東京都都知事選に立候補し、8万8936票を獲得した起業家の家入一真氏(36)が新政党「インターネッ党」を設立し、今後行われる東京23区の区長選すべてに候補者を擁立するらしい。
新東京計画始動|インターネッ党
家入さんは、都知事選でもクラウド・ファンディングの活用や、政策をネットで募集するなどユニークな選挙キャンペーンを展開したが、インターネッ党もその名のとおりネットを駆使した民意の吸い上げと有権者へのアプローチ、政策立案をめざしているようにみえる。
さて、ネット政党といえばヨーロッパの海賊党(Pirate Party)ということで、数年前から注目を集めている海賊党を「家入ネッ党」のひな形に模する記事もちらほらと出ている。
ただ、そうした記事には、ヨーロッパの海賊党が一時の勢いを失っていること、最も大きなブームを巻き起こしたドイツでは「オワコン」の政党とみなされていることなどがほとんど説明されていないのですね。
家入さんたちのインターネッ党は興味深い試みかもしれないが、政治の制度や環境がそれほど違わないヨーロッパの先進国にせっかく先例があるのだから、海賊党がなぜ失速したか、どんな課題に直面しているかをひとつの参考としてふまえつつ、インターネッ党の動向を見守り、評価していってもいい気がする。
下記は、2013年9月にドイツ総選挙を現地で取材した際、メルマガに書いたドイツ海賊党に関するリポートの一部抜粋。記事を書いたのは2013年9月なので、内容はその時点のハナシです。
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ドイツ海賊党のフリーダムな挑戦
今回(2013年9月)のドイツ総選挙は、ここ数年のドイツ政治で話題になった2つの新しい政党が初めて挑戦する総選挙でもあります。その2つの政党とは、海賊党と、財政危機に陥ったギリシャなど南欧諸国への支援をやめるべきと主張するAfD(Alternative for Deutschland=「ドイツのための別の選択肢」)です。
■ サブカル組織へのアレルギー
海賊党とAfDには以下のような共通点があります。
(1)もともとの成り立ちはシングル・イシュー政党(海賊党はネット規制反対、AfDは債務危機国への支援反対)。
(2)結党してまだ日が浅く(海賊党は7年、AfDは5カ月)、連邦議会に議席をもっていない。
(3)最初にブームを巻き起こしたがその後失速し、今回の選挙では泡沫政党に近い扱いを受けている。
(4)支持率は低いが、ボートマッチをやってみると予想外にこの党が出てきて驚く人がけっこういるらしい。
海賊党は、もともと2006年にスウェーデンで生まれた政党で、その後ヨーロッパ全体に広がって各国にそれぞれの海賊党が誕生しました。政府によるインターネットに対する規制、プライバシーの侵害、企業による知的財産の独占的所有に強く反対し、同時に、「液体民主主義」と彼らが呼ぶ、政治の透明化を訴えています。海賊党については、浜本隆志氏の著書『海賊党の思想』に詳しく書かれています。
『海賊党の思想 フリーダウンロードと液体民主主義』
ドイツの海賊党は、各国のなかで最も成功した例です。ドイツには、ワイマール共和国で小党が分立し政権が安定しなかったことがナチスの台頭を許したとの反省から、比例で5%以上の票を得られなかった政党には議席を配分しない「阻止条項(5%条項とも呼ばれます)」というものがあります。
このため、支持基盤もない新しい政党がいきなり議席を得るのはむずかしいのですが、海賊党は結党から2年後のベルリン市議会選挙で8・9%を得票して15議席を獲得。その後のザールランド州議会選挙、2012年発のシュレスヴィヒ=ホルシュタイン州議会選挙、ノルトライン=ヴェストファーレン州などの大型地方選でも議席を得ました。2012年4月の段階で、支持率は13%に達し、緑の党を抜いて第3位となったのです。
それが現在では、支持率はわずか2%台。なぜ、ここまで落ちてしまったのでしょうか。
アレンスバッハ世論研究所:政党支持率
Gruen=緑の党、Piraten=海賊党、Linke=左翼党
今回の選挙で海賊党が議席を獲得する可能性、あるいは、海賊党が存続して支持を取り戻す可能性はあるのでしょうか。
わずか1年余りのあいだに支持率が急落した理由は4つあります。
1つめは、当初の熱狂がバブルだったこと。
一連の地方選挙の結果分析では、海賊党に投票した人が海賊党の政策として思い浮かべることができたのは、ネット規制への反対くらいしかありませんでした。躍進は、既成政党への政治不信がもたらしたもの。その浮動票を、ロイヤリティーの高い支持者に転換することができなかったということです。
そうした問題は、ベルリン市内の選挙対策本部で会った経済政策担当の幹部会メンバー、トーマス・ヴィート氏も認識していました。
今回の選挙で海賊党は計160ページの政策集(部分的にはマニフェスト的なもの)を作成し、ネットや個人情報関連以外の分野でも細かく党の方針を説明しています。ただ、下記のこれ以外の問題点を考えると、この程度の努力で党勢を回復できるとは正直思えません。
2つめは、組織の混乱。
地方選での躍進がピークに達した2012年4月、ベルリン市議会の議員団長を務める幹部が「私たち海賊党の急な伸びはナチスに似ている」と失言して、批判を浴びます。
そのころから、党運営をめぐる意見の違いや、路線闘争的な党内部でのいさかいが目立つようになりました。党幹部がツイッターでののしり合うなど、明らかにコントロールを失った状態が数カ月続きました。
3つめは、サブカルチャー的な組織文化へのアレルギー。これは、これが悪いということではなく、秩序と安定を重んじるドイツの有権者には受けがよくないということです。
ドイツの人々にサブカル的に見えるものの一つが、海賊党の特徴である「液体民主主義(Liquid Democracy)」です。
党から発議された政策や方針について、ネットを通じて市民から意見を聞いたり、約3万人いる党員によって賛否を問う投票を行ったりし、その結果が党にフィードバックされて党内で議論され、会合での採決を通じて決定されるという仕組みです。そのプロセスをすべて透明化し、徹底的にオープンな政治を行うというのが海賊党の理念そのものになっています。
■ 液体民主主義への期待と不安
海賊党の幹部で、今回の総選挙で比例代表候補のトップに名を連ねているリーナ・ロールバッハ氏は、そのように政策決定のプロセスを完全に透明化すること自体にドイツのメディアや有権者がまだ慣れておらず、戸惑っていることが支持率低下の遠因ではないかと思うとも言っていました。
実際、ドイツのあるメディアの政治担当記者によれば、ベルリン市議会選挙で当選した海賊党の若い議員たちが、議場にラップトップを持ち込んでカチャカチャたたいている様子を見て、彼らはまじめに政治に取り組むつもりがあるのかと疑念をいだく人々が増えたということです。予断と偏見とも言えますが、そのようなハレーションが海賊党への支持を遠ざけた面があるということです。
ただ、サブカル的な組織文化はむしろ海賊党の武器であり、魅力であり、それを捨ててしまったらこの党の未来はないと僕は思います。
海賊党は、ドイツの政党比較のマトリックスにおいては緑の党と競合するポジションで、そこで競り勝っていくには民意のラジカルな部分をフラットにすくい取ってくれる党、というアイデンティティーの確立が欠かせません。緑の党との違いは何かという質問に対して、ヴィート氏も組織が階層的でない点を強調していました。
ところが、現実の海賊党には、そうした武器を打ち消すような体質変化もうかがえます。ドイツの有力メディア、総合週刊誌のシュピーゲルは、海賊党の「官僚化」を嘆く記事を掲載しました。
以前の海賊党はプレスやジャーナリストの取材にもオープンで、何を書かれようが気にすることもなく、そこに透明化の理念を感じられたのに、最近は記者会見の開始時に、どのメディアでどんなテーマの記事でいつ載せるのかを質問の前に申告してほしいと言い出した。
いつのまにかCDUやSPDのような権威的な組織になっている、その他の組織内の混乱も含めて、透明化を偉そうに掲げながら結局はそれを単なる無秩序にしか転化できず、最初に期待した人々を裏切っている――そう指摘した記事です。
Ditching Transparency: Germany's Pirates Batten Down Hatches
4つめは、液体民主主義というシステムへの不安です。
海賊党は若者、20代から30代の支持者がコアの党員メンバーとされますが、今回、街頭でちょうどその世代の市民を探してインタビューしても、海賊党に肯定的なイメージをもつ人は一人もいませんでした。
もちろん、ごく限られた取材回答例だけでは判断できませんが、印象的だったのは、海賊党の政策内容がどうであるか以前の問題として、直接民主主義の要素を取り入れた液体デモクラシーという仕組みの不安定性と、組織運営の無秩序さに生理的な違和感をおぼえている若者が多かったことです。
実際、海賊党が原発についてどんな政策を掲げているのかとベルリンの選対本部で党幹部のロールバッハ氏とヴィート氏に質問すると、すぐには答えられず、政策集をめくり、しばらくして該当ページを見つけてから、ようやく「3年以内にすべての原発を停止・廃止」という党の公式方針を教えてくれました。
その政策が決まるプロセスも説明してくれたのですが、2020年までに脱原発というメルケル政権の方針を海賊党が支持していると彼ら自身が最初は勘違いしていたり、3年以内は短すぎるので5年以内という意見も強かったような話があったり、3年以内という「性急さ」に彼ら自身が驚いた様子を示したりと、なかなか漠然としたものでした。
液体民主主義というシステムがその名のとおり流動的で定性的なもので、あてにならない部分があるということを彼らも否定しきれない。
そうであれば、秩序や安定を重視するタイプの有権者との距離が広がるのはやむを得ないでしょう。透明化されたオープンな仕組みが社会にメリットをもたらすことを言語化して伝えることができるかどうか、という壁があるということです。
アメリカのNSA(国家安全保障局)による極秘情報監視プログラムを元CIA職員のエドワード・スノーデン氏が暴露したスキャンダルは、もともと政府によるネット監視を批判し個人情報の保護を訴えていた海賊党にとって追い風になるのではないか、という見方がドイツのメディアにもありました。
しかし現実には、それは支持率の上昇にまったく貢献していないように見えます。それはなぜかと思うかとロールバッハ氏に尋ねると、「給料が上がるか下がるかといった話題にはみんな敏感に反応するけれど、情報監視のように、放射能などと同じで目に見えないものはアピールしづらい」と答えました。
総選挙前の世論調査では、NSAスキャンダルは有権者が関心のあるトピックの中で6番目と低く、たしかにロールバッハ氏の言う側面はあるでしょう。
しかし海賊党の理念と成り立ちから考えれば、ゲシュタポやシュタージの歴史をもつドイツには実際にはセキュリティーの問題を潜在的に意識する人々は大勢いるはずであり(ドイツメディアの人からもそういう指摘は聞きました)、そういう人たちに期待してもらえなくなったのはなぜなのか、彼らに応えるためにはどんなメッセージを届けていくべきなのか、という問題意識を海賊党はもつべきではないかと思います。
■ 緑の党がつくったラジカルな風景
と、まあ、いろいろとケチばかりつけましたが、僕自身は、海賊党の未来についてはそれほど悲観的ではないというか、海賊党の理念や主張に賛同するかどうかは別にして、海賊党的なものが政治シーンの中に存続していってほしいと思っています。
2013年は、緑の党が1983年のドイツ総選挙で得票率5・6%を記録し、阻止条項をクリアして連邦議会で初めて議席を獲得してからちょうど30年目になります。
緑の党(正式名称は「90年同盟/緑の党」)の出発点は、西ドイツで学生運動・抗議運動がピークを迎え、今もドイツ戦後史の節目として語られる1968年にあります。
社会のさまざまな枠組みに対する市民の不満が沸騰し、ムーブメントは暴力的なデモやテロ行為にも発展しますが、結果としてその中から環境保護運動、反核運動、反戦運動・平和主義、フェミニズム運動などが立ち上がり、70年代に入って緑の党として組織化されていきます。
しかしそのような勢いのあった緑の党でさえ、連邦議会で議席を得るまでには10年以上を要したのです。
議場でラップトップを開けた海賊党の議員に守旧的な人々が眉をしかめるのは、セーターがシンボルだった緑の党の議員が、議会の委員会の最中に編み物をしてひんしゅくを買った姿にダブるものがあります。
緑の党が連邦議会に進出した3年後、チェルノブイリ原発事故がソ連で起きました。ドイツではコール政権が環境省を新設し、60年代にめばえた環境保護意識が市民社会全体に浸透していきます。98年にはついにSPD(社会民主党)との連立で政権与党となり、党代表のヨシュカ・フィッシャーが副首相兼外相に就任しました。
ある意味、ドイツの緑の党は時代の流れのなかで必然として生まれ、また流れに適応することで生き残ってきたとも言えます。
緑の党は、連立与党時代にはコソボ派兵をめぐってアイデンティティー危機に陥ったり、主導した脱原発政策は結果的に再生可能エネルギー買取制度の失敗による電力コストの上昇につながったりもしました。今回の総選挙でも、週に1回は肉を出さない日を設けるようレストランに義務づける制度を提唱するなど、あえて環境保護原理主義的なキャラをアピールしているようにもみえます。
他党の得票によっては連立政権入りの可能性もあるので、わざわざそんなことをするのはアホじゃないの? という見方もできるのですが、アデナウアーからシュミット、コール、シュレーダー、メルケルと、5年も10年も首相が交代しない「安定さ」が議会政治の基調となる一方で、緑の党のようにキャラの立った政党がコアの支持層だけで10%前後の支持率と一定の議席をキープし続ける、そういう風景は他者を受容して意見の多様性を受け入れる光景として決して悪いものではないように感じます。
そのなかに、海賊党はなんとなくうまく収まる可能性もあるように感じるのです。
今回の取材では、海賊党やその政策をふだんはとくに意識しておらず、過去に海賊党を支持したこともない人が、いわゆるボート・マッチ(選挙の争点に関する質問に順番に答えていくと、自分と政党・候補者の考え方や立場の近さを「一致度」として自動的に数値化してくれる仕組み。ドイツ語ではWAHLーOーMAT=ヴァーロマート)を試してみると、なぜか海賊党がいちばん一致していてビックリする、という例が身近で起きているという話をあちこちで聞きました。
これもこれだけでは即断できませんが、液体民主主義を通じてガイドライン化された海賊党の政策が、じつはけっこうな数の有権者の潜在的な政策志向と通底している――という可能性もあるかもしれません。
ドイツ連邦議会選挙(総選挙)のボート・マッチ(ヴァーロマート)
ドイツ連邦議会選ボート・マッチ:38の設問に対する各政党の立場のまとめ
メルケル首相のしたたかさに象徴される、ドイツの安定・秩序志向を考えれば、自家中毒に陥っているようにすらみえる海賊党の現状に、今回の選挙で有権者が厳しい評価を下しても不思議はありません。ここ1年余りの惨状をみるかぎり、むしろその可能性がきわめて高いと思います。
ただ、緑の党のような政党の存在がもたらしているドイツ政治の幅広さ、懐の深さを思うと、多少の混乱があってもネットと社会の関わり方や政治の透明化をうったえる、海賊党のような政党が居場所を確保できるほうが、少なくとも極右政党やポピュリスト政党の派手な動きが目立つ他のヨーロッパ諸国よりは穏やかで建設的で望ましいと、ドイツの人々は考えるような気がするのです。
最後に補足として、ネット選挙について。バカな質問をしたなと反省しているのですが、今回の選挙でネットやソーシャルメディアをどのように活用しているかと海賊党の2人に質問したら、意味がよくわからないと言いたげな表情をしたあと、「ネットやソーシャルメディアは喋るときの言語のようなものなので、それをどう活用するかみたいな戦略のようなものはないです」と答えました。ちなみに、海賊党のフェイスブックで、今回の選挙で最も「いいね!」が多かったのは下記のポスターだそうです。
http://www.davidicke.com/forum/showthread.php?t=254994
ポスターのスローガンは「議席を確保したら、一家に1匹、ウォンバットを支給します!」だそうです。いいね! ...なのか、ドイツ人。
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(2014.2.12 追記)
ドイツの総選挙で海賊党は結局、2・2%の票しか得られず、阻止条項をクリアして連邦議会に初めての議員を送り出すことができなかった。
選挙後に、読売新聞のサイトに海賊党にかんする分析記事を寄せた在英ジャーナリストの小林恭子氏(@ginkokobayashi)は、記事の最後に次のように書いている。
それでも、海賊党は消えてしまったわけではない。「インターネットが基盤となった社会に新たな政治の流れを作る」ことを目標として五十数人で始まった政党が、通常の政治には無関心の若者をひきつけて3万人を抱えるまでになったこと自体が大きな功績だろう。今回の失望後に、いかに継続して党員を増やし、実効的な政策を打ち立てられるか。まだまだ勝負は決まっていない。
ドイツ総選挙終了――ネットの自由をうたった海賊党、力及ばず(YOMIURI ONLINE 2013.9.24)
家入一真さんたちの取り組みが成功するにしても、壁に突き当たるにしても、「ネットが基盤となった社会に新たな政治の流れをつくる」ことへの(浮つかない)期待値、実ニーズが日本の中で少しずつ増していくことは確かだろう。(その点、インターネッ党が東京23区=基礎自治体というミクロなターゲットを設定したのは悪くないと思う)
いかに、「僕ら」に閉じこもらず、家入さんが多様な起業活動で実践してきたような非ネット=リアルな政策アイデアを提示していけるか。
そこが「家入ネッ党」の課題ではないかと、ドイツ海賊党を見てきた経験からは思う。
(2012年2月11日「竹田圭吾blog.」より転載)