過激派組織「イスラム国」に拘束されているヨルダン軍パイロット、モアズ・カサスベ中尉の安否が懸念される中、同国では一部の国内世論がアブドラ国王にも矛先を向け始めた。
ヨルダンはシリア国内で過激派掃討を進める米国主導の有志連合に参加しており、今後の事態の展開次第では、その役割をめぐり国王への国民の不満がさらに拡大するリスクも高まっている。
イスラム国は昨年12月の拘束後、カサスベ中尉の写真を公開した。その画像はヨルダン国民に衝撃を与え、米国との有志連合として作戦に関与する自国のリスクに懸念が広がった。
アブドラ国王は、そのイデオロギーや残虐性がイスラムの精神を傷つける集団に対し、イスラム穏健派は立ち上がる必要があると呼びかけ、作戦への参加の正当性を強調している。しかし、カサスベ中尉の地元である西部カラクでは、若者らが有志連合に反対するデモを行い、国王に対し作戦からの離脱を訴えた。
ヨルダンが有志連合から完全に撤退するとは考えにくいが、専門家や外交官らは、同国がかつてのように対米協力の役割を縮小させる可能性があると指摘する。アブドラ国王の父であるフセイン国王は、1990年のイラクによるクウェート侵攻の際、軍事的関与に反対する世論に沿って、米国主導の多国籍軍に参加しないという立場をとった。
父親とは対照的に、アブドラ国王は戦闘機を初めて海岸派遣させるなど、今回の有志連合では広範な役割を担ってきた。同国王がこうしたスタンスを取るのは、王国に対する過激派の脅威が増大しつつあるとの懸念からだ。国際武装組織アルカイダは、ヨルダンへの攻撃を繰り返しており、2005年にはアンマンで60人が死亡する爆破事件も起こしている。
イスラム国は、カサスベ中尉の解放と引き換えに、05年の爆破事件に関与した罪で収監されているイラク人のサジダ・リシャウィ死刑囚を引き渡すようヨルダン側に要求している。
<「われわれの戦争ではない」>
この問題への対応を巡り、ヨルダンの世論は二分している。民族主義者らが今は非難する場合ではなく、国王の下に結束すべきだと呼び掛ける一方で、パイロットが殺害されれば、政治指導者の責任だとする反対意見も根強い。
カサスベ中尉の地元当局で幹部を務めたアリ・ダラエン氏は、「国民はヨルダンの体制を批判し、なぜ彼(カサスベ中尉)を戦争に派遣したのかと責めるだろう。彼が処刑されても、誰もイスラム国を非難せず、逆に支持を増すだけだ」との見方を示す。
ダラエン氏は30日、軍事作戦への参加中止を訴えるデモを実施し、イスラム国と真剣に交渉していないとヨルダン政府を批判した。
一部のヨルダン国民は、イスラム国との戦闘に地上部隊を派遣することになるのではと危惧する。有力部族Bani Sakhrの指導者、Hind al-Fayez氏は「これはわれわれの戦争ではない。不幸にも(カサスベ中尉が)処刑された場合には、政府には英知を望み、国王が地上軍に参加などしないよう希望する」と指摘。このコメントは強い反発を招いた。
イスラム国は、カサスベ中尉の家族が繰り返し出した解放の要請に対し、3つの動画を公開。中尉の爆撃作戦で、イスラム国の女性や子どもらが死亡したと訴えた。
専門家によると、イスラム国は、国内過激派のイデオロギーに対して治安当局が危機感を強めつつある国に狙いを定め、国内世論の分断を図ろうとしている。顕著な例は、王政下の貧困にあえぐ都市だ。
カサスベ中尉の地元でも、数十人の若者が過激派と共に戦うためにシリア入りし、アフガニスタンに渡った者もいるという。
西側のある外交官は、「イスラム国がヨルダンの政治的空間を操作しようとしているのは明らかだ。彼らはそうしたことに精通している」と語った。
(Suleiman Al-Khalidi記者)
[アンマン 1日 ロイター]