ここ数年、アメリカで話題になっている「インセル」と呼ばれる男性たちをご存じだろうか。
インセルとは「インボランタリー・セリベイト」の略語で、「不本意な禁欲主義者」を意味する。自分の容貌を醜いと自覚している異性愛の男性たちで、女性達から蔑視されているせいで恋人ができないと信じている。
女性への憎悪を募らせて、過激な行動に出るインセルも社会問題になっている。2014年5月にアメリカでは、インセル向けの掲示板で活動していたエリオット・ロジャーが、銃を乱射して6人を殺害し、自らの命を絶つ事件が起きた。
なぜ彼らは見た目に固執し、女性を憎むのか。その心理をハフポストUS版のジェセリン・クック記者が迫った。
◇
金曜の夜遅く。何百人もの男性たちがインターネット掲示板「Lookism.net」を見ている。新しいメンバーがログインして、自分の顔の下半分を写した写真2枚を投稿する。
「これ直すのに、どんな手術が必要だと思う?見てわかると思うけど、俺のあごはへこんでいる」
すぐに返信が投稿される。「あごだけじゃなくて上唇もへこんでいるな。お金があるなら、あごの矯正手術をした方がいい。お金がないなら、あごのインプラントもしくはあごの整形がいい。下あごの角度のインプラントも、調べて見たら。お金を貯めた方がいいね」
Lookism.netでは、こういった体に関するやりとりが毎日のように交わされている。夜の間に新しいメッセージが次々と投稿され、男性メンバーたちが評価やアドバイスをする。
「自分の顔を、評価してください」「不細工だってことはわかっている」「鼻の整形に、7000ドル(約77万7000円)使った」「自分の横顔の写真には、ダメ人間っぷりがはっきり写っている」「最近はもう、家から出ない。人に見られたくない」「Tinderで24時間、全く出会いなし。自分終わってる?」。ジャスティン・ビーバーとゼイン・マリクの頭のサイズを比べて、どちらがより男らしい形の頭をしているか議論する人もいる。
見た目に自信のない多くの若者たちが、Lookism.netのような匿名の掲示板に参加している。そこで、自分たちの外見について意見を交換し、ルックスマックス(見た目を良くするの意)のためのアドバイスを交換している。
男性器を大きくする方法や、眉間のしわを消すボトックス注射、首を太くするトレーニングや、鼻を小さくする手術、そして頭蓋骨のインプラント......。サイト上で男性たちは、ルックスマックスのための議論を延々と続ける。
Lookism.netは「インセルのための掲示板」を謳っている。つまり、この掲示板のユーザー達は、自らの顔の欠点を自覚しているし、「生まれながらにして、逃げ出すことのできない監獄に囚われている」ことを示している。
多くの参加者は若い男性だ。彼らは「ルックスが良くないせいで、女性を惹き付けることができない」と掲示板で主張している。
話題はセックスに関することとは限らないが、Lookism.netのような掲示板で、男性たちは羞恥心や憎しみ、そして権利を訴える声に共鳴する。そして、外見の欠点を自覚すると同時に、本来は自分とセックスすべきなのに、そうしようとしない女性に対する怒りを深めていく。
インセルが殺人者になる時
Lookism(ルッキズム)と呼ばれる「見た目で人を差別すること」は、現実に存在する。見た目が魅力的でないと感じている人たちは、収入が低く、雇用の機会も少ないと明らかにした研究ある。また別の研究から、裁判の陪審員は、見た目が良い人に有罪判決を下さない傾向にあるとわかっている。
「男性は拒絶を、自分の男性らしさに対する挑戦、もしくは自分の社会的立場に対する侮辱と受け取る傾向にあります。一方、女性は拒絶されると感情的に傷つく傾向にあり、自分に何か足りないものがあったから拒絶されたんだと考えがちです。そして女性は拒絶を"乗り越えよう"としますが、男性は"借りを返す"必要を感じます」と、ノーザン・イリノイ大学カンセリング学部長のスザンネ・デッゲス-ホワイト氏は述べる。
インセルが集う掲示板では、この"借りを返す"ことがしばしば議論されている。中には、自分を振った女性や女性の恋人に、暴力で仕返しをすべきだと書き込む過激なユーザーもいる。
こういった男性はよく、自分たちのことを"遺伝子のくじ引きの敗者"と表現する。ユーザー全員が女性を嫌っているように見えない。しかし最近では、狂信的な女性蔑視主義者のユーザーが、辛辣な言動でそこまで過激ではなかったユーザーを押しのけるようになった。
過激なインセルにとって、デートやセックスは不正で溢れている。全ての女性は(見た目に関係なく)、セックスする相手を見つけることができるのに、醜い男性はお金を払うか強制しない限り、セックスできないと考えているのだ。セックスできないと考えているのだ。彼らはまた、女性は見た目の良い男性にだけ惹かれると信じている。
この歪んだ考え方は、暴力性を加速させる。より過激なインセルが集う掲示板「Incels.me」では、1年間に1万件以上の投稿がある。ここでは「魅力的でない男性がセックスする"権利"が否定された」という理由で、女性への暴力を正当化する投稿が定期的に見られる。
4月には、下記のような文章が投稿された。
「女性と社会は、我々を落胆させ孤独とうつに追い込んでいる。外見に対する彼らの執着は、彼らの基準を満たさない我々の怒りに油を注ぎ、殺人へと向かわせる。これは、我々が心を病んでいるからではない。偏見に対するノーマルな反応なのだ」
「良いものも悪いものも、インセルの行動は決して社会から報われない。それなのにどうして、社会のルールに従わなきゃいけないのだろう。我々を馬鹿にする女子が山ほどいるソロリティ(女子学生クラブ)を銃撃してやろうじゃないか」
自らをインセルと名乗った22歳のエリオット・ロジャーは、2014年にカリフォルニア州サンタバーバラで銃を乱射して6人を殺害し、自らの命を絶った。ロジャーは、インセルの掲示板でもてはやされる存在だった。銃乱射の前日、ロジャーはYouTubeに「報復」というタイトルの動画を投稿した。
動画でロジャーは、"甘やかされた高慢なブロンドの尻軽女を虐殺する計画"の詳細を説明し、「お前たちと付き合えないのであれば、破壊してやる」「お前たちはようやく、俺が本当に優れた男であるとわかるだろう」と発言している。
ロジャーに影響を受けて、同じように殺人に走ったインセルもいる。
2018年4月、カナダのトロントでワゴン車が歩道に突っ込み、8人の女性と2人の男性が殺された。運転していた25歳のアレク・ミナシアンは犯行の直前、Facebookに「インセルの抵抗はすでに始まった!我々は全てのチャドとステイシーを葬り去る!」と書き込んでいた。チャドは魅力的な男性、ステイシーは魅力的な女性を指す言葉だ。
トロントでは、7月23日にも銃で武装した男が18歳の女性と10歳の女の子を殺害する事件が起きたが、事件後、インセルの掲示板では「これもインセル仲間の犯罪なのではないか」と盛り上がった。
2011年7月にノルウェーで77人を殺害した、極右テロリストのアンネシュ・ブレイビクも、暴力的な女性蔑視主義を表現していた。自分の外見にも固執していて、額や鼻、あごなどをテロの前に整形していたと報じられている。
インセルのコミュニティでは、他にもこんな男たちが"ヒーロー"として称えられている。
2009年にペンシルバニア州でフィットネスクラブで3人を銃で殺害し、自殺したジョージ・ソディーニ容疑者。
2007年にバージニア工科大学で32人を殺害したチョ・スンヒ容疑者。スンヒ容疑者は二人の女性をストーカーしていたと報じられている。
マルク・レピーヌ容疑者は、1989年にカナダのモントリオール工科大学で男性学生と女性学生を分けた後、女性14人を殺害した。
男性 vs 鏡:完璧さの追求
カイル・インセルというユーザーネームで掲示板に投稿する男性は、毎日苦痛を感じている。カイルは、見た目は普通の23歳男性。これまで何年も、孤独や自信の無さについて語った動画をYouTubeに投稿してきた。動画の中でカイルは、声を震わせながらこう語る。
「最後の髪がなくなりました。髪は男性にとって、ものすごく重要なものです。それなのに、あっという間になくなってしまった。自分はスキンヘッドが似合う顔でもない」
カイルは、自分のような「見た目のせいで、偏見を持たれている」人たちのコミュニティを探すために、掲示板を訪れたという。しかしそこで見つけたのは、友情ではなかった。外見について議論する掲示板を見るうちに、カイルは外見にさらに執着するようになった。「いつも見た目のことばかり考えていました。一生、外見が心から離れることはないでしょう」
カイルはハンサムな顔立ちをしている(動画でも、多くの人がそうコメントしている)。しかし彼は、ほんのわずかな薄毛が治らないようなら自殺したいと繰り返した。彼はこの件について話すのを拒んだ。
最近、ソーシャルニュースサイトのRedditに、「Lookism.netが私を破壊した」というタイトルの長い文章が投稿された。投稿者は、Lookism.netが彼の人生に悪い影響を与えたと主張する。Lookism.netを使った後「自分の内面は、からっぽになり死んでしまった。この状態を、どう表現していいかわからない」と書いている。「わずかに残っていた自信も、なくなってしまった」という。
Lookism.netには、体型についての様々なアドバイスが投稿されているが、その内容はとても細かい。例えばあごについては「四角で広いあごが、理想的な男性のあご。丸いあごは受け入れられるレベルだが、フォトジェニックではない。先の尖ったあごはかなり女性っぽい。性的に全く魅力的ではないとまでは言えないが、男性的な特徴を持つあごにしたほうがいいだろう」と書かれている。
アメリカでは、外見に執着する男性が増えている。アメリカ形成外科学会の統計によると、男性の整形手術は過去10年で急激に増加した。Incels.meの非公式の調査によると、回答した292人の男性の半分が、手術を検討したことがあった。
ニューヨークで形成外科を開業しているダグラス・スタインブレッヒ氏によると、4年前に比べて、男性患者の数は4倍に増えた。男性患者の割合と女性患者の割合は4:1になっているという。最も人気の手術は「男性モデル」パッケージ。あご、胸筋、臀部の増強、脂肪吸引、そして腕と肩の増強が含まれている。同氏の病院では、費用は6000ドルから25000ドルだという。
スタインブレック博士は、この"劇的な変化"を引き起こしたのはソーシャルメディアだと話す。「画面を左や右にスワイプする」世界では、"男性らしさ"や"完璧な男性"に対する考え方が大きく変わった、と同氏は考えている
拒絶。そして自分を見つめ直す
インセルの掲示板に集う男性たちは、自分のことを、"顔で人間を判断する女性たちの被害者"だと考えている。そして鏡を見るたびに、ストレスを感じている。彼らは女性を浅はかだと軽蔑する一方で、女性の体重や体型を揶揄し、美しい女性とのデートやセックスについて語り合う。
「女性の外見に対する執着が、基準から外れている我々の怒りに油を注ぎ、人を殺す傾向を加速させる」と書き込んだある男性は、理想の彼女の外見についても語っているが、そこにはこう書かれている。
「比較的大きな唇、大きな胸、むっちりしたお尻...。白人じゃないけれど、明るい肌の色。黒髪でもいいが、明るい色に染めていること。顔は可愛くなきゃいけない。顔は一番重要な部分だから」。その他の多くのユーザーと同じように、彼のアカウントにはロジャーの写真が使われている。
「(インセルは)自分自身以外に、攻撃するターゲットを見つけなければならない、それはつまり、自分の行動に責任を持ちたくないということです」と、インセルの患者を診ている心理療法士のサム・ルイ氏は話す。
「インセルのコミュニティーには、諦めのメンタリティーが浸透しています。拒絶されればされるほど、自分は望まれていないと言う考えを強固にさせる...。しかし、そこには権利意識もあります。自分たちにはセックスをする権利がある。女性から好かれる権利がある。そこには極めて限られた現実感しかありません」
掲示板に集うインセルの多くは、友情や仲間からのサポートではなく、孤立を感じているように見える。
「Defeat(敗北)」というユーザー名で、2015年からLookism.netに投稿を続ける人物は、こう書いている。「兄弟たち、俺は4年間家から出ていない」。このユーザーは、数年前に自分を振った女性に対するリベンジとして、この世界に入ったと述べる。
「新しい自撮り写真をFacebookに投稿して、あいつに思い知らせてやるのが待ちきれないよ。ほとんど準備できている。もうすぐそこまできている。残っているのは最後の手順だけだ。彼女は懇願するだろう。でも俺は、あいつが俺を拒絶したように、拒絶してやる。それが待ちきれない」
ハフポストUS版の記事を翻訳しました。