インターネットメディアのハフポスト日本版と、出版社のディスカヴァー・トゥエンティワンが4月20日、「ハフポストブックス」を立ち上げます。
現在、6冊の刊行準備を進めていて、2019年はシリーズ累計20万部をまず目指します。
「本なんて売れないよ」。準備をしている間、様々な人から言われました。スマホやネットが広がって「本を読む人口が減っている」という指摘も受けました。
では、なぜ敢えてネットメディアが紙の本を作るのか。政治や社会の中で「分断」が進んでいると言われている時代。インターネットのスピードが速すぎて、ウソも悪口もすぐ拡散してしまう時代。
そんなときに、じっくり読む「遅いメディア」の代表である本を通して読者とつながり、会話をしたいと思っているからです。意見が合わなくても、納得がいかなくても、内容が詰まった本についてなら、おしゃべりが続く。そんな時間をつくっていくための挑戦です。
ホストクラブで読書会。本の読み方を変える
4月20日には、まず私(竹下)が書いた本「内向的な人のための スタンフォード流ピンポイント人脈術」と、歌舞伎町のカリスマホスト手塚マキさんが書いた「裏・読書術」を出します。私はメディアの編集長のくせに”人見知り”。名刺を配ってSNSをやって動き回る「人脈モンスター」よりも、内気な人の方が、ビジネスはうまくいく時代だ、と主張しました。
手塚さんは、村上春樹や夏目漱石の名作をバッサバッサと独自の視点で斬ってくれました。「ハフポストブックス」は読書の楽しみ方も変えたいので、ホストクラブで”夜の読書会”を開く予定です。
5月に出版するのは、「ママは身長100cm」。骨が折れやすい障害があり、身長100センチ、体重20キログラムのコラムニストの伊是名夏子さんが、ヘルパーさんと協力しあいながら行う自身の子育ての経験から「自分が出来ないことをを素直に口にして、チームで動く」ことの大切さを書いてくれました。個人主義を超えた「強さ」があるように感じます。
本を通して伝えたい「第3の道」
次に出るのは、AV男優の一徹さんの本。アダルトビデオの演出の「ウソ」をただし、「お互いをリスペクトしあうセックス」を論じます。
セックスなどをするときに、相手の意志を確認する「性的同意」の話題がイギリスやアメリカなどで話し合われています。相手が本当は嫌がっているのに、自分勝手に「YES」と考えていないか。女性への性暴力が問題となっている今だからこそ、まじめに、希望のあるセックスについて考えたいです。
さらに途上国発のバッグやジュエリーを世界的なブランドにしようとしているマザーハウスの代表兼チーフデザイナーの山口絵理子さんが、ものづくりや仕事で悩んだり、新しい方向に進んだりするときに辿る「第3の道 (Third Way ) 」という考え方について書きます。
バッグやジュエリーづくりにおいては、途上国にみられる「手仕事」が良いのか。先進国のような「大量生産型」が良いのか。グローバル化は正しいのか。いまある選択肢を乗り越える「新しい価値」は、ハフポストが伝えたいメッセージでもあります。
その後、2004年に当時18歳だったときにイラク人質事件で拘束された経験を持ち、現在は若者を支援する認定NPO法人「DxP」代表を務める今井紀明さんが新しいタイプの社会貢献について思いをまとめてくれます。
「反・反捕鯨」が生まれてしまう世界
ハフポストはこれまでこうしたコンテンツを「ネット記事」というかたちで月間2200万人のユニークユーザーに届けてきました。中には「どうしても、このハフポストの記事は理解できない」と本音を伝えてくる方もいます。
ある男性経営者は「ハフポストがよく書いているLGBTの記事は、読みたくない」と私とはまったく意見が違うことを言ってきました。
クジラを食べる日本に批判的な欧米文化について書いたときは、現役の政治家も含めて、「クジラ漁を禁止にしろ、という人とは口も聞きたくない」という感想をもらいました。
捕鯨問題に詳しい産経新聞の佐々木正明編集委員に聞いたところ、日本では、「反・反捕鯨」の声もあるのではないか、とおっしゃっていました。時には暴力的にクジラ漁を妨害する海外の一部の「反捕鯨派」がいるからこそ、「反発」の意見が先鋭化して「反・反捕鯨」になる、という意味です。
激しく対立しても、照れくさそうに会話をする
ハフポストは「会話」を大切にするメディアをめざしています。「議論」や「対話」という言葉を使わないのは、この二つの言葉には「相手のことを説得したり、理解したりする」というゴールがあるように思えるからです。
一方、会話には良い意味で、話し手を縛る「ゴール」がない。そう思っています。
相手のことを無理に理解したり、通じ合ったりしたいと思うからこそ、イライラして、憎しみに変わる。激しく自分に立ち向かってくる相手がいるからこそ「反・反対」になってしまう。
もちろん、みんなが「理解し合う」のは良いことですが、政治や国際社会のニュースを取材しているメディアの編集長としては、それが時には「不可能」だという現実も見ています。
そんな時にパワーとなるのが「会話」です。
ハフポストでは、女性の働き方や医療などのイベントを何度も企画してきました。参加相手と「最後まで話がかみ合わない」ことも少なくないのですが、私は「それでも良い」という立ち場です。
議論にならなくても、雑談も含めて「会話」をしているあいだだけは、不思議な「共存関係」が生まれるものです。激しく論争していた同士が、最後に挨拶をしたあとのおしゃべりで、照れくさそうに盛り上がることもあります。
「会話とは異質な諸個人が異質性を保持しながら結合する基本的な形式である」。東京大の井上達夫教授(法哲学)は「共生の作法 会話としての正義」(創文社)でそう書いています。
1人で静かにおこなう「読書」の一歩先へ
会話の総量を日本で増やすことが、メディアの編集長として私の目標です。「本」ほど最適なツールはありません。
理由は「読書体験」の変化です。これまでの読書は静かに1人でするものだ、というイメージがありましたが、「みんなで話し合う体験」になっています。
背景にはSNSの広がりがあります。
本を読んでいる途中にTwitterで感想を投稿する人が増えました。Facebookでつながりやすくなったので、読書イベントも多くなってきたのではないでしょうか。幻冬舎編集者の箕輪厚介さんのように、「黒子」とされてきた編集者がSNSでコメントを連発し、読者を会話に巻き込む例も出てきました。
本屋さんも大事な「会話の相手」です。ハフポストは「本屋さんの推し本」という連載記事を始め、書店員さんの本に対する熱い思いを集めています。
取次を通さず、全国5000店と直接取引して、書店員さんの思いを直接たくさん聞いている、出版社のディスカヴァー・トゥエンティワンと組んだのも、本屋さんと会話をするためです。
読書を1人で行うものから、「みんなで会話をしながら楽しむもの」へと変えるため、ハフポストブックスは次のことをおこないます。
①SNSや動画などの活用で、ネット的な手法で本を紹介し、読者と会話をする
②ホストクラブやオフィスなど、これまでと違った場所で読書会を開く
③本の一部や補足的な情報をデジタル記事で配信し、読者がネットでコメント(会話)しやすい環境をつくる
④本屋さんに人が集まり、会話をするためのイベントやSNS戦略をとる
「遅いインターネット文化」を本から始める
これまでも、私たちはネット記事を通して読者と会話をしてきました。
本がネット記事と違うのは、読み手を「1〜3時間拘束する」ような長時間楽しむコンテンツであることです。ページをめくってもらいながらメッセージを受け取る「遅いメディア」の代表格です。
テレビをつけながらネットを見る人はいますが、テレビを見ながら読書をするのは難しい。本には、独特の「ムード」があります。
ネット記事で伝えられることはネットで伝える。賛成や反対の立ち場が複雑に入り組んでいるテーマや、長い文章でこそ伝わるメッセージはハフポストブックスで伝える。「発信の場」を使い分けていきます。
「遅いインターネットが社会には必要だ」。批評家の宇野常寛さんが、フェイクニュースや罵詈雑言が拡散するネットの問題点を指摘して、ネットの情報流通のスピードを「あえて遅くしよう」と2018年秋に宣言しました。
「人を傷つける情報や、ネットによる選挙の不正さを防ぐため、ネットにはルールと規制が必要だ」。ワシントンポスト紙に3月30日、フェイスブックのザッカーバーグCEOがそんな趣旨の寄稿をしました。
インターネットが大きな曲がり角を迎え、立ち止まって考える時期に来ています。デジタルメディアだからこそ生かせるアナログの良さ、デジタルとアナログの有益なコラボを、ハフポストブックスで追求していくつもりです。
2018年の紙の出版物の推定販売金額は前年比5.7%減の1兆2921億円で、14年連続でマイナスとなりました。「本や雑誌は売れない」。そんなことは分かっています。
ディスカヴァー・トゥエンティワンは、こういう厳しい時代に、さまざまなリスクを負い、投資を行ったうえで、ハフポストブックスを立ち上げてくれました。
「難しいからやらない」というスタンスを私はこれまでの人生で取ったことはありません。難しい時代だからこそ、会話をしながら本をお届けしたい。輪の中に入ってくれる未来の仲間を待っています。