ネット選挙が解禁された7月21日投開票の参院選では、各政党がさまざまなネット戦略を展開した。なかでも、話題を集めたのは改選3議席から8議席に躍進した共産党。激戦となった東京選挙区では、吉良佳子氏がソーシャルメディアを駆使した選挙活動を展開、12年ぶりに議席を奪還した。党本部も個性豊かなゆるキャラたちがネット上で政策を拡散。候補者全員がツイッターかフェイスブックのアカウントを開設したという共産党のネット選挙戦略の舞台裏を取材、その“秘策”を聞いた。
■SNSのコツを指南したガイドライン作成
「有権者が求めることを吸い上げ、双方向のやりとりで疑問に答える。これまで接点のなかった人たちとつながることが狙いだった」。党中央委員会の田村一志宣伝局次長はネット戦略のねらいをこう話す。党をあげてソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)の活用に取り組むことを決め、特に重視したのは拡散力と発信力。党員や支持者向けに「SNS活用ガイドライン」を作成し配布した。
ガイドラインは初めてSNSを使う人を念頭につくられた。ツイッターやフェイスブックのアカウント設定や用語解説はもちろん、メールアドレスの作り方から指南している。
最も特徴的なのは、つながりを増やしたり、拡散に役に立てたりする秘策が盛り込まれていることだ。例えば投稿のポイントとして、「『原発ゼロ』『消費税』など自分の関心事で検索し、まずは100人フォローに挑戦」「ツイートは一話完結の方がいい」「『しんぶん赤旗』記事を紹介。ひと言感想を付け加えると『自分のことば』感が強まる」などを例示。「党員だけでかたまらず、無党派や他党支持の人たちと広く結びつくために使う」「後援会などの連絡網のように考えるのは百害あって一利なし」などの注意点もあり、ぬかりない。
候補者や議員に対しても「ホームページやブログとリンクさせることが大切」「党の主張や政策を短い言葉で分かりやすく発信できるか意識する機会になる。実際の宣伝に使える」と推奨した。同党によると、63人いる候補者全員がツイッターかフェイスブックを開設。59人がツイッターを活用し、フェイスブックも約8割が使っていたという。
■若い世代が関心を持つ言葉でツイートした吉良佳子議員
党内で最もツイッターを活用していたのは、東京選挙区で初当選した吉良佳子議員だ。「ネットは双方向ツール。出会った人の声、情勢にあった情報を発信することが重要だと考えた」と話す。
政策を訴えるだけでなく、投稿にもこまめに返信やリツイートし、質問にも出来る限り答えた。ブラック企業批判をツイッターで訴え続けると、街頭で「うちの会社もなんです」と切実な現状を訴える人も現れた。そうした生の声をネット上でも積極的に発信した。「外での反応とネットでの反応が融合し、相乗的に広がっていった」
吉良議員のツイートは若い世代が関心を持ち、拡散しやすい言葉がちりばめられていた。例えば、安倍政権が掲げる成長戦略については、「『成長戦略』はブラック企業拡散政策です(怒)」とツイート。また、ブラック企業については「きつい、安い、追い詰める―が『ブラック企業』の三大特徴です」と批判した。それぞれ、党の関連サイトへのリンクも張った。「どういう情報が欲しいのか、どういう言葉やソースなら拡散しや
すいか日々に考え、言葉遣いを選んでいた」という。
選挙期間中は深夜1~2時まで、朝は5~6時からスマホに向き合い発信を続けた。吉良議員の選挙事務所の責任者は「ネット選挙は候補者の1日の動きを変えた」と話す。参院選公示の時は3600フォロワーだったが、投開票日には8千フォロワーに増加。当選後もぐんと増え、現在は1万4千を超える。
ネットは今回の選挙結果に影響がありましたか?と聞くと、「ツールが増えたという意味では何かしらの影響力あった。大変だったけどあってよかった」
■かつてないゆるキャラ「カクサン部」誕生秘話
6月下旬、同党のホームページに、ゆるキャラたちが登場した。党の政策についてPRする「カクサン部」は同党のネット戦略の象徴となった。8人の「カクサン部員」はそれぞれアカウントを持ち、党の政策を訴えた。政策にあわせて細かくプロフィルが設定され、個性的なつぶやきで、SNSでの拡散を目指した。
カクサン部は、中央委員会の若手職員らが広告会社の提案を受けて企画した。当初、案に挙がっていたのは「日本ゆるさん党」。しかし「『ゆるさん』と怒っているだけではだめ」「今から『反対』と輪をかけて言っても意味がない」といった意見があがり、党の政策に基づくゆるキャラによる「カクサン部」が生まれた。
カクサン部のねらいの一つは、党のイメージ刷新だった。「どんなにいい政策を訴えても、『固すぎる』『庶民の言葉ではない』との意見があり、広がらない悩みがあった」と田村次長は打ち明ける。
憲法問題を訴えるキャラクターは当初「憲じい」という杖をついたおじいさんだった。だが、「60年以上経った今でも現役の憲法だ」というメッセージを込めてより若々しい「ポーケン師匠」に変更した。
若い世代の取り込みも意識した。当初、子育て問題を訴えるキャラクターはいなかった。だが、関心が高いと判断し「小曽館育子」を加えた。「子育てと教育に全身全霊を注ぐスーパーママ」で、10人の子どもがいる設定だ。
田村次長は「なんだそれ、と突っ込んでもらえる要素を入れたのも重要なポイント」だと振り返る。党のネット番組内で企画した「カクサン部 総選挙」でセンターを勝ち取った「雇用のヨーコ」の「数々の職場をさすらってきた謎多き女性」「トレンチコートの中にムチを隠し持っている」という設定も〝仕込み〝だ。ヨーコが「ブラック企業にお仕置きよ」と叫ぶピンクのチラシは街頭で配るとあっという間になくなり、街頭演説にヨーコの格好をまねた「リアル・ヨーコ」が現れるなど広がりを見せた。
カクサン部に関わってきた田村次長は「共感を広げる」ことを意識したと話す。「ゆるいけど、問題に対して正面から受け取り、芯のある政策を訴えた。面白いだけじゃない。だから広がっていったのではないか」と分析する。
このカクサン部、参院選後の7月22日に「休部」をツイートしたが惜しむ投稿が相次ぎ、数日後に再開を宣言。再び、それぞれのキャラクターたちが、個性あふれるツイートをしている。
朝日新聞が参院選候補者433人のツイッターのフォロワーやツイートを分析したところ、共産党の総ツイート数は9864件で全党トップ。投稿全体の2割を占めた。また、グーグルが実施した調査によると、自民党や共産党に投票した人はネット経由で政治情報に接した人が比較的高かった。
「拡散」の成功要因について田村局次長は「支持者ではない人たちが『面白い』と共有したくなる情報を発信し、自然発生的に広がっていったのが大きかった」と分析する。加えて、ネットによる空中戦を支える「組織力」も強みだったとみる。
たとえば、SNSの活用は主に若い世代を狙ったものだったが、思わぬ効果もあった。「街頭でチラシ配りはもう無理だけど、家でネットを使って呼びかけることはできる」という高齢者にも広がったのだ。結果、従来の組織をうまく活用したネット上の「組織戦」も展開された。
「若い人はもちろん、高齢のためにビラ配りができない、集会に行けないというお年寄りも『ツイッターで運動に参加できる』と喜んでくれた」(田村次長)
■ 平常時の政治活動の中で、いかに支持を獲得していくかが課題
静岡大学情報学部の佐藤哲也准教授は「ネット選挙運動では、政党の組織マネジメント力が問われた」と指摘する。佐藤准教授によると、街頭演説やビラのポスティングといった伝統的な選挙戦では、回数や枚数などのメッセージの物量に関心が向きがち。だが、ネットで告知を広げていくためには、より受信者の立場を考えたコミュニケーション設計が求められる。そうしたコミュニケーションを科学的・戦略的に推進していくためには組織の統制やマネジメント力が必要という。佐藤准教授は「その点で組織のマネジメント力が強いと思われる自民党・共産党あたりが比較的ネット戦略で目立ったということは言えるような気がする」としている。
参院選でネットの利用が解禁されたことをきっかけに、政治家がネットを通じて有権者との対話を継続することが期待される。佐藤准教授は「平常時の政治活動の中で、いかに継続して支持者・有権者の支持を獲得していくかが課題。選挙間際になってSNSアカウントが活発化するような見苦しい政治家が出てこないことを願っています」。