みなさん、はじめまして。インドネシアの首都ジャカルタで奮闘中の福村と申します。
私は現在、東南アジア4カ国で教育・留学・人材事業を展開しているJELLYFISHという会社のインドネシア法人で、ビジネス立上げ・拡大および会社経営を行っています。
これからアブローダーズで、インドネシアの様々な現地事情や、
私がこれまで経験してきた多くの困難と多くの喜びをお伝えしていければと思います。
海外というハードルは意外と高くない
アブローダーズで海外情報の記事を読まれているみなさんは、「海外で働いてみたい」という思い、あるいは海外に対して漠然とでも興味を持っていらっしゃいますよね?
では、もうひとつ質問です。
みなさんは、これまで何か深く海外に関わる経験をしたことがありますか?
「これまであまり海外に縁が無かったけれど、今はとても海外に興味を持っている」という方も多いのではないでしょうか。
実は私もそのタイプでした。
確かに海外で活躍している日本人は、以下のような経験を持っている方々が目立ちます。
「学生時代に海外留学をしていました」
「親が海外を飛び回っており海外が身近でした」
「昔から海外旅行が好きで、よく海外に行っていました」
「海外ボランティアに携わっていました」
「英語が好きで(得意で)、それを活かしたいと思っていました」
「バックパッカーでした」 などなど......。
こういう話を聞いていると、「ああ自分はそういう経験ないし、そんな行動力も無かったし、今さら海外に興味を持っても難しいんだろうな」
と二の足を踏んでしまう方もいらっしゃるのでは?
しかし、全くそんなことはありません。
実は海外に関わりのない人生を送ってきたような方でも、十分に海外で活躍するチャンスがあります。
海外で働くということは、きっと皆さんがイメージされているほど高いハードルではありません。
▲インドネシアの友人の誕生日会。筆者は右端
偶然のきっかけからインドネシアへ
私自身、海外旅行に頻繁に行くわけではなく、留学経験があるわけでもなく、
もちろんバックパッカーでもなく......。
また家族や親戚を含めて、海外で働くことはおろか海外旅行をした、という話すらほとんど聞かないぐらいのドメスティックな環境でした。
ちなみに最後に英語を発したのは、高校のリーディングの授業で教科書を読んだときくらい(笑)。
大学在学中は部活ばかりで、就職は新卒にて国内のヘッドハンティング系人材企業へ入社をしました。
そこでは約5年間、技術者のスカウトを行う、ドメスティックな仕事に携わっていました。
さて、そんな私が海外に出たのは2014年、いまからちょうど2年前です。
ただ、私が海外へ興味を持ち始めたのは実は2009年頃からでした。
もともと大学でスポーツビジネスを学んでいた私は、
スポーツビジネスの先進国であるアメリカにビジネスで飛び込んだ若い方の話を聞いたときに衝撃を覚え、
こういう道もあるのかという興味を持ち始めました。
その時は、自分自身はまったく海外に関わりのない人生であり、
また海外で活躍している方々の経験を聞くと大抵は別世界の人たちのようで、
勝手に自分には難しいと思い込んでいました。
そんな思いを心の片隅に残したまま数年が過ぎていたところに、突然きっかけがやってきました。
普段は見る習慣のない民放の11時のニュースで、東南アジアで活躍する企業としてベンチャー人材企業と、その若手社長が取り上げられていました。
たまたまそれを見て「これだ!」と思いその会社へすぐに連絡。
すると、その会社では立ち上がって半年ぐらいのインドネシア法人を拡大させるための人材を探しており、参画させていただくことに。
インドネシアの「イ」の字も知らない状況から、海外に拠点を移すことが一気に決まりました。
決めた後もしばらくは、地に足がつかないような感覚でしたが(笑)。
▲インドネシアの友人の結婚式。民族衣装バティックを着て
待っていては始まらない
インドネシアへ拠点を移した1年半後ぐらいに、人のつながりによるご縁にて、
現在の会社JELLYFISHのインドネシア現地法人を立ち上げることになりました。
現在は事業を軌道に乗せること、新しい仕掛けをつくること、
社内を整えることなどを行う目まぐるしい毎日を送っています。
この2年間、現実には大変なことも多いですが、
海外に関わりのない人生だった私が、非常に充実した海外就職生活を送ることができているのです!
海外の最前線で走り回っている日本人全員が、
海外と深く関わってきた人生を送ってきているわけではないはず。
私のような人間だっています。
私の場合は、きっかけは本当に偶然で、ある意味幸運だったと思いますが、
自分から動かずに何かが起こるのを待っていたら、今の自分はいなかったと実感しています。
これからの時代はどうなっていくのでしょうか?
私たちの会社では、日本に興味を持ち、留学を目指す現地の学生と接することが多いですが、
かれらは本当に貪欲で真面目で前向きで国際的です。
これからの時代、まちがいなく「日本」や「インドネシア」に関係無く
平等に競い合う時代がやってくると思っていますし、そういう世の中を実現したいです。
少しでも海外に興味があるのでしたら、ぜひ一歩踏み出しましょう!
そのうち国境は無くなり、国がどうとか言う時代ではなくなりますよ?
今後の記事では、特にアジアの中でも人口が多く注目をされているインドネシアにおける、
生活環境やビジネス環境、インドネシアの方々の特徴などをお伝えしていければと思います!
▲ジャカルタ名物「渋滞」。光の道は車の列
福村 志郎/Shiro Fukumura
1986年生まれ、滋賀県出身。大学卒業後5年までは、ほぼ海外に触れることのない人生を歩んできたが2014年から大きく転換。現在インドネシアの首都ジャカルタにて、インドネシア人の可能性を最大化させる教育・留学事業を立上げ中。好きな言葉はマンガから!!「人の足を止めるのは絶望ではなく"諦観"、人の足を進めるのは希望ではなく"意思"」