「イクメンが増えていると言われるが、自分ももっとやらなければとプレッシャーを感じる」「もっと育児に時間を使いたいのに、労働時間は減らないため、負担ばかりが増えてもう限界だ」。そんな声を育児中の男性から最近耳にする。また、仕事と家庭の板挟み状態で“育児うつ”になってしまう男性もいると聞く。
では、そんなイクメンたちが、楽しく笑顔で育児に関わるにはどうしたら良いのか。日本初の父親支援NPO法人ファザーリング・ジャパンの代表理事で、3児の父でもある安藤哲也(あんどう・てつや)さんに聞いた。
NPO法人ファザーリング・ジャパン代表理事・安藤哲也さん
■長時間労働と妻からのプレッシャーで板挟みになる男性たち
年間200回以上、パパ向けの講演会やセミナーを行っている安藤さん。全国のパパたちと接すると、長時間労働と育児で疲弊している男性も多いという。
「セミナーが終わった後に個別に相談に来られる方からは、そういう悩みを聞くことがありますね。子供ができて幸せなはずなのに笑えていないと。その理由は、仕事量を減らすことができず、仕事と家庭のハッピーバランスを築けていないということが多いですね。また、イクメンブームだからと言って、力が入りすぎてしまっている人もいると感じます」
パパ自身も育児へのモチベーションは高く、妻もそれを期待しているのに、平日は子供が産まれる前と同じように帰宅は深夜。妻だって初めての育児なのに、子供と2人きりで、平日は不安と孤独を感じて過ごしているケースも多いという。
安藤さんは、そういうママから「虐待してしまうお母さんの気持ちもわからなくないです」という本音を聞くこともあるとか。妻が仕事復帰した場合、どうしても家事育児を妻だけが担うことになってしまうことが多く「これまで同じように働いてきたはずなのに、なんでもっと家事育児に取り組んでくれないのか」という不満が募り、夫婦関係まで悪くなるとのこと。
「そういうパパたちは、平日子供と接することができない分、休日にがんばろうと張り切るんですが、そもそも子供がパパに懐いていないので『ママがいいー』と言って逃げられちゃうんですね。家事をやっても妻から不満を言われ、どんどんパパたちのモチベーションは下がる、という悪循環に陥ります」
■問題は、長時間労働「社会が変化に追いついていない」
「僕が9年前にこの活動を始めた時、ある程度こういう状況になるだろうな、というのは予測していました」という安藤さん。「長時間労働が問題だということは、国も経営者もみんなわかっているはずなのに、昔の働きかたや成功体験から逃れられない世代がボトルネックになっている」と語る。
「かつては、妻は家庭、夫は外で仕事とはっきり分かれていたので、僕らの親世代の男性は、そんな悩みなんてなかったはず。でも今は、パートナーが働くのは当然になって、30代以下の男性は家庭科教育も受けているので、家事育児に携わることに抵抗感がない。それなのに、社会がその変化に追いついていないんです。だから、そのギャップに苦しんでいる時期なんですよね」
■パパの重要な仕事は「家庭内のマネージメント」
とはいえ現実的に、今すぐに働きかたを変えられない男性たちが、自分を追い詰めることなく、無理なく家族のためにできることはないのか。
安藤さんいわく「オムツ替えやお風呂に入れることは、単なる作業に過ぎません」とのこと。では、もっと男性が家庭の中で貢献できることとは?
「ママが中心となって家事育児をしている家庭では、ママが心身ともに健康で笑顔でいることが、子供が育つ環境としてはベスト。そのための環境作りをすることこそがパパの仕事なんです」
イクメンであることを自負している男性ほど、オムツ替えやお風呂など、「自分がやったことに対して、妻から評価されたい」と思っているという。しかし、「それは毎日やってれば、誰でもうまくできるようになります」と安藤さん。
「それよりも、ママを支えることが間接的に育児になるんですよ、ということを伝えたいですね。遅く帰ってきて『あーあ、今日も子どもの寝顔しか見られなかった。今日も育児できなかった』と、がっかりするパパがいるんだけど、もしまだママが起きていたら、話を聞いて受け止めてあげるだけで、ママはすっきりしてぐっすり眠れて、また翌日子どもと笑顔で向き合えるんです」
「忙しい男性も、毎日のママの思いを受け入れ、共感し、賞賛すること。これをやっていれば、物理的に育児にかかわっていなくても大丈夫なんですよ」と安藤さん。「みんなが育休とれたり、定時に帰れればいいけど、それが無理だとしたら、これくらいは誰でもできるんじゃないかな」とアドバイスする。
■「パパの出番は3歳から」は間違い
また男性の場合、「子供とキャッチボールしたい、サイクリング行きたい」と夢が膨らむが、子供が生まれてからアクティブな外遊びができるようになるまでは、数年かかる。そのため、「(大きくなって)動き出してからが、男親の出番だ」という声も耳にするが、それは大きな間違いとのこと。
「よくパパが『この(乳児の)時期はお前に任せるよ。3歳になったらがんばるから』とか言うんだけど、3歳までが子育てでいちばん大変なんですよ。この時期にどうママをケアするかが大事。寝ているだけの時期はいいんだけど、動き始めたばかりの時期こそ、目が離せなくて、家庭内での事故も多いんです」
こういう時期にこそ、パパができるだけ家庭にいて、ママを支えることが大切だという。
■家族のミッションステートメントがあれば、育児も仕事もブレない
では、夫婦関係を悪化させないためには、どうすればいいのだろうか。「秘訣は、夫婦でよく話し合うこと」と安藤さんは話す。
「子育てというのは、『子供が主役』。(パパやママが)オムツ替えができた、お風呂に入れるのが上手になった、ということではないんです。『子育て』という約20年にも及ぶ中長期プロジェクトを、いかに成功させるか、なんです。そのプロジェクトを達成するために、我が家が今どんなフェーズにいるのか、そのために何が必要なのかを、常にすり合わせていかないといけない」
そのためには、まず「家族のミッションステートメント」を持つことが大切とのこと。会社で言うと「事業理念」のようなものだ。このミッションステートメントを持っていれば、子供がいるいないにかかわらず、人生の節目でどんな選択をすればいいのか、家族間のブレが無くなるという。
「ミッションステートメントは、多様なモデルがあっていいんです。たまたま子供ができたら、『仕事を2人とも続けるのか、もし続けるとしたら家庭内での分担はどうするのか、あなたは何を担当するの?』といったことを、2人の理念をもとに話し合えばいいんです。そこを目指すために、どの手段をとればいいのかを決めればいいので、話し合いやすいですよね」
ミッションステートメントを持つことは、「自分が何を大切にして生きていきたいか」を考えることにつながる。安藤さんは、「働きかたを変えるということは、生きかたを変えること」だと話す。もし今、自分の働きかたに不満があるなら、自分なりの理念を考えてみるのも良いだろう。その理念ができれば、どう働き方を変えればいいのかを、ブレずに判断できるようになるという。
■ミッションステートメントは、夫婦で話し合う
では、ミッションステートメントを持ちたいと思った時に、夫婦間でどのようにして決めると良いのだろうか。改めて話し合うのは、気恥ずかしいと感じる人も多いかもしれないが、安藤さんの家庭では、夫婦で毎晩のように、食事や晩酌をしながら話し合っていたという。
「夫婦で議論していると、意外と子供も聞いているんですよね。これは、子供の学びになっていると思います。ディベートの練習にもなるし、外の世界とつながっている大人同士の会話を聞かせるということは、学校では教えてくれない生きる術としての知識を、そこから得ることができますから」と安藤さんは話す。
このように、常に夫婦で話し合っていれば、何か問題が起きても、プライオリティ(優先順位)を間違えることなく対応することできる。家族がミッションステートメントを共有していれば、大きな致命傷にはならないのだ。
また、安藤さんは、夫に要望を伝えたいときには、妻も「男性は常に、課題を解決しようと考える」ということを念頭におくといいと教えてくれた。「ミッションを達成するために、今こんな課題があります。そのソリューションとして、あなたにこんなことをやってほしい」という伝えかたをすると、抱えている課題が解決しやすいという。
■チームに働きかけて、職場を徐々に変えていく
安藤さんが会社員だった頃は、自分が「定時に帰る上司」だったそう。そのために、スケジューラーに、保育園の予定もすべて書き込んでいたとか。
「スケジューラーに保育園の予定もすべて書き込んで、定時に帰る部長でした。僕が書いていると、部下もみんな予定が書き込めるわけですよ。認める・認めないじゃなくて、予定があるから書いておいて、それに合わせて仕事を調整していました。
現在は、組織のチームに働きかけて、職場のルールを変えようとする人が増えていると安藤さんは話す。
「最初はみんな自分ひとりで効率良く働く努力をするんだけど、個人の力では限界がある。そうなると、今度はチームに働きかけるわけです。会議を減らそうとか、CCメールを減らそうとか。うまくいったことをみんなでやっていくと、だんだんチームの労働時間が減ってくる。休みを取りやすくなったりして、チーム全体に利益があることがわかると、徐々に働きかたを変えていこうとしている人も増えてますよね」
■育児は育自。乳幼児期の子育てこそ自分を成長させてくれる
男性の育児休暇取得も、今はまだ制度はあっても取りにくいという会社が多いが、「中間管理職が率先して育休を取ると、部下も取りやすくなる」と安藤さんは話す。
「女性だって、昔はワーキングマザーが少数派で、働きにくい時代もありました。男性も、もう少しだと思います。働きながら育児もする男性が増えて、そういう人が会社の中で偉くなっていけば、10年後くらいには、男性もかなり育休が取りやすくなっていると思いますよ。時代の流れもそうなってきています」
「だだ、自分自身の育児期間は限られているので、社会や会社が変わるのを待っていたら終わってしまう。まずは自分から働きかたを変えて、できる限り子育てが楽しめる時期は、家庭に軸足を移しておいたほうがいい思います」
3児のパパである安藤さん自身も、トライアンドエラーを繰り返して、自分なりのベストバランスを作ってきたのだ。
「子育てをする中で、自分を成長させてくれるのが育児。つまり育児は『育自』なんです。それは、どっぷりはまってやらないと経験できないんですよ。週末だけの育児参加だと、自分の成長を経験できないまま、乳幼児期があっという間に終わっちゃう。僕なんて、子育てを経験したことで、会社員を辞めてNPO法人まで立ち上げちゃったわけだから(笑)。育児は、まさにアナザーワールドへのゲートウェイだったなと思いますね」
子育ては、すぐに結果は出ない地道な仕事だ。しかも、1人の人間を育てて、世に送り出すという責任ある大仕事でもある。安藤さんの言うように、中長期プロジェクトとして捉え、夫婦で日々建設的に話し合っていくことが、何よりも大事なのだろう。
とはいえ、長い長い子育て期間、時には愚痴も聞いてほしいと思う妻(夫)は、筆者だけではないはずだ。それは、パートナーにとって家族のマネージメントという大切な仕事なのだから。
(相馬由子)
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<国谷裕子 プロフィール> 79年に米ブラウン大を卒業。外資系生活用品メーカーに就職するが1年足らずで退社。81年からNHKで英語放送のアナウンサーなどを務める。その後、NHKのBS でニューヨーク駐在キャスターとなり88年に帰国。BS「ワールドニュース」のキャスターを経て、93年より『クローズアップ現代』のスタートからキャスターとなり、2016年3月まで23年間、複雑化する現代の出来事に迫る様々なテーマを取り上げた。長く報道の一線で活躍し、放送ウーマン賞、菊池寛賞、日本記者クラブ賞など受賞。
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