今年4月、「女性活躍推進法」が施行され、女性がその個性と能力を十分に発揮して社会で活躍するための環境整備が進められているが、一方で男性の家事・育児への参画はなかなか進まない。ある調査によると、共働き夫の9割がまったく家事をしていないという。仕事に加え、家事・育児も一手に引き受けるワーキングマザーからは、「これ以上、どう頑張ればいいの?」という悲鳴もあがっている。なぜ、こんなことになっているのか。
背景を探ってみると、「男は仕事、女は家庭」という性別役割分担をベースに長時間労働を良しとする「昭和的働き方」が立ちはだかっているようだ。この壁をどう乗り越えればいいのか。女性のキャリア、ライフデザイン、働き方改革をテーマに精力的に執筆・講演活動を行う少子化ジャーナリストの白河桃子氏と神津会長、井上連合総合男女平等局長が率直に語り合った。
まだまだ多い「昭和型夫婦」
井上:日本では、高度経済成長期に「夫は仕事、妻は家庭」という家族モデルが大衆化しましたが、1990年代に入ると共働き世帯が増え始め、すでにその数は逆転しています。それでも、内閣府の調査では、「夫は外で働き、妻は家庭を守るべき」という考え方に賛同する人がどの年代でも男女共に45%前後もいます。現状をどうみていますか。
白河:日本は、共働き世帯が多数とはいえ、働く女性の6割は非正規雇用で、既婚女性の年収は100万円前後に集中しています。専業主婦は「希少」になりつつありますが、夫の扶養の範囲内で働くパート主婦を含めると、夫がもっぱら稼ぎ、妻がもっぱら家事・育児をする「昭和型夫婦」が実はまだまだ多いんです。
「正社員共働き夫婦」も危うい状況にあります。子育て中の共働き妻を多数取材してきましたが、みんな家事も仕事も工夫して本当に頑張っています。でも、そこに夫の影は見えない。平日の帰宅は深夜の1時、2時だからです。データを見ても、日本の男性の1日の家事・育児時間は、共働き世帯で39分、専業主婦世帯で46分。「夫と妻の家事負担割合」は、妻が85.1%、夫が14.9%。共働き夫の9割弱はまったく家事をしていないんです。
神津:本来、いろいろな働き方があって然るべきです。ただ、昭和の高度成長時代、専業主婦を前提に、男性正社員の安定雇用・企業内福利厚生を軸とする「生活保障」システムが機能しました。それが今も「成功体験」として記憶され、なかなか男女の役割分担意識から抜け出せない。
でも、昭和の時代が終わった頃から、その仕組みには、ほころびが生じていたんです。バブル経済が崩壊し、グローバル化が進む中で、企業による生活保障は縮小し、非正規雇用が拡大する。「良き昭和の時代」には戻れない。社会的なセーフティネットを張り直し、役割分担を脱却して、男性も女性も、安心して働き暮らせる社会をつくっていかなければならないときに来ているんです。
「幻の赤ちゃんを抱いて」就職活動
井上:若い世代では「専業主婦志向」が強まっているとも言われますが...。
白河:女性の意識はものすごく変わっていますが、それは「専業主婦回帰」と単純にくくれるものでもないのですね。
均等法第1世代は、「女性が男並みに働けるようになった」こと自体が新鮮で、子どもを持たずに仕事に打ち込んできた人も多い。でも、今の若い女性は「働ける」というより「働かなきゃいけない」と思っている。
しかも、「育児は女性の責任」という思い込みが強くて、よく「幻の赤ちゃんを抱いて就活している」なんて言われるんですが、学生時代から仕事と育児の両立ができるのかと真剣に思い悩んでいる。これは、実は両親の姿を見てきたからです。教室で「お父さんが家事や育児をやっていた人?」と聞くと一人、二人しか手が上がらない。
母親がフルタイムで働いているという学生は2割くらいで、さらに家事や育児をしない父親を見て育っているから、自分も子どもが産まれたら仕事はセーブするか辞めなければと思っている。そして実際に働き始めると、その思いをますます強くする。ある営業成績トップの女性社員は「30歳になったら仕事を辞めよう」と思っていたそうです。
今の仕事の現状、働き方を考えると、どう考えても育児と両立はできないからと。頑張って働いている女性ほど、それは持続可能ではない働き方だと思っているんです。
神津:いまだに深夜まで仕事をしていると、「あいつは一生懸命やっている」と評価されるような職場風土がある。まず「働く」ことと「長時間労働」を切り離すことが必要です。
白河:確かに「仕事に打ち込む」=「時間無制限」になっているんですよね。私は、女性のライフをテーマにしてきて、そこからワーク(働き方)の問題に行き着きました。労働やキャリアデザイン、人材活用の専門家とは、ちょっと違う観点から仕事を考えてきたんですが、ここにきて、アプローチの仕方は違っても「何が問題なのか」という認識が一致してきました。
かつては、女性が子どもを産んでも働ける環境を求めるのは「権利主張」だと思われていましたが、少子高齢化で労働力不足が深刻になる中で、企業経営としても女性活用の必要に迫られ、「女性活躍推進」が国の政策課題になりました。
でも、個々の家庭で男性が長く働きすぎると女性は働けない。男性や企業は何も変わらないまま、「女性だけ活躍して」というのはムシが良すぎるし、不可能です。女性活躍と男性の家庭参画は両輪で、それは、長時間労働の是正なくして進まないことが、はっきり見えてきました。
主夫が3割になれば意識は変わる
井上:長時間労働の是正を進める上でも、男女の役割分担意識からの脱却が必要ですね。
白河:そうなんです。私は「一億総活躍国民会議」民間議員を務めましたが、6月に閣議決定された「ニッポン一億総活躍プラン」には、今後の取組の基本的考え方のところに、『男女の役割分担の「壁」』という文言が入ったんです。それがさまざまな問題を引き起こし、少子化の原因にもなっていることから、提案したら入ったんです。
井上:そうだったんですね。これからの政策の議論で生かしていきたいと思いますが、男女の役割分担の「壁」をどう取り除いていけばいいんでしょう。
白河:小さなところでは女子学生には、「専業主婦になるリスク」を説き、細く長く働き続けようと叱咤激励しています。みんな「好きな仕事で活躍しなきゃ」と思い込んでいるんですが、重要なポイントは「働くことが当たり前」という軸を持つこと。まず、「普通に働く」ことが尊いことだと伝えているんです。
神津:大事なことですね。ヨーロッパでは、労働を「苦役」ととらえ、そこからの解放を求めてきましたが、日本では「働く」ことを通じて、自己を実現し、人とつながり、社会を支えていくという考え方が共有されてきました。連合は「働くことを軸とする安心社会」という政策パッケージを提案し、「働く」ことを、家事や育児、地域活動も含めた幅広いものととらえ、「働く」ことに最大の価値を置いて、さまざまなステージで「働く」ことを最大限支える政策の実現に取り組んでいるんです。
白河:すごく共感します。もう一つ「壁」を壊してくれそうなのが「主夫」なんです。今、第3号被保険者の男性は11万人。そのすべてではありませんが、実際に「合理的選択」の結果、家事・育児を主に担う主夫も増えている。「男女が逆転しただけの専業主夫では解決にはならない。まずは長時間労働を解消すべき」というのは正論ですが、でも、働き方が変わるには時間がかかる。
主夫を応援するのは、極端な例ですが、その存在自体が、「男は仕事、女は家庭」という固定観念を揺さぶり、問い直すファクターになると思ったんです。NPOファザーリング・ジャパンの中に「秘密結社 主夫の友」が結成されていて「女性管理職を3割に増やすなら主夫も3割」を掲げています。主夫が3割になれば、確実に意識も変わっていくでしょう。
もう一つ、日本の女性があまりに「母の責任」を背負わされていることも問題です。
神津:テレビ番組で見たんですが、チンパンジーは、母親が片時も子どもと離れずに子育てをするけれども、人類はその進化の過程で「みんなで協力して子育てする」という「共同養育」を確立してきた。だから、母親が子どもを預けて、他の仕事をするのが当たり前で、子どもと離れる時間があるほうが心穏やかになれると。
白河:私も動物学者の先生から、ヒトは「共同繁殖」する動物だと聞きました。だから、「お母さん一人で子育てなんて絶対無理」だと。ここは、お父さんの参画はもちろん、保育園、ベビーシッターなど、どんな状況でも子育ては社会がしっかり下支えするという政策がもっと必要だと思います。
時間外労働の上限規制を
井上:9月中には「働き方改革実現会議」がスタートし、長時間労働をどう是正していくかが議論されます。
神津:長時間労働の是正は、本来、与野党を問わず一致して取り組むべき課題です。ただ安倍政権の3年半を振り返ると、女性活躍を打ち出しながら、それに逆行する派遣法改悪を強行する、同一労働同一賃金を言いながら、その法案を骨抜きにするといったことが続いてきた。「働き方改革」では、そういうことのないようしっかり議論していきたいですね。長時間労働の是正については、意識改革と特別条項付き36協定締結時の上限時間規制・インターバル規制の導入というルールの整備を両輪としてやっていく必要がある。同一労働同一賃金も、連合はかねてから雇用形態に関わらない均等待遇の法制化を求めてきました。ここはきちんと前に進めていきたいと思います。
白河:私も、一億総活躍国民会議で、時間外労働規制は法改正まで進めてほしいと申し上げました。上限規制を設けることが意識改革にもつながると思うんです。ただそのためには、業務内容の整理や見直しも求められてくる。それぞれの職場で労使が本当にやるんだという覚悟を持たなければ進みません。
井上:連合に求められることは?
白河:労働時間が少子化に及ぼす影響ってすごく大きいんです。第一子の時に夫がまったく家事・育児をやらなかった夫婦で、その後第二子が誕生しているのは1割以下。男女の役割分担意識が強い地域、女性の仕事が少なく、女性の人口が流出している地域は、明らかに出生率が低い。
少子化にハドメをかけるには、長時間労働の是正、役割分担意識の解消、女性の雇用の確保を一体的に進めていくことが必要なんです。地方の中小企業は労働力不足で困っていますが、マザーズハローワークではママたちが仕事を探している。今まで女性向きではないとされていた仕事でも、労働時間や作業環境を工夫すれば女性も働ける。連合には、そういう面での働きかけもお願いしたいと思います。
神津:そこは重要ですね。連合には全国47都道府県に地方連合会があるんですが、それぞれ行政や経営者団体と協力して、さまざまな取り組みを行っています。よく「長時間労働の是正なんて中小は無理」だと言われますが、2014年に日本生産性本部のワーク・ライフ・バランス大賞優秀賞を受賞した福岡県の70人規模の会社は、注文の上限を決めてそれ以上は受けないことを徹底した。それが安全面も含めた信用につながり、業績も好調だというんです。労使が協力して工夫できる余地はまだまだたくさんあると思います。
白河:連合の存在は心強いですね。職場を良くするために、社員の声を受け止めて、労使で一緒に改善しようと働きかける労働組合の役割は重要です。最近の学生は、ブラック企業への警戒心が強くて、労働時間をしっかりチェックするようになっていますが、私は、これはこの世代の新たな野心だと思っているんです。
しっかり仕事もしつつ、結婚して子育てもしたい。趣味やNPO活動も続けたい。だから労働時間に際限がない企業は選ばない。労働組合には、そんな学生と企業の間も取り持っていただけたらと思います。とにかく少しでも現実が良い方向に向かうよう、しっかり連携させていただきたいと思います。
神津:一人の問題の解決を通じて職場全体を良くしていく。そこに労働組合の役割があると思っています。こちらこそよろしくお願いします。
井上:本日はありがとうございました。
神津里季生(こうづ・りきお)
連合会長
白河桃子(しらかわ・とうこ)
少子化ジャーナリスト、作家、相模女子大学客員教授
東京生まれ。慶應義塾大学文学部(社会学専攻)卒業。「婚活」「妊活」を提唱し、少子化、女性のライフデザイン、キャリア、男女共同参画、女性活躍推進、不妊治療、ワーク・ライフ・バランス、働き方改革などをテーマに執筆、講演活動を行う。「仕事、結婚、出産、学生のためのライフプランニング講座」など、大学での出張授業にも力を入れている。
まち・ひと・しごと創生本部「地域少子化検証プロジェクト」委員、内閣府「新たな少子化社会対策大綱策定のための検討会」委員、経産省「女性が輝く社会の在り方研究会」委員、「一億総活躍国民会議」民間議員、「働き方改革実現会議」民間委員などを務める。
著書に『「婚活」時代』(山田昌弘中央大学教授との共著、ディスカヴァー携書)、『妊活バイブル 晩婚・少子化時代に生きる女のライフプランニング』(共著、講談社プラスアルファ新書)、『女子と就活 20代からの「就・妊・婚」講座』(共著、中公新書ラクレ)、『格付けしあう女たち』『専業主婦になりたい女たち』『「専業主夫」になりたい男たち』(ポプラ新書)など多数。
【進行】
井上久美枝 連合総合男女平等局長
※こちらの記事は日本労働組合総連合会が企画・編集する「月刊連合 2016年10月号」に掲載された記事をWeb用に編集したものです。