インターネット上で不謹慎な書き込みや違法行為を見せびらかし、猛烈な非難を受ける「炎上事件」が後を絶ちません。あまたの事件を分析し、学生や企業向けに炎上を起こさない方法を教えているプロがいます。年300回を超える講演をしている、IT大手グリーの小木曽健さん(43)です。「炎上で人生を無駄にする若者をゼロにしたい」といいます。(withnews編集部、信原一貴)
渋谷の交差点で晒せる?
今年4月、東京都立工芸高校(文京区)の大教室に、1年生約90人が集まりました。小木曽さんは、ショッキングな言葉から講演を始めます。
「皆さんの中に今後、ネットで失敗して人生を駄目にする人が一人か二人います。私が話をすることで、この人数をゼロにします。それが、私の仕事です」
スクリーンに東京・渋谷のスクランブル交差点の写真が映りました。真ん中で少女が、名前や携帯番号を書いたボードを掲げています。
「みなさんにお願いがあります。ボードに自分の大切な情報を書いて、渋谷の交差点に30分ほど立っていて欲しい」
子どもたちが「えーっ」と顔をしかめます。
「そうですね。僕も、そんなことしたくない。でも実はこれ、毎日世界中で大人もやりまくっていることです。インターネットにものを書くということは、この交差点に掲げることと同じなんです」
「まだこの交差点の方がましなくらいです。通る人は1日たった40万人。しかもボードを下ろすことができる。でも、インターネットは違う。一度あげたら二度と下ろせません。全世界に公開され続けます」
住所を世界中に公開
ネットで起きるさまざまな問題。小木曽さんは「まず、軽いやつを見てみましょう」と、一枚の写真を映します。クッションや漫画がある女の子の部屋です。
模様替えをしたので、ブログに載せる。こんな何気ない行為が、個人情報を世界中にさらすことになると小木曽さんは言います。スマホで撮った写真には、設定次第では位置情報が埋め込まれています。画像データを少し調べれば、住所や部屋がわかってしまいます。
「家なんてバレたってかまわないよという人がいるかもしれませんが、その発言を将来自分を狙うストーカー、家族を狙う犯罪者にも言えますか。これ、大抵は大人がやっているんですよ。例えばキャラ弁の写真、ペットの写真。位置情報が残ったまま、ネット上にのせている人がたくさんいる。だから大人に、皆さんが教えてあげて欲しい」
数時間で店が消えた
「では、より重たい問題。ネット炎上の話に入ります」
2013年7月、高知市のコンビニを舞台に起きた炎上事件。20代のアルバイト店員が、アイスクリームを販売する冷蔵ケースの中で寝そべる写真を、フェイスブックに投稿しました。ネット炎上が社会的に注目される、きっかけとなった事件です。小木曽さんは、悲惨な結末をあえて詳細に解説します。
「2ちゃんねるの利用者が、写真を見つけて怒り出しました。日本の炎上は、この巨大な掲示板にたどりつくと始まってしまいます」
「汚ねえなあ、この店のアイス絶対買わねえ。このコンビニチェーン、利用するの止めよう......そんな感じのやりとりが繰り広げられました。2日後、もう新聞に載りました。『コンビニ店員、冷蔵庫内で横になる。一般の人からの指摘で発覚』。2ちゃんねるの連中が、大挙してクレームの電話を入れたんです」
「コンビニチェーンはこのとき、対応が伝説的に早かった。新聞記事が出る前日には、さっきの店をきれいさっぱり潰します。店主が9年間がんばってやってきた店です。9年の苦労が、たった数枚の写真で全部消えてなくなりました」
その後も同じような行為をして炎上する若者が続出します。調理師学校、蕎麦屋、大手ハンバーガーチェーン......。
「この子たち、びっくりするくらい短い時間で身元がばれています。一日、二日じゃないですよ。大体3~4時間です。もっと早いと数十分。ちゃんと理由があります」
「100万人超。これが炎上しているときに、うわっと集まってきている人間の数です。炎上してるこいつのこと、知ってるぞという人間がいない方が、不自然です。インターネットで馬鹿騒ぎを起こしたら、絶対に身元がばれます」
10分後に炎上開始
では炎上事件は、どのように取り返しのつかない事態へと突き進んでいくのでしょうか。
小木曽さんは、中学生3人が、同級生を暴行している「いじめ動画」をユーチューブに投稿した炎上事件を例にあげます。
「少年たちは夜8時すぎに、スマホから動画をあげました。炎上が始まったのは、そのわずか10分後です。動画は2ちゃんねるに転載されました。ジャージのデザインから、通っている中学校が特定されました」
「在校生名簿がすぐに転載され、動画内での呼び名と名簿との突き合わせが始まります。最初の一人目は50分後に、身元がばれています。残りの二人も、すぐでした」
さらに父親の会社や電話番号、学校の担任、自宅の外観写真が次々と投稿されました。
「すぐに家に住めなくなりましたよ。住めなくなったので引っ越します。すると引っ越し先はどこ、とネットで追及が始まります。今も3人分の引っ越し先の住所番地が載っています。終わらないんですよ、炎上って。一度はじまったら燃やし尽くすまで止まらないんです」
受験、結婚・・・本当の恐ろしさ
いったん炎上が収まっても、ネット上には痕跡が残り続けます。進学、就職、結婚。そうした人生の大事な場面で過去の炎上が「がんと足を引っ張ってくる」。それが、ネット炎上の本当の恐ろしさだといいます。
「炎上事件を反省して、必死に勉強した中学生がいます。がんばって、私立高校の推薦合格をとりました」
「決まったその日に、推薦が取り消されました。私立高校に電話が入ったんですね。『お前ら間抜けな学校だよな。あの子昔なにやったか知ってる?そんな人間に推薦出しちゃうなんて、ネットでいい笑い者になるよな』と」
「私立高校が慌てて事実確認して、推薦を取り消したんです。私は直接、都道府県をまわって確認しました。過去のネット炎上が発覚したことによる推薦取り消し。これは日本中で起きています」
社会人になっても、炎上の過去はつきまといます。
「恋人と結婚しようと、相手のご両親にあいさつにいく。返事は『あなた昔炎上やらかしたらしいわね。そんな人と結婚させるわけないでしょ。帰りなさい』。恋人の親戚がネット検索して、過去の炎上に気づいたんです」
「結婚話がばっと消えてなくなりました。これも実話です。大阪府内に住んでいた20代の女性。過去にやらかした炎上のせいで、結婚できなかったんです。その子は、ショックから行方不明になりました」
その書き込み、玄関に張り出せる?
どうすれば炎上を避けることができるのでしょうか。小木曽さんは、その方法は「一枚の写真で伝えられる」と言います。玄関ドアに「カンニング成功 オール100点かもね」と張り紙をしている写真が映ります。
「これ皆さんの家の玄関ドアです。貼った内容は、あなたがやったことだと必ず分かる場所だということです」
「ネットも同じです。自宅の玄関ドアに貼り出せる内容なら、どんなものでもネットに書いて大丈夫です。どんな写真もどんな動画もコメントも。炎上しません。大丈夫です」
「その代わり、家の玄関に貼れないものはネットに書かない方がいい・・・のではなくて絶対に書けないんです。だって人生終わるんですよ。人生終わってもいいから書きたいもの、貼りたいものってありますか? 私はないです。みなさんも、ないはずです」
「その書き込み、玄関ドアに貼りだせますか? インターネットで迷った時は、この言葉を思い出してください」
小木曽さんは2010年、グリーに入社。日記やチャットなどのネットサービスで、利用者による規約違反行為などが行われていないか、パトロールする部署の責任者に就きました。
さまざまな炎上も目にしてきました。「一番、状況を知っている人間として、防ぎ方を伝える責任があると感じるようになった」といいます。
5年前から、無償で講演を続けています。進化の早いネット業界では、次々と新たな情報機器やアプリが登場します。しかし、どんな流行が起きようとも、「ネットの本質」を知っておけば、炎上を防ぐことができる。そう考えて、内容を工夫しているといいます。
それでも、炎上を起こしてしまう子どもはいます。小木曽さんは講演では必ず、こう呼びかけています。
「炎上を起こしたら、私にフェイスブックでもツイッターでもいい。すぐに連絡して欲しい。正しい対処方法を、詳しく教えるから」
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