東日本大震災からもうすぐ4年。事故が起きた福島第一原子力発電所では、廃炉に向けて作業が進められている。現地で働く人は1日平均で約6700人。これまで数多くの政治家らが現地視察に訪れた。
しかし、それらの視察は「地元の人に正しく伝わっていない」と疑問視する人がいる。
原発作業員のサポートなどを行う団体「アプリシエイト フクシマ ワーカーズ(AFW)」の吉川彰浩さん(33)は、地元の人を対象にした現地見学会を開いて、そこで得た情報を広く伝えようとしている。
地元・福島で暮らす人にこそ、正しく伝えたいこととは何か。1月末、吉川さんに聞いた。
■原発視察で「得た情報を限られた範囲内でしか発信していない?」
吉川さんは、元東電社員だ。福島第一原発でも10年間働き、2011年3月の東日本大震災発生時には福島第二原発に勤務。福島第一原発と同様に津波に襲われた原発の復旧に携わった。2012年に退社してからは原発作業員を支えたり、地元の人々と作業員の人々が共生できるような環境づくりを進めたりする活動を行っている。
活動を通じて廃炉作業の最前線となった福島県広野町の人々と話すうちに、吉川さんはあることに気づいた。「地元の人は、福島第一原発の状況について、実はあまり知らない」。
震災後、福島第一原発の立ち入りは厳しく制限された。地元の人でも例外ではなく、メディアの取材や政治家、自治体職員、大手業界団体、著名人など、限られた人たちの視察にしか門は開かれていない。
ところが、メディアのニュースには時間や文字数に限りがあり、全てを伝えられるわけではない。地元に住みながら現場に通う作業員たちは守秘義務がある。結果、東電以外から福島第一原発に関する情報を得ようとしたら、視察に行った人たちに頼らざるを得なくなる。
しかし、視察後に出てくる情報が、見る側にとって役立つとは限らない。「行ってきたことを自慢したいだけなのか」といいたくなるフィードバックもしばしば目についた。
「Jヴィレッジ(現在の事故対応拠点)に集合して、バスに乗って、作業服に着替えて、どこどこを見てまわった...。こういった情報が全く無意味だとは思いません。しかし、その情報は、本当に求められている内容なのでしょうか。国会などで議論も行われているのかもしれませんが、残念ながら市民のところまでは届いていないんです」。
■伝えられていない福島第一原発の現状、余計な心配を生む
吉川さんは自身が2014年8月に視察に入った時のことを振り返る。
「想像以上に発電所構内が改善されていると感じました。これがあの、津波により甚大被害を受け、水素爆発をした福島第一原発かと。発電所構内入り口では通勤バスを待つ作業員の方々の風景は一見、一般の建設現場と変わらないように錯覚します。
多くのメディアが視察に入り、この改善状況の説明を受けています。ですが、一般の私たちに伝わることの多くは、発電所内のトラブルのことばかり。入退域管理所の周りではマスクがいらないほど改善されていることや、現在では女性の職員が働ける環境になったことなどは全く浸透していないのです。そして自分自身も視察で得たことを上手く社会にフィードバックできませんでした」
改善されている状況が伝えられていない。地元の人ですら知らないのだから、福島の復興が前進していると感じる人は、全国でも少ないのではないか。これでは、遠方で避難生活を続けている人の不安も解消されない。県外の人たちも、福島の商品を買いたいとは思わないかもしれない。
吉川さんは、トラブルばかりではなく、改善されている点を伝える方法について仲間に相談。そして、政治家やメディアではなく、地元住民が視察に行くべきだと気がついた。
福島にとっては目の前にある一番の課題であるはずなのに、震災から時間が経過し、報道も少なくなっている。しかし、復興に向けて進んでいることを地元の人が伝えなければ、福島への信頼は揺らいだままだと感じた。
「福島第一原発の状況について誰が一番知るべきかを議論しました。それは知識人や著名人や政治家の方等が第一ではなく、福島県で生活されていく地元の人が第一ではないかと思ったんです。
福島で生きているというだけで、県外の人からは原発のことを聞かれることは多々あります。県外の方からすれば福島第一原発の状態について、満足に知らない福島県民の方は時として不誠実に映ることもあります。
ですが、それは現状を知るための視察自体のハードルが高いのがことが原因でもあるんです。それならば一般の方々と東京電力を繋げばいい。それなら、私にもできる。住民の視察を可能にし、そこで得た情報を県外の方やお客さんに、正しくご自身の言葉で伝えられたらと思ったんです」。
■一般の人でも効果的な視察フィードバックをするには
東京電力にかけあってみると、そういうことであればと視察を了解してもらえた。吉川さんは、福島で起業している人や復興に携わる人に、福島第一原発に視察に行ってみないかと幅広く声をかけた。福島は広い。原発のある海側と内陸部とでは、気候も文化も違う。地域によって汚染度も違うし、性別や年齢の違いで、原発に対する考え方も違う。
集まったのは、青年会議所のメンバー、避難区域にて復興に取り組む原発事故被災者の人たちの方、子供たちを預かる幼稚園の園長や、商工会の会長、女性の社会進出を支援する若手女性企業家、子供たちに勉強を教える大学生ボランティア、伝統技能を継承し伝える青年実業家など、年齢も住まいもバラバラな地元の人たちだった。
視察に対する思いも人それぞれ。「故郷に帰ることになるので知っておきたい」という人もいれば、「友達に誘われたから」という人、「友人、知人が作業員として働いているので知っておきたい」、「実は、行くのは怖い」と戸惑っている人など、温度差もあった。
遊びで行くわけではない。作業する方のじゃまをしにいくだけなら、視察に行くべきではない。ただ見てみたいという好奇心だけなら、視察は遠慮してもらいたい。
そこで、吉川さんは、視察に参加してみたいと手を上げた人を集め、1月17日に福島県いわき市でワークショップを開催した。視察のチャンスを最大限利用し、効果的なフィードバックを行ってもらうためだ。日本財団などでワークショップを担当していたメンバーと内容を練り、視察の目的を徹底的に洗い出してもらうカリキュラムを組んだ。
「視察の目的が事前にはっきりしていれば、視察で見るポイントもしっかり決められます。視察のルートなどは東電側によってあらかじめ決められていますが、現場で担当者に質問する内容もあらかじめ考えておくことができます。
最初は目的を書き出すことが、なかなかできないことに気がつきます。なんとなく行ってみたいという人が大勢います。ですが、ワークショップを通じて、自分の視察の目的が、はっきり形になってくるんですね。行くのが怖いと言っていた人も、終わる頃には『これは絶対に行って、こことここを見てこなくてはいけないんだ』という思いに変わっています」
吉川さんはこの作業を、一人ではなく他の人と一緒に行うことも重要なポイントだと話す。
「人によって、視察に対する思いが違うのは当然なんです。その違いも共有してもらいたかったんです。広い福島で、いろんな立場の人がいます。一方的に自分の考えを押し付けていたら、進むものも進まなくなります。いろんな立場の人の人がいることを知った上で、前向きに共に歩めるなら、復興も加速するのではないでしょうか。
そして、ただ視察に一緒に行った人で終わるのではなく、その一期一会の機会を、今後も活かして欲しかった。福島県を今よりも良くしたい。その気持ちは皆一緒です。一人が持つ力は微々たるものかもしれませんが、協力することでより大きな力になります。
また、一人で一度に得る情報には限度があります。何かを問われた時に、自分ではわからないことかもしれないけれど、あの人なら知っているかもという具体的な情報を持っていたら、紹介できますよね。今回の視察を通じて点で交わることのなかった人たちが繋がり、面に広げられると思いました」
吉川さんたちの視察は、2月中旬に行われる。地元福島で起業している人たちが、今後の生活に活かしていくことを目的として福島第一原発の視察を行うのは、震災後初めてのことだという。大手団体に属さない人たちの視察も、初めてのことだ。視察後には、福島を始め東京や名古屋など、各地で視察の報告会を開き、ワークショップで行った具体的な内容や、参加者らが視察で見た内容を伝えていく予定だ。
「参加者は、純粋に福島県で生活をされている方々です。ですからメディアが報じていることばかりではなく、ありのままを一般人の目線で伝えて頂きたいと思います。懸命な廃炉作業を肌で感じ、現場の努力を伝えていただきたいと思いますし、いまだ廃炉は始まったばかりだという認識(危機意識)も持って頂きたいと思います。
今回の視察の模様は、写真を交えて分かりやすく県外の方々にも紹介します。それが、福島を正しく理解することにつながると、私は思います」
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「アプリシエイト フクシマ ワーカーズ」の原発視察報告会は、両国回向院(東京都墨田区、2月8日 13時〜 )などで開催予定。詳細はこちらからご確認ください。
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