雪がちらつくモスクワの街中を、花束やプレゼントを抱えた男たちが行き交う。朝日新聞モスクワ支局に勤務していたころ、そんな光景を毎年目にした。
3月8日の国際女性デー。女性の権利向上ついて考えるこの日は、ロシアでも重要な記念日だ。いや、むしろロシアだからひときわ大切にされているのだ。
帝政末期の1917年。現在の暦で3月8日にあたる2月23日に、当時の首都だったペトログラード(現サンクトペテルブルク)で女性労働者たちが食糧不足などを訴えてデモを繰り広げた。それが帝政を打倒する革命へとつながった。
この世界史的な事件がきっかけで、発祥国であるアメリカに負けず劣らず、ロシアは国際女性デーを盛大に祝う国の1つとなった。
モスクワに赴任する前、私は多くの日本人と同様、ロシアは「暗い」「寒い」「怖い」といった先入観に毒されていた。
だが、国際女性デーの盛り上がりを目の当たりにしてロシアのイメージは変わり、女性に対する姿勢という意味では私自身、大いに反省した。
2014年。3年ぶりに帰国した日本にはモスクワで感じた雰囲気はなかった。
そして情けないことに、そんな日本社会に私自身もほどなくして慣れ、国際女性デーへの意識も薄れていった。
そんな私の目を覚ましてくれたのが、ハフポスト日本版で続く「Ladies Be Open(LBO)」だった。
生理痛や摂食障害、ボディポジティブ、セックスなど、女性が抱える体の問題についてもっとオープンに話せる社会の実現を目指し、若い女性編集部員たちが始めた企画だ。
この企画が始まった2017年、私は朝日新聞からハフポストへ出向した。そして事もあろうに、この企画のメンバーになった。
企画会議では担当の女性編集者たちが熱い議論を交わす一方、私は毎度、無理解ぶりをさらけ出し、彼女たちに呆れられた。ロシアで得た気づきはすっかり色あせていたし、男社会が根強い新聞社で20年近く働いてきた40代の「おっさん」にとっては相当の意識改革が求められた。
この年の6月。この企画の関連で、摂食障害をテーマにしたトークイベントがあった。拒食と過食を繰り返したことがある女性の登壇者は、「たいていモテる女子はやせていて、芸能人も、自分があこがれる男の子が好きな女子もやせていた。やせていることが愛されることと思っていた」と打ち明けた。
また、渡辺直美さんの専属スタイリストの女性はメディアに登場する女性アイドルやモデル像が「男性目線でつくられいるものが多く、男性の目を気にしなければならない世間になっている」と指摘した。
そんな2人の言葉を聞いて、私はようやく「女性の問題=男性の問題」だと気付いた。男性からどう見られるか、ということを気にするあまり、過度なダイエットから摂食障害に陥る女性は少なくはない。
もちろん、きれいになりたいという思いは素敵なことだ。でも、心身の健康を害してまでダイエットを続けるというのは間違っている。
にもかかわらず、多くの女性たちが無理をするのは、男性や「男性中心の社会」の存在とは無関係ではないだろう。
男性側はそれにどれだけ気付いているのだろうか。イベントに参加したのは女性ばかりで、男性は1人か2人しかいなかった。
摂食障害だけではない。LBOが扱った生理休暇の取りづらさや、大人の女性は化粧することを当然のように求められること......。いずれも女性の問題であると同時に男性の問題でもあるのだ。
だが、同じような図式は逆も成り立つかもしれない。つまり、「男性の問題=女性の問題」というふうに。
結局、あらゆる問題は、男女という枠組みはもちろん、そもそも性別や年代、国の違いを超えて、誰にとっても無関係ではないという、当然といえば当然の結論にたどり着く。
国際女性デーは、女性の権利向上を考える日だ。だが、この日がもっと有意義な記念日になれば、と思う。
女性だけでなく、あらゆる人たちの、あらゆるマイノリティーの権利について思いをはせる日に。
「分断」への危機感と、多様性の大切さが叫ばれている今だからこそ、切に願う。