570億円規模のバラマキ合戦だ。
春節(旧正月)を迎えた中国で、インターネット業界の3大巨人と言われる「百度(バイドゥ)」「阿里巴巴(アリババ)」「騰訊(テンセント)」の、電子マネーのお年玉を利用した客引き合戦が盛んになっている。
この3大企業は頭文字を取って「BAT」と呼ばれ、お年玉を名目にしたバラマキ合戦をすることが、中国の新年の恒例行事と化している。
なぜこの時期に「お年玉大戦」が勃発するのか、専門家に聞いた。
■春節恒例「お年玉大戦」とは
中国では旧正月に、日本と同様に「紅包(ホンバオ)」というお年玉を配る習慣がある。それに倣って、主にインターネット企業がユーザーへお年玉の名目で電子マネーやクーポンの配布を行なっている。
ここ数年参入する企業が増え、自社がより目立つようにと競い合って金額を吊り上げていることから、中国メディアから「お年玉大戦」と呼ばれるようになった。
中国経済網などによると、「大戦」が本格化し始めたのは2014年。中国版LINEとも呼ばれる「微信(ウィーチャット)」を手掛けるテンセントがチャット上で家族や友人に電子マネーのお年玉を送る機能を実装したのだ。
その後、国営テレビが大晦日に放送する「春節聯歓晩会」という日本の紅白歌合戦のような巨大番組とのコラボも実現。テレビの掛け声に合わせてスマホを振ると、抽選で「お年玉」として電子マネーがスマホに振り込まれる仕組みを用意した。
作戦は大当たり。当時、利用者の少なかったテンセントの決済サービスは、バラマキ開始からわずか4年で4割のシェアをライバル企業から奪い取った。
この成功例がライバル企業に与えた衝撃は大きく、「テンセントに負けるな」とばかりにバラマキが加速。今や春節にネット企業がお年玉をバラまくのは恒例行事となったのだ。
テンセントのライバルで、通販サイトなどを手掛けるアリババは、ここ数年、決済サービス「アリペイ」でお年玉を手に入れられるゲームを提供している。
春節の時期に中国の街中や家の門などに掲げられる「福」の字をスマホのカメラで読み込むと、ゲーム内でカードが配られる。友人と交換するなどして全5種類を集めると、総額5億元(約81億円)ものお年玉の山分けに参加できるというものだ。
■ことしの主役はバイドゥ、後追いも登場
検索エンジンを提供するバイドゥは2019年、かつてウィーチャットが提携した中国版紅白の「春節聯歓晩会」と提携し、主役の座を手にした。
バラマキの総額は番組放映中だけでも番組史上最高額の9億元(約147億円)に達し、ユーザーの参加した回数は200億回を超えたというのだから驚きだ。
参加するためには、バイドゥの決済サービスをインストールする必要があり、かつてのウィーチャットのように後追いから大量のユーザーを獲得する狙いがあったとみられる。
バラマキ合戦には新規参入の動きもある。
中国経済網によると、日本でも人気のショートムービー投稿アプリ「Tiktok」を運営するバイトダンスは、子会社のニュースサイトなどを通じて16億元(約260億円)を配布し、「大戦」デビューを飾った。
年を追うごとに過激化が止まらないお年玉のバラマキ戦争。北京晩報によると、2019年のキャンペーンの総額は、主要なインターネット企業だけでも35億元(約570億円)を超えたという。
■バラマキは「金を焼く戦い」いつまで続く?
電子マネーやクーポンを呼び水に新規ユーザーを獲得する戦略は、決して珍しいことではない。しかし、なぜお年玉に各企業が集中しているのだろうか。
中国のインターネット企業に詳しい中国ビジネス研究所の沈才彬(しん・さいひん)代表は、最初に「お年玉マーケティング」に成功したテンセントの影響が大きいと分析する。
沈才彬さん「テンセントのスマホ決済は、サービス開始当時はほとんどシェアがない後追いの立場だった。それがお年玉マーケティングを始めると、一気にシェアを獲得したどころか、中国人の間で"新年のお楽しみ"として定着してしまった。ライバル企業にとってはとんでもない奇襲作戦。こちらも負けられないとばかりにバラマキ合戦が始まった」
年々過激さを増すバラマキ合戦。得をするユーザーは嬉しいだろうが、企業に限界はないのだろうか。
沈才彬さん「正月は中国人が皆休暇を取り、一家団欒をして過ごす。マーケティングにはもってこいのタイミング。中国ではこの戦いは"金を焼く戦い"と呼ばれ、バラマキ具合に注目が集まっている。本質は価格競争と同じで、ライバルが限界を迎えてやめるまで続くだろう」
もはや国民の楽しみとなりつつあるお年玉大戦。
「身を切る」ならぬ「金を焼く」戦いの末に、最後まで立ち続ける勝者はどの企業になるのか。中国企業の大胆なマーケティング戦争から目が離せない。