イランの核開発プログラムをめぐり、イランと欧米6カ国は4月2日、スイスのローザンヌで行われていた交渉で最終的解決に向け大枠で合意した。
今回の合意は6月末までの包括的合意を目指す最終協議の開始に道筋をつけるものとなる。厳しい交渉は8日間に及び、当初の期限と定めていた3月31日から2日超過しての合意となった。
フェデリカ・モゲリーニEU外交安全保障上級代表はイランのジャバド・ザリフ外相との共同記者会見で「我々は包括的な共同行動計画を実施するために基本的な合意に達した」と述べた。
交渉当事者国を代表して声明を発表したモゲリーニ氏は、イランが中部のナタンズにある核濃縮施設のみを維持し、他の核濃縮施設を制限することを受け入れたと強調した。声明では、同じく中部にあるフォルドの地下核施設は研究所に転換するとしている。
ヨーロッパ各国とアメリカは国際原子力機関(IAEA)がイラン政府が合意を順守していることを確認した上で、今後の最終合意でイランへの核に関連するすべての経済制裁を解除すると強調した。
「我々は今、包括的文書の起草を始めた」とモゲリーニ氏は述べた。
アメリカのオバマ大統領はホワイトハウスでの会見で「歴史的な合意」と述べた。
「今回の枠組み合意が最終的な包括的合意に至れば、わが国と同盟国、そしてわれわれの世界はより安全になると確信している」
アメリカのジョン・ケリー国務長官とイランのハサン・ロウハニ大統領は共にTwitterで今回の合意を歓迎した。
大きな日だ。EUとP5+1(国連安保理常任理事国のアメリカ、イギリス、フランス、中国、ロシアに加えてドイツ)は今、各開発プログラムの主要な問題を解決する枠組みを得た。最終合意に向けてすぐに仕事に戻る。
イランの核開発に関する大枠の解決に至った。合意文書の起草にすぐに取りかかり、6月30日までに終わらせる。
イランとP5+1の代表者たちは、核プログラムを制限し、その代わりにイランへの制裁措置を解除するという合意の締結に向けて交渉してきた。
欧米各国はイランの核開発プログラムを制限するプランを立てていた。イランが核兵器を製造するために使用しているのではないかと懸念しているからだ。イラン政府は、このプログラムは平和目的で、強化する権利があると主張している。しかし、イラン政府は国際社会からの制裁解除をすぐにでも実現したい。
ザリフ外相は報道陣に対し、「今回の合意は世界にイランの核プログラムが"独占的に平和なもので、今までも常にそうであったように、今後もそうであり続ける"ことを示すものとなる」と述べた。
マフムード・アフマディネジャド前大統領が、2010年4月9日のテヘランで開催されたナショナル・ニュークリア・デイの記念式典で、ウランを濃縮する第三世代遠心分離機の見本を発表した。
イランの核開発プログラムへの対応は、10年以上膠着状態が続いていた。2013年11月、制限付きの制裁措置を解除する代わりに、イランのウラン濃縮活動を凍結する初の合意が締結された。そして2015年6月に最終合意にを締結することで同意した。
Iranian families anxiously waiting for the result of Iran nuclear talks: pic.twitter.com/Yv0YU0aUCe via @farentaghizadeh#Lausanne
— Saeed Kamali Dehghan (@SaeedKD) April 2, 2015
イラン人の家族が不安そうに核交渉の結果を待つ。
交渉当事者国の代表者たちは、自国から大きなプレッシャーを受けている。アメリカでは、共和・民主の両党が新たな厳しい制裁措置をイランに課すと勢いづいている。ケリー国務長官は、イランの核プログラムを制限する特定の合意の詳細を示さなければならない。イランの最高指導者ハメネイ師は、曖昧な合意を交わして、6月30日までに詳細を固めていく余裕を作ることを望んでいることを明らかにした。
(資料画像)イラン国際写真通信(IIPA)が配信した、ロシアが建設したブーシェフル原子力発電所の原子炉建屋。2010年8月21日に稼働した。
イランのアリ・アクバル・サレヒ原子力庁長官がスイスのローザンヌで行われた延長交渉の合間に、ボー・リュージュ・パレスホテルの庭園を歩く。
この記事はハフポストUS版に掲載されたものを翻訳しました。
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