2018年8月、東京医科大学が女性や浪人生に対して不正な得点操作によって入試差別を行っていたことが明らかになり、医学部だけでなく社会全体に波紋を広げた。
その後の文部科学省の調査では、複数の大学で女性や浪人生に対して不利な扱いをする大学があったことが分かった。
こうした状況を、学生たちはどう受け止めたのか。
医学部医学科のある26大学の学生らでつくる全日本医学生自治会連合(医学連)が3月12日、全国の医学生を対象としたアンケートの中間報告をまとめた。
「妊娠のメリットデメリットは?」入試で問われたライフイベント
医学連のアンケートでは、医学部入試の面接において、「結婚や出産、育児、家族の介護などの際にどのように働く予定ですか?」など、ライフイベントに関わる質問はされたことがあるかについて聞いた。
これに対し、全体の 14%の医学生が「ある」と回答。
聞かれた学生の割合では、男女間や現役・浪人・再受験での差はなかったものの、具体的な質問内容を記載したのは、多くが女性だった。
入試で問われた質問は、以下のようなものだった。
男性医師は女医と結婚した場合、家庭に入って欲しいが、女医は家事育児に専念したくないのか?(女性・6 年)
将来結婚するかもしれないけど、その時の家庭と仕事についてどのように考えているか?(女性・5 年)
結婚するつもりはあるのか?出産、育児で退職するつもりか?(女性・2 年)
妊娠をすることはあなたにとってメリットかデメリットか?(女性・2 年)
医師の地域偏在が大きな問題となっている医療界では、地域間格差を解消するために、医師になったらその地域で9年間従事することを条件にしている「地域枠入試」というものがある。
地域枠入試の面接でも、地域医療に貢献する意思を確認するために、ライフイベントを引き合いに出されたと答える学生が女性を中心に散見された。
地域枠の入試で卒後県内に残ることに対して『彼氏が遠くの人だったらど
うする?』と聞かれた(女性・2 年)
地域枠推薦入試の際に、『結婚してあなたが妊娠してその直後に旦那が東京で働くことになった時、どうしますか?』と聞かれた(女性・2 年)
(東京出身者に対し)地方での学校教育レベルは違うが、どのように子育てをしていくか?(女性・2 年)
地域枠入試において、家族の介護などの都合で地元に帰ることはできないが、本当にそれでも入学したいのか尋ねられた(女性・1 年)
「男性は子育てをしなくていいから人権を無視した使い方をしてもいい」という考え
また、ライフイベントに関しては男性側の意見もあった。
アンケートでは、「男性医師ならば配偶者の出産や子育てに関与しなくてよく、また人権を無視した使い方をしても良いという考えを感じた(男性・3 年)」という悲痛な意見も見られた。
医学連のメンバーで信州大学3年の伊東元親さんは「『(出産などを機に)女性がいなくなった後に男性はずっと働き続けなければならないのだ』『男性は子育てや出産に関わる女性のサポートをしなくていい』というところに男性に対する差別を感じた」という。
その上で「こうして男性医師の働き方に対する不安はさらに高まっているのかなと感じています」と語った。
過重労働の現状に、将来への不安を覚える医学生は、男女ともに7割近くいた。
特に女性は、将来の働き方の不安について「とてもそう思う」と答えた人が38%で、男性の14%よりも圧倒的に多かった。一方で男性も「まあ思う」と答えた割合が58%いた。
医師が過酷な労働環境に置かれていることが、不安を感じさせる背景にある。
働いても給料がもらえず、土日の当直アルバイトなどで生活費を繋いでいる「無給医」と呼ばれる慣例や、医師の残業上限を「地域医療の確保のため」などといった理由から年間1860時間とする案が厚労省の検討委員会で議論に上がっている。
伊東さんは「なかなか声を上げられなかったという現状がある。無給医と呼ばれる人たちは大学の医局の中のカーストの最下層に位置しています。そういう封建的な大学のシステムの中で、先生たちはなかなか意見が言えないということもあると思います」と説明した。
続けて「封建的な医学部の体制が強く絡んでいて声を上げにくい。私たち医学生からもこの問題に関心を持って意見を発信していきたいと思っていますし、国民がみんなで関心を寄せて大きな議論に発展していってほしいなと思っています」と呼び掛けた。
宮崎大学5年の山下さくらさんは、医学部では臨床医になる道を最重要視して教えられている現状について言及した。
山下さんは「無給医のなかには、研究職を目指す人もいる。今の医学教育のなかでは、臨床医による道にしか選択できないというか、臨床医になるためのカリュキュラムが組まれていて、研究職への道はすごく閉ざされています」と話す。
研究医を目指したくても「不安定な雇用形態だったり、基礎研究など長年していかなければならない研究ではお金がすごく必要になってくるのに、投資されていない現状がある。医学生からも『研究職になるための道が全くわからない』『カリュキュラムが組まれないから困る』という声も上がっています」と語った。
女性が医師として働くことそのものへの抑圧的な空気
ライフイベントのために女性が働きにくい環境ができあがっていることについて医学連は「女性が医師として働くことそののもへの抑圧的な空気がある」と分析した。
アンケートからは、出産や結婚といったライフイベントによってキャリア形成に支障をきたす恐れがある現在の研修制度についても疑問の声が集まった。
女性は医師になってはいけないような印象を受け、またそれが暗黙の了解になると怖い(女性・2 年)
将来妊娠したときに周りに何を言われるのか不安。将来私たちが産休したあと安心して戻ってこられるようなプログラムはされているのか(女性・6年)
現在の仕事量が変わらなければ、女性が離職したしわ寄せが男性医師に向かうのも必然である(男性・5 年)
医療界に残る差別意識を“当たり前”と受け止めないといけないのか
アンケートでは、入試や働く中での女性差別や年齢差別について、憤りの声が多く集まった一方で、「差別があることが当然」だとする意見もあった。
差別されることはよくあるため人によっては嫌だと思うかもしれないが、差別されるのは当然な状況で入学しているため、ある意味差別されて当たり前だと考えている(5 年・男性)
その程度の嫌なことなど社会では当たり前なので耐性を持つべき(5 年・女性)
だが、山下さんはこのような意見に対し「女性は人としてのライフイベントを捨ててあきらめないと、医師としてまっとうできない。自分たちの力ではどうにもできないと思い、あきらめてしまう人もいる」と指摘。
そして「私たちは現場に飛び込む前に考える時間がある。学生が発言して、これからの働き方を変えるようにすべきです」と話した。
山梨大学3年の小島里香さんは「女性だからこそできること、女性だからこそ、国民の皆さんが望んでいる医療を提供できるという側面があると思います」と話す。
東京医大は、不正入試を行った背景として、第三者委員会の聞き取り調査に「女性は年齢を重ねると医師としてのアクティビティが下がる」などと臼井正彦前理事長が答えていた。
一方で、子どもを作らないことに対し「生産性がない」などといった国会議員の発言も物議を醸した。
これらに対し小島さんは「何を持って生産性が低いとするかは一概には言えないと思う。それぞれの一人一人が持っている能力が生かせるような働き方ができるようになってほしい。自分の一番いいところを生かせるような働き方が許されてほしい。生産性という1つの物差しだけで測らない社会になってほしいと思っています」と語った。
医学連は、このアンケートの中間報告をもとに「受験生を公正に選抜するべく、性別・年齢を理由とした不公平な扱いを禁止せよ」「労働環境改善は何より急務、柔軟なキャリア設計を保証する研修制度も不可欠」という2つの提言を作った。
また2月27日に文部科学省に、3月11日に厚生労働省に対し労働環境の改善や入試不正の是正を申し入れている。