「インダストリー4.0」への取り組み方

ドイツで始まった「インダストリー4.0」が日米欧の製造業に期待と不安を広げつつある。ICTによる「第4次産業革命」は、世界の製造業は注目せざるを得ないからだ。
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ドイツで始まった「インダストリー4.0」が日米欧の製造業に期待と不安を広げつつある。モノづくりで世界をリードするドイツが、デジタル技術やインターネットなどICT(情報通信技術)を駆使して製造業を革新し、「第4次産業革命」を起こすと官民挙げて宣言すれば、世界の製造業は注目せざるを得ないからだ。とりわけフォルクスワーゲン(VW)やダイムラー、BMWなど独自動車メーカーの対応を世界は注視している。日本ではまだ「バスに乗り遅れるな」というステレオタイプな論調が中心だが、「インダストリー4.0」の中身をみれば、日本の製造業が過去10年、粛々と努力してきた自動化、生産効率改善の延長線上にあるもので、日本が焦る必要はない。日本は自動化分野での独、米主導による通信、機器の標準化、デファクト化に乗りながら、技を磨くべき時だ。

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オープニング・セレモニーも近未来的だった(「ドイツメッセ日本代表部」のHPより)

水平と垂直の展開

「インダストリー4.0」は日本では昨年春あたりから話題になってきた。今年4月にドイツで開催されたハノーバー・メッセでの展示が「インダストリー4.0」中心となり、メルケル独首相の積極的な推進姿勢もあって、一気に関心が高まった。ハノーバーメッセには三菱電機、安川電機など日本のFA(工場自動化)設備メーカーも多数、出展した。

「インダストリー4.0」は、しばしば水平と垂直の両方の展開として説明される。

 水平とは、工場の生産ラインのロボットや設備機器、さらに他の工場や納入部材メーカーの設備まで含め、モノづくりの関連設備をすべてデジタルネットワークで結ぶことを意味する。ネットワークで結ばれた機器は人間の操作や指示入力を最小限にして、機器が相互に情報を交換し、必要な作業を自律的に進めるアイデアだ。いわゆる「MtoM(機器間)」「PtoP(端末間)」のネットワーク構築であり、そこにAI(人工知能)による自己判断能力を加えた。いわば「装置や工場、倉庫が自ら考え、互いに結びつくモノづくり」と呼べるだろう。

 垂直とは、生産ラインの設備と部品や完成品などの在庫を抱える倉庫といった「モノづくり」の層と、顧客の注文を受け、必要な部材を発注し、完成した商品を顧客に届ける「モノの流れ」の層、本社の会計や経理、受発注伝票の発行など「お金の流れ」の層、さらには工場や本社で働く人たちの給与、勤労など「人の管理」の層など、垂直に何層にも重なった異なる業務の間で関連する情報の流れをつくり、情報がリードするように、自動的に業務が遂行されるようなイメージだ。

 こう表現してみれば、すでに多くの企業で基幹業務ソフト(ERP)などを使って実行されている当たり前のことのような気がするが、工場内、本社内の局所局所ではこうしたシステムがうまく構築され、稼働していても、全体を統御するのは簡単ではない。まして部品メーカーや販売店など外部まで含めてすべてがカバーされ、人が何も関与しなくても動いていくシステムならばなおさらだ。実際、1970年代から何度も自動化をめぐる大きな流れがあったが、そのたびに潰えてきた。自動化の概念は先行しやすいが、具体的には超えなければならない大きな溝がいくつもあるシステムなのだ。

メリットは?

「インダストリー4.0」が従来とはやや違った受け止め方をされているのは、技術的な裏付けがかなり進んできたからだろう。日、独、米などの多くの製造業は、コスト削減のために溶接、部品組み付けなどの産業用ロボットを導入し、そのレベルはきわめて高くなった。無人搬送機(AGV)や自動化倉庫、さらには各機器に組み込まれたAIのレベルは10年前とは比較にならない。

 AIについては、チェスや将棋の世界ですでにロボットがトップレベルのプロを破るまでになっている。IBMが開発した「ワトソン」と名付けられた大型コンピューターには、経験から学習し、自らの能力を上げていく「コグニティブ(認識)・テクノロジー」が本格的に使われており、質問応答を繰り返すうちに正しい答えに到達する時間が短縮され、回答内容の的確さも増してくる。こうした技術的な進化が「インダストリー4.0」を支えているのだ。

 では、そのメリットは何なのか。

 すなわち、今まで人間の管理ではつかみきれなかった過剰な在庫や生産途中での仕掛品の滞留時間などを減らし、1つの設備で複数の異なるモノを加工する際に前後の加工設備との関係を判断し、最も合理的な加工の順番を決める。人間が指示、入力するのではなく、AIなどが担ってくれることで現場の人間の業務が軽減され、人の判断ミスによる業務停滞を防ぐことができる。工場内は毎日、トラブルや予想もできない出来事が発生する。そうした突発的な事態にも柔軟に対応できるようにするのが「コグニティブ・テクノロジー」なのだ。

 たとえば、ある生産ラインで数時間後に部品在庫が切れることがわかれば、それを設備に組み込まれたAIが予測し、部品メーカーに発注する。それを受けた部品メーカー側のAIは在庫を調べ、すぐに発送する手続きを実行。あるいは、在庫が足りなければ生産ラインに優先的にその部品の加工を指示する。人間がやっていると発注忘れや加工順番のミスなどで部品欠品が起きかねないが、それをAIで防げるという考えである。

三菱電機の「CC-Link」

 これは要するに、人手を削減することにつながる。自動化はいつの時代も労働者を削減し、コストを抑制する狙いが最も大きい。今回も、ドイツなど先進国では若年層の人口減少という状況が「インダストリー4.0」の動機の1つになっているが、それ以上に大きいのは、新興国、途上国との競争だろう。

 日本の産業界は1990年代以降経験してきたが、工場側は、常に賃金の安い若年労働者が豊富な国を探している。その結果が、日本から中国や東南アジア諸国連合(ASEAN)への工場移転だ。現地で売れるものを現地で生産するのは当たり前だが、日本企業が中国で生産し、日本に"持ち帰り輸入"するパターンは、日本国内の雇用環境を悪化させ、中小の部品メーカーなども弱体化させた。こうした工場の国外移転による問題を回避するには、国内製造業全体の競争力底上げが必要になる。その答えが、「インダストリー4.0」だろう。ドイツもロシア、東欧、北アフリカ、トルコなどへの工場流出が激しい。日独の製造業は同じ困難に直面しており、「インダストリー4.0」の考えは根底では共通している。

 1つ日独で違うのは、日本は個別企業が競っていい設備、いいシステムの開発を進めるが、業界や国家全体では統一された動きにならないことだ。各企業が技術の囲い込みを優先しているのである。

 世界では工場自動化(FA)で抜きん出た企業がある。日本では三菱電機、ドイツはシーメンス、米国はロックウェルだ。おおざっぱに言えば、この3社がアジア、欧州、北米の市場でロボットや設備を連携させる仕組みや通信のプロトコールを普及させている。この3社のうち三菱電機は「CC-Link」という規格を推進してきたが、日本やアジアでの標準の座を得るのに時間がかかった。日本企業間での協調が薄かったからだ。

イノベーションの必要性

「インダストリー4.0」には、シーメンスやERPでは世界トップ企業のSAP、あるいは鉄鋼メーカーのティッセンクルップ、BMWなど、ドイツの製造業が網羅的に参加している。ドイツはメルケル首相が音頭取りをした結果、関連する製造業が足並みを揃えることができた。

 果たして「インダストリー4.0」がどこまで世界の産業界に広がるかは予断を許さない。過去の自動化ブームと同じように、数年後に動きが雲散霧消している可能性もあるだろう。だが、「インダストリー4.0」のコンセプトは製造業の進化そのものであり、無視することはできない。「インダストリー4.0」の流れに乗る、乗らないにかかわらず、日本の製造業が自動化をさらに推し進め、製造業全体の競争力アップにつながるイノベーションを続ける必要があるのは間違いない。

新田賢吾

ジャーナリスト

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(2015年6月2日フォーサイトより転載)