2017年末に出版された、国連安保理北朝鮮制裁委員会専門家パネルの元メンバーの古川勝久さんが書かれた『北朝鮮 核の資金源:「国連捜査」秘録』(新潮社)が大きな話題を呼んだ。ちょうど北朝鮮への制裁が強化され、石炭や鉄鉱石の輸出などが禁じられただけでなく、石油精製品の輸入なども禁じられるようになり、その制裁をくぐり抜けるために洋上で「瀬取り」と呼ばれる物資の受け渡しが行われているとの報道が増えた時期でもあったため、高い関心をもってこの本が読まれるようになった。
古川さんは、筆者がイラン制裁委員会専門家パネルに所属する前から北朝鮮パネルで活躍され、またイラン核合意によってイラン制裁パネルが解散した後も勤務を続けられた方なので、私にとって先輩であり、2014年からは国連プラザ(国連本部の向かいにある国連事務局の別館)のビルの同じフロアで机を並べた同僚でもある。ほとんど毎日のように顔を合わせ、本書でも紹介された「居酒屋りき」や「うどん・ウェスト」などで何度も食事をともにした仲間でもある(他にもともに良く行った店として国連本部近くの「酒蔵」やNY Yankeesのステーキハウスなどもある)。
なので、本書は筆者もよく知る国連での苦悩や捜査の悩みなどが満載であり、個別の事案は全く異なるが、「うんうん、あるある」と思うことが多々あった。と同時に、北朝鮮制裁パネルは「ベストパネル」だと古川さん自身が書かれているように、確かに他の制裁パネルにはない圧倒的な情報量と分析能力の高さがあり、国連で勤務していたときも「いったいどうやってそんな情報を得ているのか」と羨ましくも妬ましくもある気分で見ていたこともあり、その一端が本書に描かれていて「なるほど」と感心するところも多々あった。
その意味では同じ制裁パネル、しかもイランと北朝鮮はともに核不拡散制裁のパネルだったこともあり、その立場から本書にコメントしない訳にもいかないと思い、何回かにわけて本書を解説していきたいと思う。
独立した個人として参加するパネル
国連に関する書籍は研究書などを除くと、多くは国連代表部で勤務した外交官が日本外交の一部である国連外交を解説するものと、国連職員として、国連とは何か、国際公務員になるためにはどうしたらよいか、といった情報をまとめたハウツー本に近いものが多く見られる。もちろん北岡伸一先生が国連次席大使として勤務した後に書かれた『国連の政治力学』(中公新書)のように、研究書と国連外交の解説の間を行く名著や、川端清隆氏の『イラク危機はなぜ防げなかったのか』(岩波書店)のように国連職員の立場から分析的な議論を展開するものもある。
しかし古川さんが書かれた本書は、それらのいずれとも異なる、大変ユニークな書籍である。
まず専門家パネルという、外交官でも(純粋な意味での)国連職員でもなく、独立した個人が国連安全保障理事会決議に基づいて定められた任務を行う、という立場で活動した経験を語っているという点である。国連職員であれば、国連という組織の一員として、国連の義務を果たし、国連のためになる活動を一丸となって行うことが想定されるが、独立した個人としてパネルに参加しているため、しばしば出身国との関係やパネルメンバー間の緊張関係が浮き彫りとなる。
本書ではしばしば「仕事をしない」専門家が取り沙汰されるが、イラン制裁専門家パネルにもそうしたメンバーはいた。朝は11時に出勤し、夕方5時には帰ってしまい、報告書の執筆も締切を守らず、情報をもってくるわけでもなく、捜査に行くのもほとんど業務妨害に近いことをする人物はいた。北朝鮮専門家パネルのメンバーとも少なからず交流があり、どんな人が勤務していたかも知っているが、たぶん北朝鮮制裁パネルよりもイラン制裁パネルの方がひどかっただろう。
イラン制裁パネルの場合、メンバーが専門性に基づく選択ではなく、国ごとに割り当てられた政治任命であることが大きく関係している。イラン制裁パネルは、当時イランと核交渉に当たっていたP5+1(常任理事国である米英仏中露と独)に加え、日本とナイジェリア(後にヨルダン)からの8名で構成されていたが、これは核交渉を進めている最中で政治的に非常にセンシティブだったことが背景にあった。制裁パネルが厳しく制裁の履行を監視すれば、それだけイランを刺激し、核交渉が滞ると考えていた国は、制裁の履行を緩和することを求め、それらの国の出身者は、そうした出身国政府の意向をパネルの中で反映しようとするのである。
つまり北朝鮮でもイランでも、制裁パネルのメンバーは国連職員でありながら、同時に外交官のような国益を背負った人たちとの交渉を、パネルの内部で繰り広げることになる。
さらには、パネルに出てくる「専門家」が必ずしも専門家とは限らない、ということも問題である。多くが各国政府で勤務経験のある人物であり(イランパネルの場合は私だけ、北朝鮮パネルでは古川さんと他2名が政府職員としての前歴がなかった)、政府の意向を反映しやすい反面、彼らの前職は輸出管理業務や税関職員、外交官など、パネルの活動をするために必要な知識はゼロではなかったが、制裁の専門家と言えるだけの知識や経験を持っているとは限らなかった。本書でもしばしば言及される、「信用出来る」仲間としてフランス人のエリックが出てくるが(彼は後にイラン核合意後のイラン問題に対処する2231チームに入り、現在でもそのポストで活躍している)、彼のような専門性を持つメンバーは珍しいといった方がいいだろう。
このように、外交官でも国連職員でもない立場で、それでも国連の一組織として活動したという特殊な立場であることが、本書のユニークさを際立たせている。
「国連捜査」と「国連査察」
本書の副題にもなっている「国連捜査」という表現は、古川さんが北朝鮮制裁パネルにいるときから使っていた言葉だが、私は個人的にこの言葉を使わなかった。というのも、国連に「捜査権」はなく、あくまでも各国から提供される情報に基づいて、各国の許可を得た上で行う「査察」であるという認識だったからである(制裁パネルの業務については2015年12月1日の拙稿「国連イラン制裁の現場から(2)『専門家パネル』の業務」でも紹介している)。
「捜査」も「査察」も元々はinvestigationの訳語なのだが、「捜査」はある種の強制的な権限を行使して隠された情報を発掘し、それに基づいて犯罪(安保理決議違反)を「見つけ出す」という性格のものだと認識しているが、「査察」は情報に基づいて捜査したものを考察し、それが安保理決議違反かどうかを「判断する」という性格のものだと認識している。
このニュアンスの違いは、北朝鮮とイランという制裁対象の違いから来ているように考えている。北朝鮮は国内から出てくる情報が極めて限られており、公然情報として入手出来るものはほとんどないに等しい。情報源となり得る脱北者の人たちも、過去の情報はあっても現在の情報に十分にアクセス出来ているとは限らない。そうなると北朝鮮の情報は様々なルートを使って見つけ出していくしかなく、その過程は「捜査」という性格のものになっていくのであろう。
他方イランの場合は、国内にも一定の制約はありつつも、北朝鮮よりは遙かに情報環境がオープンであり、安保理決議違反かどうかの案件も公然情報から得られることもしばしばである。また、イランに関する情報分析は、アメリカやイスラエルがイランとの敵対的な関係から積極的にメディアに流しており、かなり多くの情報がオープンソースから得られる。
また、アメリカの独自制裁は国連安保理決議よりも遙かに厳しく、安保理決議違反でなくてもアメリカ国内法違反として検挙される案件も多く、そこから得られる様々な情報は「査察」を進めるのに十分なものであった。そのため、イラン制裁パネルの業務は「捜査」のために使うエネルギーよりも、「査察」に使うエネルギーの方が多かった。
「査察」に使うエネルギーというのは、簡単に言えば、何を安保理決議違反として認定するか、ということをパネルの中で合意するために必要なエネルギーである。本書の中でも、パネルメンバー間の議論が深夜に及ぶということが語られているが、まさにイラン制裁パネルでも、公然情報や加盟国からもたらされた情報に基づき、事案を調査し分析しても、それが決議違反と認定出来るかどうかを巡って何時間にも及ぶ議論を繰り返し、どのような文章表現で報告書を書くのか、ということだけでも数週間かかることもあった。
また北朝鮮制裁パネルでは、各国に対して書簡を連発して情報提供を要請していたのに対し、イラン制裁パネルでは、その書簡の文面ですらパネルメンバーの間で合意することが困難であった。そのため、公的な書簡として発信するのは極力控え、様々な手段でパネルメンバーが各国の担当者と個人的な関係を構築し、個人的な権限で情報を集め、じっくりと根回しを終えてから最後に公的書簡を通じて情報提供を求める、という方法をとっていた。その点では、イラン制裁パネルの方がパネル内部で使うエネルギーが大きく、「捜査」というほど外に向けるエネルギーをかけることが出来なかった(その必要性も低かった)。
「奢侈品」の有無
北朝鮮制裁とイラン制裁は、ともに核開発やミサイル開発(北朝鮮の場合は化学兵器も含まれる)といった大量破壊兵器の不拡散を目指した制裁であり、それ故、双方の決議はかなり似通った部分があった。その他にもソマリアやリビア、コンゴ民主共和国やイエメンなど、内戦や人権侵害などに基づく制裁が十数件進行中で、それぞれに制裁パネルが設置されていたが、不拡散制裁は北朝鮮とイランに対するものだけだった。それだけにイラン制裁パネルに勤務していたときも、北朝鮮制裁パネルとは共通することが多く、互いに知恵を出し合いながら制裁の履行を強化する方法を研究したものである(2017年の安保理決議2371号以降の制裁強化により、石炭輸出禁止など経済制裁としての性格が強まってからは、共通点よりも差異の方が多くなったが)。
しかし、北朝鮮制裁が当初からイラン制裁と大きく異なっていた点があった。それは「奢侈品(luxury goods)」の禁輸である。北朝鮮の指導部は国家と指導部に対する忠誠の見返りとして、豪華な車やワイン、日本酒などの奢侈品を提供していると見られており、奢侈品を禁輸にすることで指導部の権力を減退させることが出来ると考えられていた。
この背景には、国連安保理制裁の思想である「ターゲット制裁」が影響している(「ターゲット制裁」については2015年10月16日の拙稿「国連イラン制裁の現場から(1)『国連安保理による制裁』とは」で紹介した)。懸念とされている活動(北朝鮮やイランの場合は核・ミサイル開発)を制限しながら、国民に影響の出ないように制裁対象を限定し、国際の平和と安全に脅威を与える行為だけを止めさせることを目指す「ターゲット制裁」の考え方から見ると、奢侈品の禁輸はその思想に適合的なものであった。
しかし、何を奢侈品と認定するかは各国に任されており、それらの北朝鮮への輸出を止めようとすれば、各国の北朝鮮との貿易を詳細に監視し、摘発していかなければならない。そのためには核やミサイル開発に必要な特殊な製品や技術だけを見ていればよいのではなく、日用品の取引などを広範に監視する必要があるのだが、それらの奢侈品は一般の商店などからも入手可能なものだ。つまり、奢侈品の輸出の監視は、大量破壊兵器の拡散を止めるための捜査よりも、麻薬やタバコの密輸の捜査に近くなる。その意味でも、北朝鮮制裁パネルの業務は「査察」よりも「捜査」に近いものになるのであろう。(つづく)
鈴木一人 すずき・かずと 北海道大学大学院法学研究科教授。1970年生まれ。1995年立命館大学修士課程修了、2000年英国サセックス大学院博士課程修了。筑波大学助教授を経て、2008年より現職。2013年12月から2015年7月まで国連安保理イラン制裁専門家パネルメンバーとして勤務。著書にPolicy Logics and Institutions of European Space Collaboration (Ashgate)、『宇宙開発と国際政治』(岩波書店、2012年サントリー学芸賞)、『EUの規制力』(日本経済評論社、共編)、『技術・環境・エネルギーの連動リスク』(岩波書店、編者)などがある。