昆虫で性フェロモンの匂い情報が脳内に入り、行動を起こす情報に変換されるまでの全過程を、東京大学先端科学技術研究センターの神崎亮平(かんざき りょうへい)教授と並木重宏(なみき しげひろ) 特任助教(現・米ハワードヒューズ医学研究所研究員)らが解明した。雄のガが雌の匂い(性フェロモン)に魅了されて雌を探索する不思議な行動についてファーブル(1823~1915年)が「昆虫記」に記述してから、約120年の時を経て、その脳神経回路が浮かび上がった。
この回路は、理化学研究所のスーパーコンピュータ「京」(神戸市)による昆虫の全脳シミュレーションに適用されるとともに、蚊などの有害昆虫の行動の制御、匂い源探索ロボット開発などへの活用が期待される。12月23日付の英オンライン科学誌ネイチャーコミュニケーションズに発表した。
昆虫の触角で検出されたかすかな匂い情報はまず感覚中枢に送られ、いくつかの神経経路を経て最終的に脳の前運動中枢で行動を起こす命令に変換される。 その指令信号で行動が起こることは知られていた。しかし、感覚中枢と前運動中枢を結ぶ中間の経路はミッシングリンクになっており、まさに「未開の領域」と言われ、ほとんどわかっていなかった。
研究グループは、カイコガの脳内で性フェロモンの匂いに対して起きる反応を、脳内地図や染色、微小電極法などを駆使して解析した。機能的に接続している4つの脳領域を突き止め、性フェロモンの匂い情報処理に関わる脳内の全経路を初めて明らかにした。さらに、側副葉の上部がハブのように収束する脳の中心となっており、側副葉下部で上部からの信号を変換し、歩行を持続的に指令するなどの行動信号の形成に重要な役割を果たすことを確かめた。
この結果、微小な脳で行われている昆虫の匂い源探索行動のうち、感覚入力から行動出力を担うすべての経路が判明し、前運動中枢で行動指令信号が出る仕組みの一端が明らかになった。雄が雌を探索する昆虫記の見事な記述は、ドイツのノーベル化学賞受賞者のブテナント(1903~95年)らによる半世紀以上前の性フェロモンの単離につながり、今度は東京大の研究グループによって脳神経回路の解明にまで発展した。
脳には普遍性がある。カイコガの側頭葉の仕組みは、ショウジョウバエの神経回路と似ていたほか、哺乳類の大脳皮質の神経細胞とよく類似していた。神崎亮平教授らは「哺乳類の発達した大脳皮質の現象が、昆虫の原始的な神経回路でも観察されたことは、脳の進化を考えるのに興味深い。明らかになったカイコガの神経回路を、われわれが取り組んでいるスーパーコンピュータ『京』による全脳シミュレーションに反映したい」としている。
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・東京大学 プレスリリース