前回の本欄(インド見聞録(その1)-"多様性の国"の世界遺産)では、インドの素晴らしい世界遺産を紹介した。
今回は初めて経験した現代インド社会から受けた衝撃について書いてみたい。インドを訪れると人生観が変わると聞いていたが本当だった。
インドの最初の宿泊先は、首都デリーの高級ホテルだった。敷地の周辺には高い塀がめぐらされ、入口にはガードマンが立ち、人も車も厳重にチェックされていた。
夜間に到着したので周囲の状況はよくわからず、翌朝、ホテル周辺を散策した。一歩敷地から出ると歩道のあちこちに人が倒れている。寝ている人もいれば、目を開けたまま横たわる人、家族と思われる人たちもいた。
一番ショックだったのは、路上に横たわる若い母親の傍で裸同然の幼子が寄り添っている姿だった。9月でも昼間は35度を超え、脱水症状からか手足を震わせている人もいた。がれきが多い道を裸足で歩く人もおり、このような光景は首都デリー以外の地方都市でも見られた。
道端には牛をはじめ、馬、猿、山羊、豚、犬、ラクダなど多くの動物が、ごみをあさったり寝そべったりしている。貧しい人々の暮らしは、それら動物たちの状況とどれほどの違いがあると言えるだろう。
通勤時間帯のバスは人で溢れ、荷物用の屋根にまで人が乗っている。リクシャーというオート三輪のタクシーにもこぼれるほどの人が乗り込み、オートバイに家族4人が乗っていることも珍しくない。
車が道路を逆走することは日常茶飯事だ。列車のドアからはみ出し、デッキにぶら下がっている人もいる。観光地には多くの物売りがいて、土産物を執拗に売りつけてくる。停電もしばしば経験した。
インドのホテルやレストラン、売店などではあまり女性の姿を見かけない。男性中心社会で女性は家庭を守ることに専念、女性就業率は2割以下と極めて低い。
インド国民の8割はヒンドゥー教徒で、もともとカースト制という階級制度に基づき結婚相手や職業の選択が制限されてきたのである。
また、実際にはカースト制にも属さない最下層の「ダリット」と呼ばれる指定カースト(Scheduled Castes)の人たちがいて、今もなお、賃金、雇用、住居など様々な面で厳しい差別と偏見に苦しんでいるという。
インドは大きな格差社会だと聞いてはいたが、街の中で見かけた貧困状態は想像以上のものだった。
インド社会は、貧困の撲滅、格差の解消、道路・鉄道・電力・上下水道などのインフラ整備、女性の社会進出と権利擁護、階級制度の是正など課題が山積しているようにみえる。
本当にインドは何でもありの"多様性の国"であることを痛感した。日本へ留学経験のある現地人ガイドが、『あなたは日本に生まれただけで幸せだ』と言っていたことが、今も強く心に残っている。
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(2015年10月13日「研究員の眼」より転載)
株式会社ニッセイ基礎研究所
社会研究部 主任研究員