出口治明さん「日本はお金の教育をしていない」 ライフネット生命会長に聞く教養とは

「日本は諸外国と比べて、お金や選挙、民主主義、社会保障など社会をつくっている基礎的なことについての実際的な教育を何もしていない」
|
Open Image Modal
Wataru Nakano

仕事や結婚、両親、老後――私たちはそういった局面で、お金の不安とどうつきあえばいいのか。インターネットで申し込むライフネット生命保険を60歳で立ち上げた同社会長兼最高経営責任者(CEO)の出口治明さん(67)は1月、そんな思いを抱える若者に向けて『働く君に伝えたい「お金」の教養』(ポプラ社)という本を出した。出口さんはハフポスト日本版のインタビューに「日本はお金の実際的な教育を何もしてない」と話した。

戦後初の独立系生命保険会社であるライフネット生命を引っ張る出口さん。著書では、シンプルな財産管理術やアマチュアでもできる投資法、保険選びの鉄則などに関して、「金融のプロ」として具体的なアドバイスをしている。その出口さんに「お金の教養」などについて聞いた。

出口治明 (でぐち・はるあき) 1948年三重県生まれ。京都大学法学部を卒業後、1972年に日本生命保険に入社。ロンドン現地法人社長などを経て同社を退職し、2008年にライフネット生命保険を開業。13年6月より現職。著書に『百年たっても後悔しない仕事のやり方』(ダイヤモンド社)、『仕事は"6勝4敗"でいい「最強の会社員」の行動原則50』(朝日新聞出版)など多数。

――この本は、主に20代や30代の若手向けの本ですよね。

そうです。若い人のリテラシーを上げたいというのが編集者の意向でしたし、僕もそう思っています。人間の社会ってやはり若者がすべてなのです。「若者は我々の未来」だし、若い人が頑張ってくれないと僕らの年金も出ないわけですから。

――若者がお金についての基礎的なこと知らないという問題意識がとても強くあったということですね。

ええ。三つのことを言いたいと思います。まず、日本は諸外国と比べて、お金や選挙、民主主義、社会保障など社会をつくっている基礎的なことについての実際的な教育を何もしていないという意識が、僕の中にずっとあるのです。

これはロンドンに駐在していた時に痛感しました。ヨーロッパの人と話をすると、選挙は学校で次のように教えられるのです。メディアが事前に選挙結果を予想しますが、その予想通りで良かったら三つ方法があります。投票に行ってその通り書く、白票を出す、棄権をする。すべて同じ結果になります。もしメディアの予想に反対なら、方法は一つしかない。行って違う人の名前を書く。これが選挙ですよと教えるのです。

日本ではこういう当たり前のことが教えられていないから、「ろくな候補者がいなかったら堂々と棄権しなさい」などと変なことを言う評論家がいたりするのです。ヨーロッパでは中学生以下のリテラシーです。

二つ目は、この国は低学歴国だということです。例えば、大学の進学率についてみればOECD(経済協力開発機構)の平均が60数%なのに対して、日本は50%ぐらいしかありません。

三つ目は、大学に進んでも全く勉強しない国だということです。世界では企業は大学の成績を見て採用しています。これは常識です。自分で選んだ大学でいい成績を修めた人は、自分で選んだ職業でもいい成果をあげるだろうというのは一番自然な考え方です。でも日本は、面接して採用を決めた後で成績表を取り寄せるという国です。

日本人は中学や高校で基礎的なことを教えてもらっていないし、大学に行く人が少ない。大学でも全く勉強しない。だから日本は、先進国の中では実は最も勉強をしない国です。そういう問題意識はずっとありました。

――その上で、今回は「お金」に焦点を当てたのですね。

金融のプロの間では、「72のルール」(元本を倍にするために必要な金利とその年数を簡単に求める公式)とか「財産三分法」(保有するお金をサイフ、預貯金、投資という三つに分ける方法)とか「ドル・コスト平均法」(金融商品を購入する際、資金を分割して均等額ずつ定期的に継続して投資する方法)とか、ごく当たり前のことが、意外と普通の市民には分かっていないのです。

「72のルール」を知っていると、中国の成長率が平均7%なので、72を7で割ったら10、つまり10年でGDPが倍になることはすぐに分かります。こういう当たり前のリテラシーがなさ過ぎると思うのです。

Open Image Modal

インタビューに答える出口治明さん=東京都千代田区

――著書では、老後の貯蓄についても書いていますよね。

日本の1番の問題は、高齢化。即ち、介護問題です。健康寿命を延ばさないといけない。そのためにはどの医者に聞いても働くことだといいます。そうであれば政策としては定年をなくせばいい。日本では定年という制度を絶対的なものだと考えている人が多いのですが、世界的にみると定年なんてないのです。働きたいという意欲、健康で職場に来られるのか、「読み書き算盤」ができるかというスペック、この三つで人を採用してきたのが人間の歴史であり、世界標準です。

定年は、戦後日本のガラパゴス的な労働慣行です。キャッチアップモデルの下でわが国は人口が増え、高度成長をしてきました。青田買いから始まって、終身雇用、年功序列、定年というのはこの3条件の下でのみ上手く機能したワンセットの慣行です。日本は、どの予測を見ても2030年までに800万人以上の労働力が足りなくなると指摘されています。だから、定年をなくすことは整合的です。

そういう前提で考えたら、自分が健康で働けたらそれは蛇口からお金が出続けている状態なので、いくら貯めたらいいかはあまり心配しなくてもいい。既存の考え方を元から改めなければ、いつまでたっても不安は消えません。そして働けなくなったら、そこには公的年金保険があります。

――公的年金保険には頼れないという人たちも多いですが。

いや、政府が破綻しない限り、公的年金保険は破綻しません。政府が破綻する時は、その前に皆さんが貯めたお金は金融機関が破綻して紙屑になっています。近代国家では、政府以上に安全な金融機関はあり得ないのです。

政府は市民がつくるものなので、今の政府がダメだったら僕たちがつくり変えたらいいのです。歳を取ったらどうしよう、政府は当てにならないからという考え方は、二重の誤謬の上に成り立っているのです。定年があるということを前提にして、政府は我々市民と対立しているものだと考えてしまう。そこには政府は僕たちがつくるものだという発想がないのです。

だから既存の考え方を変えて社会を良くしていかない限り、どれほど細かく老後生活の設計をしても豊かで楽しい生活は送れません。分かりやすい例で言うと、全部国債で貯金するとします。皆さんが国債で老後資金を3000万円貯め、それを取り崩して老後の生活をしていくとする。では、取り崩した国債は誰が買うのですか。

それは若者です。日本全体で考えたら、高齢者は自分が貯めた国債を売るわけです。その国債を買った分だけ若者は貯蓄が増えて消費が減るわけです。それは、貯蓄の代わりに若者が社会保険料を拠出して高齢者の生活を支えることとマクロ的にはまったく同じですね。ということは、将来の我々の生活は、将来の日本が豊かになったら豊かになるし、将来のパイが小さくなったら小さくなるだけです。これが、世界が賦課方式(若者が高齢者の年金を社会保険料で負担する方式)で公的年金保険を運営している理由です。

――この著書は、そういった思いで書いたのですね。

結局、将来の高齢者の生活を豊かにしようと思ったら、経済成長か、よい政府をつくるしか方法はないのです。これはマクロで考える発想を付けておかないとなかなか分かりにくいかもしれません。でも玉手箱からお金が出てくるわけはありません。キャッシュで持っていたらいいのではという人がいるかもしれませんが、現金で3000万円もどこにしまっておくのか不安になりませんか。この社会の原則は実はとてもシンプルで、負担が給付です。たくさん社会保障をもらおうと思ったら、税金をたくさん払う以外に解はないのです。

日本は税金が軽い国です。国民負担率が低いのに、一方では社会保障で世界の平均より給付(年金や医療)をたくさんもらっています。負担が少ないのに給付がたくさんであれば、あとは国が借金するしかありません。これがわが国の現実です。

こういったごくごく当たり前のことをみんなに知ってもらうことが、ものすごく大切です。当たり前のことを知れば不安はなくなります。この本は主に若者に向けて作った本ですが、40代50代の方も読んでみて下さい。一つか二つ、絶対役に立つことがあると思いますよ。

Open Image Modal
【関連記事】

関連記事