米テンプル大学の研究者チームが、培養したヒトの細胞からHIV(ヒト免疫不全ウイルス)を消し去ることに成功したと発表しました。いわく、HIVの増殖を抑えるのではなく完全な駆逐に成功したのは世界で初めて。
7月21日付けのジャーナル Proceedings of the National Academy of Sciences で研究成果を発表したのは、テンプル大学の Kamel Khalili 教授ら。
HIVはヒトの免疫細胞などに感染し、DNAを書き換えることで増殖することが分かっています。HIVの増殖で免疫機構が破壊され、感染症にかかりやすくなる病気がいわゆるエイズ、後天性免疫不全症候群です。
HIV に感染しても、現在の医療では抗ウイルス剤で増殖を抑えることが可能ですが、HIVは一時的に消えたように見えても潜伏期間を経て再び活性化するため、患者はウイルスの量を監視しつつ一生投薬治療を続ける必要があります。
今回 Khalili 教授らが「HIV完全駆逐」に用いた手法は、ガイドRNAと酵素を使い特定のDNA配列を切断するゲノム編集技術 (CRISPR/Cas9法)。増殖を抑制するのではなく、感染した免疫細胞のDNA配列からHIVが書き換えた部分を直接切りとって削除することで、細胞レベルでHIV-1ウイルスの影響を完全に消去します。
もし仮にこの研究を基にした治療法が確立すれば、抗ウイルス剤を一生服用し続けたりウイルスの再活性化を恐れることなく、HIV感染を根治できることになります。
しかしテンプル大学発表にある Khalili 教授のコメントによれば、今回の成功はあくまでも実験室環境で培養した細胞を相手にコンセプトを実証した段階であり、具体的な治療薬への応用にはまだ多くの課題があるとのこと。例としては、まずHIVに感染した細胞すべてにゲノム編集ツール(分子ツール)を届ける手法や、非常に変異しやすいHIVの性質にあわせて患者ごとにターゲットとなるHIVのDNA配列をカスタマイズする必要があることなどを挙げています。
CRISPR法を使ったゲノム編集は、従来よりもはるかに手軽に遺伝子の組み換え・書き換えを可能にすることから医療以外の分野でも注目されてきた技術(「この生物のこの部分の遺伝子を弄ってみたらこうなったよ~」系の研究が容易になる)。今回の発表はあくまで培養細胞相手のコンセプト実証であり、「HIV感染根治薬」がまもなく作れるというわけではありませんが、ゲノム編集技術の発展で医学界もバイオ産業も大はしゃぎする理由が分かるニュースです。
追記: このニュースと前後して、「エイズ完治の希望潰える」的な記事も出ていますが、そちらは:
・生後すぐに集中的かつ長期間にわたり抗ウイルス剤を投与し続けたことでHIVが検出されなくなり完治例かと思われていた米国の女児が、投薬停止から2年後にウイルスの再活性化と感染が確認されたニュース
・7月20日付けの Nature に掲載された、上記の女児のような例を説明すると思われる研究のニュース (米ベス・イスラエル病院の研究者らのチームが、HIVに近いサルの免疫不全ウイルスを使った実験で、ウイルスは感染直後から抗ウイルス剤の効かない休眠状態で免疫細胞のDNAに潜むことができると確認)
の二件についての記事です。「抗ウイルス剤の早期かつ長期間の投与による」完治は困難かも、という内容ですが、テンプル大学の研究者が発表したのは休眠状態でもDNAレベルでHIV感染を削除するまったく別の手法。たまたま見出しでは完治するしないが並んでいますが、内容は別の治療法についての別レイヤーの話です。
(2014年7月23日Engadget Japan「米大学研究者がヒト細胞からHIVウイルスの根絶に成功、エイズ完治に道。ゲノム編集技術を活用」より転載)