創刊30年の英高級紙インディペンデントが、3月で紙の発行をやめ、デジタル版のみに移行するという。
ピーク時には40万部を越えた紙の部数も、昨年12月は5万6000部と、低迷が続いていた。一方、ネットの月間ユニークブラウザー数は5900万。
英国の全国紙としては、デジタル版のみに移行するのは初めてという。「未来はデジタルにある」とオーナーであるエフゲニー・レベデフさん。
デジタルへの資源の集中で、「新聞」から「ネットメディア」に生まれ変わるという。
日経に買収された英フィナンシャル・タイムズも、紙の発行こそやめてはいないが、部数の7割以上はデジタルが占める。
米国ではすでにリーマンショックを受け、100年以上の歴史を持つ名門紙が、紙からデジタル版へと移行している。
すでに「紙かデジタルか」ですらなく、デジタルに「いつ踏み切るのか」という、タイミングの問題になりつつあるのかもしれない。
●英全国紙で初のデジタル版移行
インディペンデントの親会社であるESIメディアは12日、3月で紙の発行をやめ、デジタル版「independent.co.uk」のみの運営になると発表した。
また、廉価版の「i(アイ)」を、ジョンストン・プレスに2400万ポンド(約40億円)で売却する、としている。
これに伴い、デジタル版のスタッフを25人の増員とし、有料購読のモバイルアプリも制作するという。ただ、150人いる社員のうち、かなりの人数が解雇対象となる見込みだ。
全英ジャーナリスト組合(NUJ)は、「本日の発表は、インディペンデントのスタッフが最も恐れていたことが現実のものになったということだ」とする非難声明を出している。
●40万部から5万部へ
そもそもインディペンデントがどんな新聞か、については、在英ジャーナリストの小林恭子さんが詳しくまとめている。
1986年創刊の高級紙。英国のメディアサイト「プレスガゼット」によると、創刊から3年後の89年には、42万部まで部数を伸ばした。
ただ、92年にタイムズの部数を上回ったことから、同紙のオーナーであるルパート・マードックさんによる低価格競争に晒され、以後、経営的に不安定な状態が続く。
それでも2000年代は20万部台を維持していたが、リーマンショック後の2009年後半から20万部を割る。
そして2010年、負債まみれの同紙を、現オーナーであるKGB出身のアレキサンダー・レベデフ親子がわずか1ポンドで買収した。
だが、2011年からもう一段、急落し、翌年には10万部も割り込んでしまう。
インディペンデントの部数急落と相前後して、部数を伸ばしたのが、インディペンデントの若者向け廉価版として2010年に立ち上げた「i(アイ)」だ。
翌年には部数が逆転し、インディペンデントの急落とは対照的に、一気に30万部超まで部数が跳ね上がった。
この「i」の急成長がインディペンデントの落ち込みを支えたとの見方がある。
だが、インディペンデント出身の英誌「スペクテイター」のフレイザー・ネルソンさんは、これを「カンニバリズム(共食い)」になってしまった、と見る。
そして今回、この「i」も、売却される。最新の部数は約27万部。デジタル版の「i100」はインディペンデントに残り、「indy100.com」に衣替えするという。
●「現実から目をそらしている」
インディペンデントのオーナーで、息子である、エフゲニー・レベデフさんは、ガーディアンのインタビューにこう述べている。
未来はデジタルにある、と心底思っている。そして、業界はそれに目を背けていると...業界関係者は、自己弁護しかしない。
なぜデジタルに行くのか、が問題ではなくて、なぜ業界がデジタルに行かないのか、が問題なのだ。
現在150人いる常勤社員のうち、50人以上が、売却する「i」のスタッフとして、ジョンストン・プレスに移籍するという。
これは我々にとっての歴史的な移行だ。これは削減のためではなく、インディペンデントの成長と未来を確かにするためのものなのだ。
●デジタルの道のり
ただ、デジタル戦略も生やさしいものではなさそうだ。
購読料も現在の価格だと、紙のみが1週間で6ポンド(約1000円)だが、デジタルはほぼ半額の2.99ポンドだ。
英ABCのデータを見ると、昨年12月のインディペンデントのデジタル版のユニークブラウザー数は約5900万。
一桁違うのだ。
ガーディアンのジェーン・マーチンソンさんは、そもそもインディペンデントはデジタルに出遅れていた、と指摘する。
デイリー・メール、ガーディアン、デイリー・テレグラフ、ミラーといったライバルたちから遅れをとっており、1日あたり280万というユニークブラウザー数は、それらのライバルの脅威になったことなどない。
●揺らぐ英米メディア
紙からデジタルへの移行は、2010年ごろから、「デジタルファースト」のスローガンのもと、欧米の新聞業界で注目を集めてきた。
背景には、紙の部数下落には歯止めがかからず、デジタルの収入を骨太なものにしなければ、早晩、ビジネスとして立ちゆかなくなる、という現状がある。
英国の他の新聞も、例外ではない。
英ABCのデータで、昨年3月現在の全国紙の部数は700万超で、前年比7.6%減、部数にして約50万部の減少となっている。
ガーディアンは今月9日、デイリー・テレグラフが会計事務所のデロイトを入れて、戦略的レビューを始めた、と報じている。
社内では、オーナーであるバークレイ兄弟が、同紙を売りに出す前触れと受け止められている、と。
そのガーディアンも昨年、広告の落ち込みを受けて編集局の経費削減を打ち出している。
何より、昨年7月には日本経済新聞による、フィナンシャル・タイムズ買収も起きている。
そして、すでにその地殻変動は、数年前から米国で始まっていた。
リーマンショックを受けて、紙の発行がコスト的に維持できなくなる新聞社が相次いだ。
創刊150年を超すシアトル・ポスト・インテリジェンサーは、2009年にデジタル版のみに移行。
創刊100年超のクリスチャン・サイエンス・モニターも、やはり2009年から、メインをデジタル版に移行し、紙は週末版のみとなった。
創刊80年を超す雑誌のニューズウィークは、さらに複雑な経緯をたどっている。
2010年、所有していたワシントン・ポストが不振続きの同誌を、1ドルで売却。2012年いっぱいで紙の発行をやめ、デジタル版のみに移行した。
だがその後、2014年に紙の発行を再開。さらに、メーター課金制だったデジタル版も、今月10日から無料に移行するなど、試行錯誤が続いている。
また、一気にデジタル版のみに移行するのではなく、紙の発行を平日3日間や、クリスチャン・サイエンス・モニターのように、週末版のみに切り詰めるという、〝折衷策〟を取る新聞社もある。
●紙はいつまで続くのか
紙の発行はいつまで続くのか。
昨年9月、ニューヨーク・タイムズCEOのマーク・トンプソンさんにインタビューをした時、その質問をしてみた。
――ノースカロライナ大学のフィリップ・メイヤー名誉教授は、2044年10月で米国の日刊新聞の発行が終わると予想しています。
「これは経済の問題です。少なくともNYTは、ニューヨークを中心とした地域では、仮に広告がなくなっても、なお利益を生む事業として長く発行が続くでしょう。ただ米国内でもニューヨーク以外の地域では、ほかの新聞社の施設を使って印刷するので、一概には言えません」
タイムズ自身は紙を発行するつもりでも、地域によっては、印刷委託をしている新聞社が印刷工場を畳んでしまえば、否応なく発行は不可能になる、ということだ。
2004年に公開されたメディアの近未来を占う動画「EPIC2014」では、巨大IT企業「グーグルゾン」に席巻されたネットから、ニューヨーク・タイムズが離脱。エリート層と高齢者向けにのみ、紙の新聞だけを提供するようになる、というストーリーだった。
だが、トンプソンさんは、インタビューでこうも述べていた。
NYTはジャーナリズムの使命を中心とした企業です。ただ、ある意味でテクノロジー企業になる必要がある。編集局の人間がテクノロジーを毛嫌いする時代は終わりです。テクノロジーは、ジャーナリストにとっても極めて重要なものになりつつあります。
少なくとも「EPIC2014」の未来は、トンプソンさんの頭の中にはなさそうだ。
●日本では?
ちなみに、日本新聞協会が公開している2000年以降の新聞発行部数の推移を見ておく。
2000年の5371万部に対し、2015年は4425万部。この15年で、950万部近く(18%)減少している。読売新聞が丸ごと消滅する(2015年12月、903万部)、という規模の減少だ。
この傾向が今後も続くものとして、線形近似曲線を引いてみる。
すると、米国の紙の新聞が消える、とフィリップ・メイヤーさんが予測する2044年の部数は2794万部。
2015年比で1631万部(37%)減、2000年比では、ほぼ半減していることになる。
これを、危機的と見るか、まだ結構残っているじゃないか、と見るか、もっと急激に落ち込むはずと見るか。
新聞の捉え方によって、評価は分かれるところかもしれない。
(2016年2月13日「新聞紙学的」より転載)
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