そして彼らが過激化する可能性に包まれていることも、懸念材料の一つになってしまっている。シンガポールの総人口は約550万人だが、そのうち約139万人が外国人労働者だ。1月に逮捕されたバングラデシュ人労働者たちは、地方の出身者が多く、信仰心が元々高い者たちが集まっていたと言われている。
その彼らが、出稼ぎでより経済的に発展したシンガポールへと足を運び、ISによるインターネットを使った宣伝やリクルートに触れる中で、時間をかけて過激思想に染まっていったことが考えられる。
外部からの流入や組織的なテロではなくても、一匹狼型のテロにも注意を払わなくてはならない。この一匹狼型テロは、1940年代以降の歴史から考えると稀なスタイルではあるのだが、アルカイダがその奨励を始めた約10年前からはより一般的となり、そしてより致命的な結果をもたらしている。
加えて、ISがイスラム教徒に欧米やロシアへのテロ、特に一匹狼型のテロを呼び掛けて以来、その数は世界中で増加傾向にある(確認できるだけで2014年には6回、2015年には11回)。シンガポールのようなテロ組織が根付いていない地であっても、この「一匹狼」によってテロが起こされる可能性は十分にあるだろう。
テロ対策の難しさ
テロの被害を既に受けてしまったインドネシアやマレーシアでは、治安当局の取り締まり権限を強化する動きがあるが、その一方で人権団体や欧米諸国からは人権侵害への懸念が相次いでいる。例えば、インドネシアでは逮捕された過激派の男が不審死する事件が起きており、警察による虐待死も疑われていた。
今月5日、シンガポールでのテロを計画していたインドネシア人6名が逮捕された後、シンガポール内務省は「テロの脅威に対処するため、当局は島内と国境の警備を強化している。」とのコメントを出している。
国外から流入するテロの脅威に対処しつつ、同時に若者の就業対策や出稼ぎ労働者に対する福利厚生や社会福祉の充実など、国内のテロや過激派が生まれる土壌を解消していく事も、テロ対策が単なる対症療法にならないためには欠かせない。
記事執筆者:原貫太(早稲田大学4年)
Twitter:https://twitter.com/kantahara
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(2016年8月22日 政治解説メディアPlatnews「『シンガポールはテロの標的になっている』--アジアへ広がるISの脅威」より転載)