新型コロナウイルス感染拡大への警戒を呼びかける「東京アラート」が6月11日に解除された。
ただ、一時期と比べて外出できるようになっても、働く人たちのあいだでは、「在宅勤務を続けたい」という声は根強いようだ。
もしテレワークが当たり前になり、社員があまりオフィスに来なくなるのだとしたら、会社は何のために存在するのか。
社員2800人を抱えるソフトウェア関連企業「SHIFT」の丹下大社長によると、「会社で、ラジオ体操をするような文化が大事になってくるのではないか?」という。
なぜ敢えてラジオ体操なのか。
話を聞くと、「コロナによって、会社の存在意義が大きく変わるからだ」という答えが返ってきた。
「危険手当」を払ってまで進めた在宅勤務
SHIFTは、ソフトウェアの品質保証やテスト事業をおこなう東証1部上場企業だ。
こうした企業は、セキュリティを大事にする仕事が多かったり、顧客の会社に自社の従業員を常駐させないといけなかったり、一般的には「在宅勤務」はしにくい。
だが、新型コロナの感染拡大で、同社は「働いている人や家族の健康を守りたい」という思いから、従業員のうち7割の在宅勤務を実現した。遠隔でもセキュリティを守れる仕組みをつくったほか、約400の顧客を説得して、「在宅を認めて欲しい」と頼み込んだからだ。
どうしても在宅勤務が出来ない社員には、1日あたり3000〜4000円の「危険手当」を支払った。
6月に入ってからも、「会社に行く機会は圧倒的に減った。オフィスに行くにしても、事前予約制にしているので人数は減っている」(広報)と話す。新型コロナによって職場のあり方が様変わりしている。
丹下大社長は、こう話す。
「新型コロナの感染が広がったここ数カ月のウィズコロナ期においては、社会で一気に在宅勤務をする人が増えました。これから感染がある程度落ち着いたり、ワクチンが見つかったりしたあとも、こうした文化は残ります。『週3日は在宅、週2日は出勤』というような在宅と出勤を組み合わせたスタイルが広がるかもしれません」
「これまで日本では、テレワークが一般的ではありませんでした。人の価値観はなかなか変わらないからです。ただ、当社も7割の従業員が在宅勤務に切り替えたように(前編インタビュー参照)、人は行動が一度変わるとガラッと価値観も変わります。これからは従業員の新しい価値観に合わせた経営をしたい」
オフィスはホテルのロビーのようになる?
同社では、今後もエンジニアが在宅で勤務できるようにする体制を整えているほか、オフィスの縮小も検討している。
丹下社長は「いまの一般的なオフィスにあるものといえば、机と椅子と会議室。それらがすべて本当にこれからの時代に必要なのか。見直す必要があります」と指摘する。
「会社はたまに来てリラックスをしたり、同僚と雑談をしたりする場所になる。大きなソファを置いてシンプルな作りにして、ホテルのロビーのような位置づけのオフィスが増えてくることも考えられます」という。
丹下社長の予測のように、週の大半が在宅勤務になり、会社に来る社員が半分ぐらいになれば、水道光熱費、会議室、ウォーターサーバーなどの企業の「販管費」はグッと減る。
その分、自宅が「オフィス」となるため、会社が従業員の部屋のリフォーム費を負担したり、Zoom代を支給したりすることも考えないといけない。「会社の販管費をオフィスと社員の自宅でシェアをする時代が来る」という。
毎朝9時からラジオ体操をする意味とは
「そうなってくると、会社の価値は希薄化しますよね。来なくても良いのなら、どこで働くのもあまり変わらなくなる。コロナ後の会社は、自分が働く意義を再確認したり、自分1人ではできないことを支援してもらったりする場になるはずです。仕事だけでなく、生活習慣リズムを整えてくれることなど新しい役割が会社に求められます」
SHIFTでは毎朝9時から全従業員がラジオ体操をしてから仕事を始める。コロナの在宅勤務中はオンラインでも、続けている。離れていても一体感が生まれる。体調を管理し、心を整えるきっかけになる、と従業員からの評判も良いそうだ。
「うちはデスクワークも多いので、体を動かすって結構いいんです。仕事をトップスピードで始められます。在宅も増えてくると、こうしたことも、馬鹿にできないです」
音楽ライブのような「体験」ができるオフィスが求められる
同社がラジオ体操を始めたのは2007年ごろ。
まだ社員数が12人ほどで、ビジネスが不安定だった時代だ。12人の社員もどんどんやめ、6人だけが残った。社長として何をすれば良いのか分からなくなった時、現取締役が「まずは掃除から始めてみませんか」とつぶやき、何もできないなりに基本的なことから始めてみようと思った。
それから掃除を毎朝するようになり、人数が徐々に増えてからも同じような感覚でラジオ体操も始めた。その「原点」を忘れないために今も続けているという。
ラジオ体操といえば、国民の誰もが知っているが、どこか「昭和っぽい」。それもそのはずで、昭和3年(1928年)に昭和天皇の即位の礼を記念した「国民保険体操」に起源がある。
ワークライフバランスが唱えられている現代に、会社でラジオ体操までやらされるのは、いやなのではないか。まるで昭和の“会社人間”ではないか。やりたくない社員もいるのでは?
「僕はプラスでとらえています。先ほど伝えたように、会社は『1人ではできないことを支援する場所』になっていく。メガバンクのシステムづくりのような大きな仕事は1人で出来ません。あるいは、トレーナーがいた方がダイエットがうまくいくように、ラジオ体操やブレインストーミングを会社でサポートして、従業員の体調やモチベーションを支えることが会社の役割になります」
あくまで「ラジオ体操」はさまざまな施策の事例のひとつで、丹下社長は「コロナ後のオフィスのあり方」を考えるために、試行錯誤しているようだ。
個人の働き方を尊重しつつ、会社など集団だからこそ生み出せる良さを組み合わせる「ハイブリッド型の職場」がこれから生まれる、と丹下社長は話す。
「『進捗管理のミーティング』はZoomで足りますが、会話をオーバーラップさせて次々思いついたことを話す『ブレスト型の会議』はリアルな場でしかできない」
「コロナ後の社会で、従業員がオフィスに週1回か2回来たときに、何を感じてもらうのか。モスクや教会など宗教施設のように、なぜ自分は会社やコミュニティに所属しているのか、なぜこの仕事をしているのかということを思い出させてくれる場所にしないといけません。そんな風に考えて、これから経営していくつもりです」