「ハーバード式○○」に「○○2.0」、「○○革命」ーー。書店に並ぶビジネス書には、これを実践すれば「自分が変わる」「夢が叶う」といった、言わば成功体験に基づく仕事術が目立つ。
でも実は、何てことがないはずの人付き合いや日々の生活を回していくモチベーションの維持など、「ごく"普通"のこと」ができない自分に溜め息をついている人は多い。そんなビジネスパーソンから今、熱い支持を集めている本がある。
『発達障害の僕が「食える人」に変わった すごい仕事術』(KADOKAWA)。「自分を変えるな、"道具"に頼れ」「置いた腕をスライドさせれば5秒で机は片付く」など、"意識の低い"ノウハウが話題で、発売1カ月ほどで2万7000部を発行するベストセラーになっている。
発達障害の当事者だからこそ編み出せた、"普通"がしんどい人のための生存戦略とは? 著者の借金玉さんに聞いた。
●「効率よくこなす」が最優先される仕事は全く向かなかった
32歳、不動産関係の会社で営業をしています。営業職だと、細かい身だしなみにまで気を使う人も多いですよね。でも僕は「名刺入れを忘れない」とか「クライアントに見せる資料を失くさない」とか、そういうレベルから始まる。
もし今、僕が"普通"に見えているなら嬉しいです。そう見えるように、できるように、考え抜いて努力する日々だから。
発達障害の一つ、ADHD(注意欠陥多動障害)であると診断を受けたのは、大学生の時です。結果が出る前から確信していたので驚きはありませんでした。
担当医師から「エジソンも同じ障害なんだよ」と声をかけられました。励ますつもりだったのでしょう。でも「僕はエジソンじゃない」と言い返してしまった。彼の表情がスッと冷えたのを覚えています。
一方で「発達障害者だからこそ成し遂げられることもあるのかな」と淡い期待を抱いた時期もありました。障害についてググったり、本を読んだりすれば「実はあの偉人も、天才も」なんて話はたくさん転がっていたから。
でも僕は結局、そのどちらでもなかった。「借金玉」っていう名前がその証左です。
人生ずっと、失敗の連続でした。小学校のときから周囲に馴染めず、高校まで登校拒否を繰り返しながら、やっとのことで卒業しました。大学に一度入るも、中退。別の大学に入り直して、新卒で大手金融機関に入社したのですが、これがまた大失敗。
日々単調で膨大な事務作業を課され、それを「効率よくこなす」ことが最優先される仕事は僕に全く向かなかった。
毎日通勤するので精一杯で、同僚にも上司にも嫌われて。辞めた後、起業した飲食・貿易関係の会社は2年で社員10人ほどになるまで成長しましたが、結局破綻。その過程で数千万円規模の借金を抱えたとき、自分を「借金玉」と名付けたわけです。
●「やればできる」は意味がない
ADHDの特徴は、大まかには「不注意」「多動性」「衝動性」と言われます。注意力不足でケアレスミスが多く、忘れ物や失くし物が頻発します。落ち着きがなく、長時間じっと座っていることができません。
衝動性というのは、言うべきでないことを言ってしまったり、今やるべきでないことをやってしまったりすること。自分自身をコントロールするのが難しいのです。
また、診断はADHDですが、音や光などに対する感覚過敏や自分のルールに強烈にこだわってしまう症状もあり、別の発達障害であるASD(自閉症スペクトラム障害)も併発している可能性が高いと思います。
こうした症状の一部について、診断されていない人でも思い当たる節があるかもしれません。誰にでも能力の凸凹があるので、ある意味で当然でしょう。
ただ、それが日常生活を送るのが困難なほど極端に発現してしまうのが発達障害者です。もちろん、人によって症状や困っていることは異なり、その程度も、処方箋も一つではありません。
僕より困難な状況に置かれている人も実際に居るわけで、発達障害者を代表してこの本を書いたつもりはないんです。
「やればできる」って言われても意味がなくて「やれるか、やれないか」でつまずく。この点は障害の有無や程度を問わず直面する問題だと思います。
僕と同じ方法で皆がうまくいくわけじゃないけれど、ヒントになることもあるんじゃないか。それが、この本を執筆した理由です。
●自己啓発本にすがっても、救われなかった
自分の「生きづらさ」を何とかしたくて、自己啓発本と呼ばれる類のビジネス書は学生時代からよく読んでいました。中学生の頃に読んだ本に「気持ちを言葉にできなければ人間関係なんて築けない」と書いてあって。藁をもすがる思いで文章力や会話力に関するノウハウ本を勉強しまくりました。
でも、現実に生きていく上で「気持ちを言葉にする」能力ってそんなに役立たないですよね。多くの場合、本音は言葉にせずうまく立ち回ることが大事。現実ってそういう感じです。でもそういう地味な"普通"のことってあまりビジネス書には書かれていない。
「すごい人」になるための方法はたくさん書いてあるんですけど。読んだ瞬間は自分も、世界も変わるような期待感があっても、本を閉じた次の瞬間には「"普通"にすら届かない自分」が待っています。
もし僕の仕事術が多くの人に受け入れられているとするなら、それはこの社会の"普通"がしんどい、ということではないでしょうか。
例えば「空気を読む」こと。組織の"普通"=文化に順応するため、個人の自由や主張を我慢しなければならないことは苦しい。本音を言えば、その"普通"の方こそ変わってほしい。
でも、理想として語られる「多様性豊かで生産性の高い組織」はすぐには実現されない。当面を生き抜くためには、コミュニケーションの型を身につけなければいけないのに、それは大抵言語化されていません。
本書の中では繰り返し「部族に順応せよ」と書いています。コミュニティー=部族です。仲間に入れてもらうためにやり取りする「目に見えない何か」。これを僕は「通貨」に例えました。
頼んでもいないのに、同僚がちょっとした親切をしてくれたとする。相手は表面的には対価を求めませんが、「ありがとう」という"支払い"がないと結局面白くない。「なぜ頼んでもいないのに"支払い"が発生するのか」とも言えますが、そこでマジレスしても自分に得がありません。
「感謝する」「褒める」「メンツを立てる」といった営みは皆、「見えない通貨」です。生まれながらの能力で空気に反応できる「"普通"の人」は意識しないかもしれませんが、そうでない人は「テンプレ」として割り切ったほうが楽なこともある。
●「これが僕だもんな」と開き直る必要性
自分に言い聞かせているのは「やっていきましょう」という言葉です。本の中でも繰り返し書きました。僕のノウハウを紹介する本なのに逆説的に聞こえるかもしれませんが、「あくまでこのノウハウ、ハックは一例です。一緒にこの先を作り上げていきましょう」と言いたかった。
世界一、意識の低いノウハウを紹介したつもりですが、「自分にはやれない」と感じる人もいるかもしれない。試してみて、合わない人だっていると思う。
でも、僕の例をたたき台にして、自分なりの方法を探していくことなら、きっと「やっていけ」る。僕もあなたも一緒に「やっていきましょう」。この苦しい世界を生き抜いていきましょう。そんな気持ちを込めました。
"普通"のこともできなくて、"特別"なこともできなくて。そんな自分の弱さを認められなかった時期が僕は一番苦しかったです。
弱さを認めることは、自虐的になるのとは違います。「これが僕だもんな」と前向きに開き直る。
これからも失敗は絶対にするけど、そのたびに考えて、ダメな自分とうまく付き合っていく。弱さを持つ全ての人に、僕はそんな風に「やっていきませんか?」と提案したい。地道ですけど最近、「少しずつだけど発達してるな」とも感じるんですよ。