本日、イクボス宣言! 〜働き方を変える 職場が変わる〜

それぞれの職場で「働き方改革」をどう進めるかが課題になっているが、その「起爆剤」として注目を集めるのが「イクボス」だ。
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6月は、連合の「男女平等月間」。それぞれの職場で「働き方改革」をどう進めるかが課題になっているが、その「起爆剤」として注目を集めるのが「イクボス」だ。

企業トップや首長が続々と「イクボス宣言」を発し、「イクボス企業同盟」なるものも発足している。イクボスとは何か。なぜイクボスの役割が重要なのか。多彩な「イクボスプロジェクト」を展開するファザーリング・ジャパンの安藤哲也代表理事と神津会長が語り合った。

※「イクボス」とは

職場で共に働く部下・スタッフのワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の両立)を考え、その人のキャリアと人生を応援しながら、組織の業績も結果を出しつつ、自らも仕事と私生活を楽しむことができる上司(経営者・管理職)。

育児も、仕事も、人生も、笑って楽しめる父親を増やしたい

冨高 連合は結成当初から「男女平等の実現」を運動の大きな柱と位置づけ、毎年、男女雇用機会均等法の公布月である6月を「男女平等月間」として取り組みを進めてきました。ファザーリング・ジャパンは設立10周年を迎えられましたが、立ち上げのきっかけとは?

安藤 私は、男女雇用機会均等法成立後の1986年に大学を卒業し、出版社に就職しました。当時は日本経済も好調で、しゃかりきに働きました。今でいう「ワーク・ライフ・バランス」なんて考えたこともなかった。

ところが、35歳で父親になったんです。夫婦共働きで、子育てを手助けしてくれる親は近くにいない。妻は富山出身で、北陸は女性も働き続けるのが当たり前ですから、仕事を続けてキャリアアップもしたいという。そうなると、自分が仕事だけじゃなく子育てや家事もやるしかない。それで保育園に子どもを預け、働きながら子育てする生活が始まったんですが、いやあ「両立って難しいなあ」と実感しましたね。

特に男性が育児に参加することに、ものすごく抵抗があって職場の理解が得られない。どうして日本の社会はこうなんだと悩みました。でも、逆にいえば、男性が育児や介護や地域活動をするのが当たり前の社会になれば、女性も活躍できるし、職場も地域も変えることができると思ったんです。

それで10年前、「育児も、仕事も、人生も、笑って楽しめる父親を増やしたい」とファザーリング・ジャパンを立ち上げました。

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ファザーリング・ジャパン代表理事 安藤哲也

冨高 神津会長にもイクメン時代はあったのでしょうか?

神津 私は、1990年から3年間、連合アタッシェ(※1)として在タイ日本大使館に派遣されたんです。妻とまだ幼かった2人の子どもも同行しました。生活は一変しましたね。日本にいた時と比べて格段に家族で過ごす時間が増えたんです。

※1)外務省と民間の人事交流の一環として、労働組合から在外公館に派遣されている大使館員

まず、海外では夫婦で参加するイベントが多いでしょう。それに妻自身も、文化交流やボランティアなどで駆り出されて忙しくしていたので、自然と父親である私が子どもと関わる時間が増えた。仕事の面だけでなく、家庭生活という面でも、得難い3年間でした。

安藤 海外で勤務された男性たちは、みんな同じことをおっしゃいます。でも、日本に帰ってきたら仕事人間に戻ってしまう。

神津 そうなんですよね。ただ、私の場合は、帰国後役員改選前の1年半くらいは、わりと自由の利く境遇だったんです。子どもたちは日本の小学校に入りましたが、わずか3年とはいえ「帰国子女」でしょう。なじめるか心配で保護者会に出かけたんです。そうしたらPTAの役員を決めるという。

みんななかなか手を挙げなくて、結局くじ引きになって見事役員の座を射止めてしまった。妻と分担しながら、私もPTAの会合やら先生の進路指導に出向くことになったんです。

安藤 やってみると楽しいでしょ。僕も子どもの小学校でPTA会長をやったんですが、「なんでお父さんたちやらないの? 教育の問題にも気づくし、地域ともつながって子どもたちの安全を守るためにもいいんだよ」って言い続けました。1年目PTA本部役員で男性は僕1人でしたが、2年目はPTA役員の半分が男性になったんです。

神津 確かに参加してみると、教育現場の問題が見えてくる。当時すでに「学級崩壊」という言葉が出始めていて、子どもたちのために何ができるのか、考えさせられました。大人が動くと子どもたちも変わる。それが実感できる場面もあって、父親も子どもに関わることが大事だと思いましたね。安藤さんのように最初から前向きだったわけではないんですが、結果的に貴重な経験をさせてもらいました。

安藤 その気づきを「パパスイッチ」と呼んでいるんです。子どもが産まれてお風呂に入れた時、あるいはPTAで活動してみた時、「家庭や地域で父親の役割は重要なんだ」ということに気づく。ファザーリング・ジャパンでは、そのきっかけになるような事業をあれこれ仕掛けているんです。男性が職場で働くことにしか価値を見い出せない社会を変え、家庭や地域における男性の役割を再認識していく。それが女性の活躍にもつながっていくと。

「悪しき常識」を廃して働く者自身のための働き方改革を

イクメンは職場の「空気清浄機」、イクボスは意識改革の「起爆剤」

冨高 ファザーリング・ジャパンではさまざまな取り組みを展開されていますが、その中でもイクボスに着目されたのは?

安藤 ファザーリング・ジャパンを立ち上げた頃、僕は長時間労働の権化のような某IT企業で事業部長をやっていたんですが、保育園の送り迎えもあるし、PTAの仕事もある。でも、有給休暇を取ってPTAに行ったりすると、社内がざわつくんです。

食べていくための仕事「ライスワーク」も、人生で大切な子育て「ライフワーク」も、どちらもちゃんとやりたい。そのためにはどうしたらいいのか、真剣に考えました。そして、ムダを省いて生産性を上げ、ライフの時間を確保できる働き方を職場全体でつくっていった。その経験が、今のイクボスプロジェクトにつながっているんです。

神津 具体的に何を変えたんですか。

安藤 まず、メールの返信は3行以内というルールをつくりました。5行必要なものは電話する、10行以上必要なものは面談する。当時、私自身もメールの返信だけで午前中がつぶれていたんですが、これを部下にも徹底し、会議の数も半分に減らした。その極意は『できるリーダーはなぜメールが短いのか』という本にまとめましたが、絶大な効果がありました。

もう一つのオススメは、「ホウレンソウ(報告・連絡・相談)」より「シュンギク」!

報告は「瞬間的に聞く」ことにした。「ホウレンソウ」と言うから、部下たちは、立派な事後報告書を作るために残業してしまう。もちろん部下の仕事を把握することは大事ですが、それは気になった時に「あれどうなってる?」と聞けばいい。

神津 確かに時間をかけて報告をまとめてくれたけど、聞きたいのはそこじゃないということはありますね。

安藤 そうなんです。シュンギクなら、「ポイントだけ教えて」「どうして進んでないの?」「何が足りないの?」とその場で状況を再確認して、必要ならすぐに動ける。この「働き方改革」で、僕は、事業部長の仕事も子育てやPTAの仕事もファザーリング・ジャパンの活動も続けることができた。

でも、ファザーリング・ジャパンには、子育てに関わりたいけど、職場の理解がない、残業を断れないといった悩みがたくさん寄せられる。これは職場全体のOSつまり基本ソフトそのものを入れ替えないといけない。そう考えて、3年前にイクボスプロジェクトをスタートさせたんです。

神津 なるほど。職場全体の意識改革が必要だと。

安藤 時々誤解があるんですが、イクボスはトップダウンだけではダメなんです。まず、上司にも部下にも仕事以外のライフがあることを互いに認め合う。そして、そのライフを大事にできる職場にするにはどうすればいいかを、みんなで話し合う。

決め手は、ボス自身がワーク・ライフ・バランスを実践することです。仕事だけじゃなく、地域活動や趣味も楽しんでいる姿を見せて、「人生ってこうじゃなきゃ!」と部下たちに思わせる。これからはそういう上司が部下からモテるんです。

イクボス同盟に加盟したある企業の役員には、まず1週間休みを取ってもらいました。彼は家族と英国旅行に出かけたんですが、そこで何が起きたかと聞くと「大学生の娘と仲良くなれた。妻とは老後のビジョンをゆっくり話し合うことができた。古城めぐりをしていたら、自分は歴史が好きだったんだと思い出した。本当に休むって大事だねえ」と。「それをあなたの言葉で部下に語ってください」とお願いしました。

神津 そこから始まるんですね。例えば「働き方改革実現会議」でスタートを切ることとなった長時間労働の是正についても、「組合員の労働時間を規制すると管理職にしわ寄せがいく」という見方があります。でも、働き方改革って、トップも管理職も含めた職場全体の話でしょう。意識が伴わないとツジツマあわせに陥ってしまう。

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連合会長 神津里季生

安藤 おっしゃる通りです。ワークとライフは対立するものではなく、また無理やりバランスを取るものでもなくて、「ワーク・ライフ・シナジー」という相乗効果を生み出すもの。家族が安定すれば、仕事にも精が出る。最近、「イクメン・イクボスは職場の空気清浄機だ」と言ってるんですが、そうやって職場全体の空気を変えていくことが大事なんです。

冨高 よく「女性が働きやすい職場は男性も働きやすい」と言われますが、女性管理職など、意思決定の場に女性が増えることも、職場の空気を変えることに影響するのではないでしょうか。

安藤 もちろんです。「女性参画」と表裏で「イクメン」がある。そこがボウリングの一番ピン。そこを倒せば、社会は変わる。一緒にストライクを取りにいきましょう。

ライフを大事にできる職場 決め手はボス自身が実践すること

働き方改革で生まれた時間で人生をもっと楽しもう

冨高 今、日本では、働き方改革が大きな課題になっています。

神津 日本人の働き方は、良い面と悪い面が裏表になっている。どんな仕事でも一生懸命働く。自分の働きが社会を支え社会とつながってると思うから、もっと質を高めたいと頑張る。でも、それに甘えて長時間働くことを良しとする「悪しき常識」が職場を支配してきた。でも、ようやく、それではもうダメだ、働き方改革が必要なんだというところまできた。政府が言ってるから、会社が進めているからではなくて、働く自分たち自身のための「働き方改革」を進めていかなければと思っています。

安藤 これをチャンスだと捉えて積極的に取り組んでほしいですね。労働組合が、職場でこんなふうに働き方を変えたというケースを発信し合っていけば、いい意味での競争原理が働いて、改革は一気に進むはずです。

「働き方改革」って「生き方改革」であり「暮らし方改革」。最近の長時間労働是正は、早く退社することが目的化しているようにみえますが、大事なのは、長時間労働を見直して生まれた時間を何に使うのか。自分自身の成長や家族の幸せ、地域への貢献のために使ってこそ意味がある。僕らが若い頃は、プライベートを職場に持ち込むなと言われましたが、「公私混同マネジメント」こそ、部下の生産性を高めるポイントなんです。

だから、労働組合は、働き方改革で生まれた時間を有効に使って人生を楽しもうと投げかけてほしい。一人ひとりがそう思うようになれば、職場も家庭も社会も変わるはずです。

神津 労働組合の行事にも、家族で参加できるものがたくさんあるんです。私もメーデーにはよく妻を連れて参加しましたが、今年は6月から始まる連合の平和行動に夫婦で参加しようと思っているんです。労働組合のイベントがワークとライフをつなぐものになってくれたらうれしいですね。

安藤 それはいいですね。実は今、「育孫(イクマゴ)休暇」の普及にも取り組んでいるんです。子どもが熱を出したけど、パパもママも休めない時、じいじ・ばあばのヘルプがあると本当にありがたい。

もう一つ、ファザーリング・ジャパン悲願の「日本版パパクオータ制(※2)」導入に向けても、連合と手を携えていければと思っています。都市部の立会出産は7割を超えてますし、ファザーリング・ジャパンの「隠れ育休調査」では、年休や配偶者出産特別休暇を使った「隠れ育休」取得率は首都圏で5割に達しているんです。

※2)父親に一定期間の育児休暇を取得するよう割り当てる制度。

冨高 審議会では「パパクオータ制」の導入を訴えています。連合も、人生を豊かにするための「働き方改革」実現をともにめざしていきたいと思います。では、会長、6月の男女平等月間を推進するにあたってのメッセージをお願いします。

神津 はい。連合の男女平等月間は、私の「イクボス宣言」からスタートします。

安藤 もう一つお知らせを。6月16−17日、『ファザーリング全国フォーラムinおおいた』を開催します。連合大分にもバックアップいただきます。ぜひご参加を。

冨高 今日はありがとうございました。

[進行/冨高裕子 連合男女平等局長]

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ファザーリング・ジャパン代表理長 安藤哲也

1962年生まれ。二男一女の父親。出版社、書店、IT企業など9回の転職を経て、2006年にファザーリング・ジャパンを設立、2014年には「イクボスプロジェクト)」をスタート。また社会的養護の拡充と児童虐待・DVの根絶を目的とするNPO法人タイガーマスク基金を設立し、代表理事を務める。厚生労働省「イクメンプロジェクト推進チーム」顧問。内閣府「男女共同参画推進連携会議」委員、内閣府「ゼロから考える少子化対策プロジェクトチーム」メンバーなどを歴任。著書に『パパの極意〜仕事も育児も楽しむ生き方』(NHK出版)、『PaPa's絵本33』(小学館)、『できるリーダーはなぜメールが短いのか』(青春新書)など多数。

安藤さん著書:『できるリーダーはなぜメールが短いのか』

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(青春新書/2015年3月)

※こちらの記事は日本労働組合総連合会が企画・編集する「月刊連合 2017年6月号」に掲載された記事をWeb用に編集したものです。