加熱で増える食材の実質カロリー(大西睦子)

私たちが習慣的に行っている加熱調理も本来、食材から得られるカロリーを増やすための過程だということ、ご存じでしたか?
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sot via Getty Images
Little girl eating meal

近頃は食事からカロリーを減らすことばかりに関心が集まり、ともすると、しっかりカロリーを摂取することにマイナスイメージさえ抱きがちです。しかし、私たちが習慣的に行っている加熱調理も本来、食材から得られるカロリーを増やすための過程だということ、ご存じでしたか? 今回、加熱調理によって、脂質を多く含む食材から得られるカロリーが実質的に増加するという大変興味深い研究結果を、ハーバード大学人類生物進化学講座のエミリー・グループマン医師らが報告しましたのでご紹介します。

■脂肪分を取り出しやすく

加熱調理が食材の保存性や味を向上させることは、広く知られています。肉や魚は殺菌されて生の状態よりも腐りにくくなりますし、米や芋類、野菜なども加熱すると甘みが増して美味しくなりますよね。それだけでなく、食材のカロリーを実質的に増やす効果があるというのです。その意義や是非については後ほど議論するとして、まずは今回、『米国自然人類学誌』(American Journal of Physical Anthropology)で報告された高脂質食材の加熱調理の効果について見ていきましょう。

Cooking increases net energy gain from a lipid-rich food

American Journal of Physical Anthropology

Volume 156, Issue 1, pages 11-18, January 2015

DOI: 10.1002/ajpa.22622

グープマン医師らは、脂質を多く含む食材の加熱調理による影響を調べるために、落花生を、1)生のまま、2)生のままピーナッツバター状にして、3)167℃で17分間加熱調理して、4)17分間加熱調理した上でピーナッツバター状にして、それぞれ5匹ずつのマウスに5日間自由に食べさせました。その後、マウスの体重と餌の摂取量、身体活動を測定した結果、生のまま与えたマウスは、加熱調理した落花生を食べたマウスに比べて、より多くの量を摂取しましたが、体重の変化は同じでした。つまり、加熱調理した落花生は、生のままよりも効率よく、同量でもより多くのカロリーを得られたことを意味します。なお、マウスの身体活動は同程度でした。

研究者らがマウスの糞便中の脂質の排泄量を調べたところ、加熱調理した落花生を摂取したマウスは、糞便中の脂質の排泄が少なく、体内での脂質の消化量が増えていました。また、落花生の微細構造も分析されました。落花生の成分の約50%を占める脂肪は、タンパク質に覆われた形で細胞中に貯蔵されており、利用しにくい状態にあります。また、細胞も非常に丈夫な細胞壁を有しています。ところが加熱調理を施すと、細胞壁を構成するセルロースが分解し、脂質を覆うタンパク質の断片が細胞の表面に現れてきます。これは簡単に破壊できるため、脂質を利用しやすくなり、より多くのカロリーを得ることができるわけです。

以上より、脂質の豊富な食材は、加熱調理によって利用できるカロリーが実質的に増えることが示されました。

■炭水化物やタンパク質でも

今回の実験と同じ方法論で、タンパク質を多く含む肉と、炭水化物を多く含むサツマイモを、それぞれ1)生のまま丸ごと、2)生をすりつぶして、3)丸ごと加熱調理して、4)加熱調理してすりつぶして、マウスに与え、体重や身体活動を4日間観察しました。体重の変化を調べたところ、肉もサツマイモも、加熱したものからの方が多くのエネルギーを得ることが分かりました。すりつぶすよりも加熱するほうが効率よくエネルギーを得られることも確認されました。この結果は、身体活動や摂食量のレベルに左右されませんでした。また、特に空腹のマウスは、消化吸収の速い加熱調理した餌を強く好んだとのことでした。

■加熱調理がもたらした人類の進化

近年、食事や食材のカロリーは、ダイエット、つまり減量や体重維持の話題の中で語られるものになっています。しかしそれは、食べ物が豊富ですぐ手に入る現代社会に限られたことであって、人類の進化の歴史に逆行する事態のようです。

私たちの祖先は長い間、限られた食べ物しかない環境を生き抜いてきました。いかにカロリーを効率的に摂取するか、ということが生き延びるための重要な課題でした。高カロリーの食べ物ならば、食べる量が少なくても体重を維持できますし、いつもと変わらない量でも体重を増やすことができます。ヒトがカロリーの高い食品を求めるのは当然のことであり、進化の過程で本能に組み込まれているのです。

初めて人類が加熱調理をマスターしたのは、約190万年ほど前だったとされています。ランガム氏が1999年に発表した論文によれば、加熱調理は世界共通に見られる行為で、化石にもその痕跡がくっきりと残されていると言います。加熱調理という手法を獲得する以前の人類は、果物、植物の種子や根、地下茎、そして肉を食べていましたが、この中で最も脂質の割合が高いのが種子です。脂質は同量の炭水化物やタンパク質に比べ約2倍のカロリーを供給します。当時は動物性油脂は肉由来のみでした(乳製品の利用はずっと後のこと。牛乳が紀元前9000年頃)が、肉の脂質割合は種子の半分程度にとどまります。加熱調理で種子から脂質由来のカロリーを多く摂れるようになったことは、大きな変化でした。もちろん、肉やデンプンの多い植物の根や地下茎を加熱して食べることでも、より多くの栄養素を吸収できるようになり、脳や体の更なる進化・発達に大きく貢献しました。

この頃の人類の進化は、化石から明らかになっています。咀嚼に要する労力・時間が減ったため、歯が小さくなりました。消化の時間が短くて済むようになったため、腸が短くなりました。長距離を走れるようになったのもこの頃と考えられています。

また、ランガム氏は、男女の配偶システムにも加熱調理が関与していると仮説を立てています。加熱調理により食べ物の保存が利くようになり、盗まれる心配が増えました。それを防ぐのに女性は性的魅力を利用して特定の男性との結びつきを強化したと言うのです。結果、女性も栄養を効率良く摂れるようになり、相対的に男女の体格差は縮まりました。

■"二重の負担"の本末転倒

グープマン医師は、ハーバード大学学内誌のインタビューで、次のように述べています。「人類は今日、エネルギー不足とエネルギー過剰、肥満と栄養失調の"二重の負担"に直面しています。食品の加工により、カロリーの調整ができる可能性があります」

しかし残念ながら、現在の食品加工は「二重の負担」を悪化させていると思います。人々の好むスナック菓子やケーキなどは、高度に加工された食品で、精製した小麦粉や砂糖などの炭水化物と油脂類が同時にたっぷり使われていますよね。各成分の濃度が高い上、繊維質やタンパク質、水が取り除かれていて、非常にエネルギー密度の高い食品と言えます。

自然のままの食材は対照的です。例えば果物は糖分(炭水化物)が多い食材ですが、未加工なので繊維やタンパク質、水などがしっかり含まれており、エネルギー密度は低くなります。また、自然の食材には、炭水化物と脂質が高濃度で同時に含まれることはほとんどありません。例えば高脂質の落花生は糖分が低いですし、糖分の多いリンゴには脂質はほとんど含まれません。

人間は長い時間をかけて、脳の発達や魅力的な体型を勝ち得たのに、極端な糖質制限などの誤ったダイエットによって栄養不足に陥っていたり、加工食品の利用のしすぎで肥満になったりと、本末転倒な事態を招いていてとても残念ですね。食品の加工技術はこれからも更に進化するでしょう。その技術が、飢えと栄養不足に苦しむ地域の人たちの助けになり、飽食による肥満が問題となっている地域の人たちの健康を守ることに貢献するよう期待します。

大西睦子

内科医師、ボストン在住。医学博士。東京女子医科大学卒業。国立がんセンター、東京大学を経て2007年4月から7年間、ハーバード大学リサーチフェローとして研究に従事。著書に「カロリーゼロにだまされるな――本当は怖い人工甘味料の裏側 」(ダイヤモンド社)。

(2015年3月12日「ロバスト・ヘルス」より転載)