加速する「脱内燃機関」の動きと「ハイブリッド車」の寿命

内燃機関時代に自動車産業を制した日本だが、早くもスタート・ダッシュで大きく出遅れている。

まもなく訪れる2017年は、世界の自動車産業のありようが大きく変わる年になりそうだ。すでに欧州ではドイツなどが「脱内燃機関」に向けて動き出した。米国では電気自動車大手のテスラモーターズが300万円台の電気自動車を発売する。内燃機関時代に自動車産業を制した日本だが、早くもスタート・ダッシュで大きく出遅れている。

自動車産業から消える「内燃機関」

ドイツの連邦参議院は9月末、「2030年までに、ガソリンエンジンやディーゼルエンジンなどの内燃機関を搭載した新車の販売禁止」を求める決議を採択した。

ノルウェーでは、2025年から乗用車のガソリン車やディーゼル車の新車登録を禁止する法制化の動きがある。オランダでも2025年以降、ガソリン車とディーゼル車の新車販売を禁じる法案が議会に提出された。

こうした動きを日本のメディアはほとんど報じていない。エレクトロニクス、ITで全く勝てなくなった日本経済にとって、自動車産業は「最後の砦」。その自動車産業で圧倒的な強さを持つトヨタ自動車は、少なくともあと数十年は「ハイブリッド車(Hybrid Vehicle=HV)で食っていこう」と考えている節がある。

内燃機関であるガソリン車やハイブリッド車で圧倒的な競争力を持つ日本にとって、世界的な「脱内燃機関」の潮流は遅れれば遅れるほど都合がいい。だがそうは問屋が卸さない。欧州と米国は一気に脱内燃機関を進めることで、自動車産業の主導権を日本から奪い取ろうとしている。

もちろん、世界中で走っているガソリン車やディーゼル車が一朝一夕で電気自動車に変わるわけではない。脱内燃機関は今のところ、「脱原発」と同様、理念先行の感がある。

だが、こうした動きを過小評価すべきではない。「内燃機関が消える」という、恐らく世界の産業史上で後世に大きく記憶されるであろう革命は、想像をはるかに上回るスピードで実現しつつあるのだ。実際、欧州では環境派の市民活動家だけでなく、脱内燃機関に最も反対しそうな自動車メーカーまでもが、電気自動車(Electric Vehicle=EV)シフトを本気で考え始めている。

日本メーカーの名前がない!

独フォルクスワーゲン・グループのアウディは10月、ル・マン24時間レースを含めた「FIA(国際自動車連盟) 世界耐久選手権」(WEC)から2016年いっぱいで撤退すると発表した。今後はEVのレースシリーズ「フォーミュラE」に集中する。

WECは2005年のレギュレーション変更で、ハイブリッド車のレースになった。「世界一速くて耐久性の高いハイブリッド車」を決めるこの選手権で、長く王者に君臨してきたのがアウディだ。

市販のハイブリッド車で圧倒的なシェアを持つトヨタ自動車は、「世界一速いHV」の称号を手に入れるため、2012年、WECに再参戦した。2014年には、最も権威のあるル・マンの優勝こそ逃したが、年間のポイントではチャンピオンに輝いた。

ル・マン制覇に執念を燃やすトヨタだが、最大のライバルであるアウディが、「お先に失礼」とばかりに「世界一速いEV」を決めるフォーミュラEに転向してしまうのだ。アウディのいないル・マンで勝っても世界のレースファンはおそらくトヨタを評価しないだろう。むしろアウディが去った後のWECは興行として成り立つかどうかが懸念される。

一方、今年で3年目を迎えるフォーミュラEは未来感満点のレースである。先端の空力ボディをまとった電気自動車が、爆音も排気ガスも出さず、時速230キロでヒュン、ヒュンと市街地を疾走する。

参戦しているのはアウディのほか、フランスのルノー、シトロエン、英国のジャガー。インドのマヒンドラ、中国のネクスト、テチータといったベンチャーも名を連ねる。独ダイムラーも来季から参戦の意思を表明している。だがそこに、日本メーカーの名前はない。

「ポスト・スマホ」で電気自動車に

フォーミュラEは電気自動車の実験場である。自動車メーカー以外にも、米半導体大手のクアルコムは、レースカーを先導するオフィシャルカー(独BMWが市販している電気自動車)向けに、無線充電装置を提供している。

この装置を使えば、わざわざプラグを差し込まなくても、駐車場に止めておくだけで簡単に充電できる。「ショッピングセンターで買い物をしている間に駐車場で充電完了」という未来は、すぐそこまで来ている。スマートフォン向け半導体で世界を制したクアルコムは明らかに「ポスト・スマホ」で電気自動車に照準を合わせている。

フォルクスワーゲンなどの欧州メーカーは、概ね2020年までに量産ベースでガソリン車並みの価格の電気自動車を投入する計画。ドイツ政府が打ち出した2030年までの脱内燃機関は、かなりアグレッシブな目標だが、決して絵に描いた餅ではない。

強力に支援する米政府

米国の脱内燃機関を牽引するのが、天才経営者イーロン・マスク率いるテスラだ。同社の現行モデルの価格は7万ドル(約700万円)超とかなり高いが、2017年中にもガソリン車に対抗できる3万5000ドルの「モデル3」を発売する。

今年春に予約の受付を開始したところ、すでに50万台の申し込みがあった。テスラの場合、1000ドルの予約金を支払う必要があるので、発売前からテスラは500億円を超える資金を手にしたことになる。モデル3への期待感がいかに高いかが分かるだろう。

モデル3の価格が下がるのは、電気自動車の中で最も高価部品である電池の値段が下がるからだ。テスラはパナソニックと共同で、総額5000億円を投じ米ネバダ州に「ギガファクトリー」と呼ぶ巨大電池工場を建設した。ここから安価で高性能な電池が供給されるのだ。

「温暖化を防ぐため、地球上からガソリン車を消し去る」と豪語するマスク氏はこのほど、米太陽光発電ベンチャーのソーラーシティを26億ドルで買収した。家庭やオフィスにソーラーパネルと蓄電池を行き渡らせ、「太陽光で作った電気で電気自動車を走らせる」というゼロ・エミッション(排出ガスゼロ)の車社会を構築すべく爆走している。

マスク氏が先ごろ発表した「マスタープラン」には、今後数年間で電動のピックアップトラックや小型SUV(スポーツ用多目的車)、大型の長距離輸送用トラック、バス型車両を発売する計画も盛り込まれている。

マスク氏が掲げる理想はとてつもなく高いが、株式市場は「実現可能」と見ている。テスラの株価が過去5年で5倍に跳ね上がっているのがその証拠だ。

しかも、米政府はこうした動きを強力に支援している。米カリフォルニア州では来年からハイブリッド車が「エコカー」の分類から外され、これまで受けてきた手厚い税制面での優遇制度を受けられなくなる。

逆に、その優遇を電気自動車などの「ゼロ・エミッション・ビークル(ZEV)」に振り向ける方針だ。結果として、消費者にとってはカリフォルニア州ではハイブリッド車の「プリウス」より電気自動車の「モデル3」の方が安く買える可能性が出てくる。

「ガソリン需要は25%減る」

「石油生産者は予期せぬ技術進歩にさらされている」

米欧では10月半ば、英格付け会社フィッチ・レーティングスが出したレポートが話題になった。産油国を脅かすのは電池の急激な技術革新だ。

蓄電池の性能が飛躍的に上がることで、電気自動車が競争力を増し、ガソリン車を駆逐。石油需要が想定より早く落ち込むというのがフィッチの見立てである。フィッチは「欧州の新車販売の5割がEVという状況が10年続けば、域内ガソリン需要は25%減る」と試算する。

米エネルギー省(DOE)によると、2015年までの7年間で、電池の価格は73%下落した。2022年までに、さらに半額になるという。根拠は、自動車向け電池の生産ラッシュにある。

前述したテスラの巨大電池工場「ギガファクトリー」だけではない。韓国のLG化学はポーランドで2017年、サムスンSDIはハンガリーで2018年に、巨大電池工場を稼働させる。電気自動車の量産を始める欧州メーカーに供給するためだ。ダイムラーは自前の電池工場に着々と投資している。

もちろん、米欧で電気自動車シフトのギアが上がる中、トヨタも手を拱いているわけではない。11月には「2020年をメドに電気自動車を量産する」と報じられた(11月7日付、日本経済新聞、朝日新聞など)。2015年10月に発表した長期的ビジョン「トヨタ環境チャレンジ2050」では、2050年に、2010年比で二酸化炭素(CO2)排出量を90%削減する方針を打ち出している。

だが、このビジョンに示された、ガソリン車からハイブリッド、プラグインハイブリッド(家庭用コンセントから充電できるハイブリッド車)、電気自動車、そしてエコカーの最終形と言われる燃料電池車へと、35年をかけて徐々に切り替えていくというロードマップには、「できるだけ長くぎりぎりまでハイブリッド車を売り続け、その後、燃料電池車にシフトしたい」というトヨタの本音が透けて見える。

水素を燃料とする燃料電池車は、究極のエコカーと言える。しかし水素の量産や水素ステーションの整備には莫大な投資と時間がかかる。その間に電池の性能は日進月歩でどんどん向上し、米欧では充電スタンドが整備されていく。

2020年の東京オリンピック――。電気自動車が珍しくなくなっているであろう海外から来た人々は、その時点でもまだハイブリッド車と軽自動車が幅を利かせている日本を見てなんと思うだろうか。

大西康之

経済ジャーナリスト、1965年生まれ。1988年日本経済新聞に入社し、産業部で企業取材を担当。98年、欧州総局(ロンドン)。日本経済新聞編集委員、日経ビジネス編集委員を経て2016年に独立。著書に「稲盛和夫最後の闘い~JAL再生に賭けた経営者人生」(日本経済新聞)「会社が消えた日~三洋電機10万人のそれから」(日経BP)などがある。

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(2016年11月28日フォーサイトより転載)