英スコットランド・グラスゴーで開催された国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)では、脱炭素などに向けたグラスゴー気候合意が採択された。「決定的な10年」と言われる変革の時期、日本企業が求められるマインドチェンジとは何だろう。
2030年までに温室効果ガス排出量ネット・ゼロを宣言する日本アイ・ビー・エムは、「国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)を踏まえた日本企業に求められるアクションとは」と題したセミナーをオンラインで開催。共生する社会の実現可能性について問いかけた。
COP26で注目された「気候正義」には、世代間の不公平感も
COP26を踏まえ、今日本企業はどのようなアクションをとるべきか。
ファシリテーターとして登壇した日本アイ・ビー・エムの大塚泰子さんは9月に開催された国連総会での「人類はブレークダウン(崩壊)かブレイクスルー(突破)かという厳しい緊急の選択を迫られている」というアントニオ・グテーレス国連事務総長の言葉を紹介した。
COP26では、産業革命後の気温上昇を「1・5度」に抑えることが強調され、事実上世界の目標となるなどの成果があった。一方、日本は二回連続で「化石賞」を受賞。サステナビリティをリードするEUに比べ、温暖化対策に消極的な国だとの印象を内外に強く与えてしまった。大塚さんは「国際社会、国際的なトレンドから乗り遅れてしまっている日本の状況」とコメント。
セミナーにはハフポスト日本版SDGs担当エディターの南麻理江も登壇。大塚さん、南さんが特に注目したのは「気候正義」。化石燃料を大量に消費し発展してきたのは先進国なのに、地球温暖化によって大きな被害を受けるのは原因にほとんど関与していない途上国や将来世代という問題だ。
大塚泰子さん(以下、大塚)「不平等や格差が非常に注目されています。その潮流もあって、米国のZ世代中心にプログレッシブ(所得、教育、医療等の不平等の解消や、気候変動対策を訴える進歩派的なイデオロギー)を支持する状況が生まれています」
南麻理江(以下、南)「不公正には先進国と発展途上国間だけでなく、現役世代と将来世代間の問題もあります。今回のCOP26会期中に行われた抗議デモを見ていると、世界中の若者たちが先進国、途上国などのバックグラウンドを超えて一緒に怒りの声を上げていました。次世代の声が大きなうねりになっていると実感します」
気候変動と生物多様性。両方の視点が必要
COP26では議長国であるイギリスが、排出対策がされていない石炭火力発電を「2040年までに段階的廃止」することなどが盛り込まれた声明を発表。ベトナムなど途上国も含む40カ国が賛同した。しかしながら日本は賛同しておらず、日本人は国際的に見て環境意識が低いと批判されている。気候変動に意識を向けないことは個人の問題だけではなく、ビジネスの感度にも関係するのではないだろうか。
南「ベトナムやチリといった途上国も石炭火力からの脱却に賛同したことにも大変驚きました。日本はベトナムに石炭火力発電所を輸出していますよね。輸出先の途上国に、先を越されてしまった形です。こうした世界全体の状況を見渡して、日本の立ち位置を考えた方がいいんじゃないかなと思いました」
大塚「DXが進められた時、東南アジアのインフラが整っていない地域のほうが1足飛びに改革できた事例もありました。デジタル化において日本が遅れている問題が、サステナビリティの領域でも起きてくるかもしれません」
気候変動対策に生物多様性の視点を盛り込んでいくこともCOP26の重要な課題。例えば、CO2排出量の少ない再生可能エネルギーの比率を増やそうといった場合に、大規模な太陽光発電が森林を必要以上に破壊してしまう事態についても指摘されている。両軸で考えることが必要だ。
南「極端な言い方をすると、地球全体で温室効果ガス排出量を抑えればいい気候変動対策に比べ、その土地の生態系をそこに合った形で保全していかなければならない生物多様性対策はローカリティが高い。ビジネスセクターの方々が自分たちの国や地域でどんなことができるかを考える場合、むしろ初めの一歩として、取り組みやすさもあると思います」
大塚「IBMでは異業種も取り込んだプラットフォームを作っていますが、実は日本の企業は大きな座組みを作るのがあまり得意ではない状況です。逆にローカルから取り組むのは面白いですね」
テクノロジーはオープンにすることで、価値の創成が加速する
気候変動対策や生物多様性の保全には、意識改革だけでなくテクノロジーの力が欠かせない。セミナーでは日本アイ・ビー・エム株式会社東京研究所の武田征士さんにより、IBMグローバルリサーチが開発するサステナブルな新素材も紹介された。
武田征士さん(以下、武田)「映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』では、エメット・ブラウン博士がタイムマシンの燃料にゴミ箱の中身をポンポン突っ込んでいくシーンがあります。極端に言うとそのイメージで、使用したペットボトルを洗浄も選別もせずきれいな元の原料に戻し、またペットボトルに利用することができます」
プラスチックのケミカルリサイクル新技術「VolCat(ボルキャット)」に関する武田さんの説明だ。ペットボトルの再利用が前処理不要で可能なだけでなく、再生する際の製造エネルギーを60%以上削減できる。また、CO2排出量削減に貢献するカーボン・キャプチャー(二酸化炭素回収)技術の仕組みなども分かりやすく解説された。IBMグローバルリサーチが先端技術を専門家以外にも伝わるように発信することには理由があるという。
武田「テクノロジーのピース一つ一つに注力してきたのがこれまでのパラダイムでしたが、これからはピースを上手く繋げることによって全体の価値を生み出し、科学的発見をより加速させていく時代に突入していくと考えています」
IBMグローバルリサーチでは技術を単一企業で囲い込むのではなく、興味を持った誰もがアクセスできる形で一般に展開していく計画だ。ソースコードの共有などは一般的になったが、材料科学の分野ではまだ進んでいない。材料やAIの技術情報をシェアすることで科学の推進やサステナビリティを実現し、オープンサイエンスの共創的社会を生み出す考えだ。
目標だけではなく、ピースを集めて実行に移すフェーズに
武田さんによる先端科学のプレゼンテーションに、大塚さんと南の両名は「ワクワクした」「オープンにしていくという発想に、これからのビジネスを感じる」とコメント。しかし、「本来機密情報である技術のシェアと経済合理性は両立しないのではないか」との疑問も寄せられた。
武田「IBMは今、根本からマインドチェンジしています。例えばIBMグローバルリサーチでは、GitHub(コードの共同開発やプロジェクトの管理ができるプラットフォーム)などを通じて技術がどれだけリユースされたかも、プロジェクトの重要な評価対象になります」
最後のセッションでは、IBM Future Design Lab.による年代別の社会課題への関心度調査についての話題も。
大塚「社会課題にアクションを起こしやすいZ世代と、関心の高い60、70代の方が手を組んで、現状ビジネスの中核にいる年代の層に働きかけても面白いかもしれませんね。
サステナビリティの領域は、ビジネス視点で見ても重要な成長市場であることは間違いありません。『The Time for Just Goals is Over(目標だけを掲げる時代は終わった)』という言葉を紹介しましたが、目標を掲げるだけとかきれいな戦略を書けば良い時代は終わって、いかに実現していくかの時代に変わっています」
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今回のセッションでは国家や世代の分断を超えた共創、日本企業が苦手とする社内外のセクターを超えた取り組みの必要性も見えてきた。
日本アイ・ビー・エムでは、環境問題(CO2の流通やプラスチックの循環経済など)や人権問題(原材料の調達元での労働状況等)をトレースできる業種の枠も超えたプラットフォームも提供している。
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(編集/磯本美穂 執筆/樋口かおる)