これでも「日立」は英国「原発事業」を強行するのか--杜耕次

欧米官民が忌避する原子力ビジネスのリスクを背負わされるのは、結局日本国民になりそうだ。
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Toru Hanai / Reuters

 東芝を破綻の崖っぷちまで追い込んだ原子力事業子会社(当時)「ウエスチングハウス(WH)」の、米連邦破産法11条(チャプター・イレブン)申請からまだ1年足らず。安倍晋三首相率いる日本政府は、原子力産業の幻影をいまだに追い続けている。

 年明けから相も変わらぬ「バラ色の原発」を想定する政策が目白押しで、資金難に悩む英原子力発電所新設事業に日本の官民で1兆円超の投融資を実施する支援プランについて、『朝日新聞』が1面トップで報じたのは1月11日のことだった。また同20日には、原発向け濃縮ウランを製造する欧州企業を、国際協力銀行(JBIC)が米社と共同で買収する交渉を進めていることを『日本経済新聞』がスッパ抜いた。世界的な退潮に拍車が掛かる原発ビジネスを一手に支えようとする安倍政権。欧米官民が忌避する原子力ビジネスのリスクを背負わされるのは、結局日本国民になりそうだ。

政府全額保証のプロジェクト

 1兆円超の官民融資が検討されているのは、日立製作所傘下の英ホライズン・ニュークリア・パワー社(グロスターシャー州、以下ホライズン社)が、英中部ウェールズ地方のアングルシー島で進めるウィルファ・ニューウィッド原子力発電所の新設プロジェクト。日立製の出力130万キロワット級改良型沸騰水型軽水炉(ABWR)を2基設置する計画で、2019年の着工、2020年代半ばの運転開始を目指している。

 同プロジェクトの総事業費は200億ポンド(約3兆900億円)。現在検討中の資金プランでは、まずホライズン社の出資金が4500億円、続いて日英双方からの事業融資が2兆2000億円、その他が3000億円とされている。

 このうち出資金の3分の1にあたる1500億円を、日本政策投資銀行(DBJ)のほか東京電力ホールディングスなど日本の電力大手が負担し、融資額の半分である1兆1000億円を、JBICやメガバンク3行など日本勢が供与する方向で交渉が進んでいる。

 メガバンク3行の融資(1行あたり1500億円となる見通し)については、日本貿易保険(NEXI)を通じて政府が全額保証する手厚さだ。「先進国向け案件でNEXIの全額保証が付くのは異例」(政府関係者)であり、政府がそれほど至れり尽くせりなのは、「それだけの手立てを講じてもらわなければリスクが高すぎて応じられない」(メガバンク関係者)ということの裏返しでもある。

 英国では現在、老朽化した旧世代の原発を順次スクラップ化し、次世代型に切り替える一連の新設計画が進行中だ。ただ、東京電力福島第1原子力発電所(フクイチ)事故後に安全対策強化や装置の複雑化で原発建設・維持コストが急上昇(後述するが、原発1基あたりの建設費はフクイチ事故前に比べ2〜3倍に膨張)しているのに対し、風力や太陽光など再生可能エネルギーによる発電コストが加速度的に下落した。このため英国内では高コストの原発新設計画に対する逆風が強まり、プロジェクト自体を危ぶむ声が広がっている。

10年遅れで事業費は3倍増

 中でも風当たりが厳しいのは、一連の新設計画の先頭を切って進められている英南西部サマセット州の、ヒンクリー・ポイントC原発だ。フランス国有のEDF(フランス電力)の傘下にあるNNBジェネレーション社(ロンドン)が、仏原発製造大手アレバNPが開発した出力160万キロワット級の欧州加圧水型原子炉(EPR)を2基設置する計画で、総事業費は200~245億ポンド(約3兆〜3兆7000億円)に達する見通しだ。

 EPRはメルトダウン(炉心溶融)といった過酷事故発生確率の低減と、航空機の衝突にも耐えられる強靭性を売り物にする最新鋭原子炉だが、構造の複雑さとそれに伴う工事難度の高さがもたらす建設コストの膨張が、再三トラブルを引き起こしてきた。

 例えば、EPR初号機として2005年に着工されたフィンランドのオルキルオト原発3号機は、当初2009年春の完成予定だったが、工事はいまだに続き、現在の完成目標は2019年5月となっている。計画が10年遅れたうえ、総事業費は当初見込みの30億ユーロ(約4000億円)から85億ユーロ(約1兆1500億円)と3倍近くに膨れ上がった。

 オルキルオトに続きEPR設置が計画されたフランスのフラマンビル原発3号機も、2007年に着工され、2012年に完成予定だった。が、こちらも工事続行中で、現在の完成目標は2018年末(再三のリスケジュールでこれも危ぶまれている)。総事業費も同様に33億ユーロ(約4500億円)の当初見積もりが、現段階では105億ユーロ(約1兆4000億円)へ増大している。この2つのEPR案件で背負い込んだ巨額損失が、世界最大の原発メーカーだったアレバを事実上の破綻に追い込んだのは記憶に新しいところだ。

結局は消費者負担

 原発建設費の上昇は、当然のように完成後の電力料金に跳ね返る。EPRを例にとれば、2000年代半ばに1基あたり4000億円前後だった原子炉設置費用が、ざっと3倍になっている。電力事業者はそれに応じた電力料金を徴収できなければ、巨額の設置費用を回収できず、採算も取れない。

 英政府は高コストの原発新設計画を後押しするため、運転開始後の電気を一定期間高額で買い取る差額決済契約(CfD=Contract for Difference)を電力事業者と結ぶことにしている。政府が電気の買い取り価格(つまり電力料金)を引き上げて事業者にインセンティブを与える制度で、日本が再生可能エネルギー普及のために始めた固定価格買取制度(FIT=Feed In Tariff)に似ている。つまり、原子力発電はもはや高コストとなって市場競争力を失っているため、政府が人為的に高い電力料金を徴収できる権利を与えているわけだ。

 ヒンクリー・ポイントCの場合、その買い取り価格が1メガワット時あたり92.50ポンド(約1万4000円)と市場価格の2倍、加えて差額決済の有効期間が35年(通常のCfDでは15年)という極めて異例の高水準に設定された。

 英政府がその破格の値付けを決定したのは2013年10月で、直後から批判の的になっていたが、その後の再生可能エネルギー発電の劇的なコスト下落と普及、さらにアレバに続くWHの経営破綻(両社とも原発新設プロジェクトの工事遅延とそれに伴う巨額損失が破綻原因となった)が、一段と世論を硬化させている。

 2017年11月、英下院決算特別委員会がまとめたレポートは、ヒンクリー・ポイントCを通じて事業者NNBの親会社であるEDFが得る電力事業の報酬が市場価格を300億ポンド(約4兆6000億円)上回ると試算し、消費者の負担をそれだけ重くさせた歴代閣僚は「致命的な戦略上の誤り("grave strategic errors")」を犯したと非難した。

原発プロジェクトからの撤退も

 もっとも、事業主体のEDFがこの300億ポンドの上乗せ価格を「濡れ手で粟」と喜んでいるわけではない。当初、英原発会社ブリティッシュ・エナジー(BE)のプロジェクトとしてスタートしたヒンクリー・ポイントCは、2009年にEDFがBEを買収して傘下に収めたことでEDFが80%、英ガス大手のセントリカが20%出資する合弁事業(事業主体は共同出資会社のNNB)に転換した。だが、2011年3月のフクイチ事故をきっかけにセントリカは原発ビジネスの先行きを懸念し、2013年にNNBから出資を引き揚げた。

 さらに2015年、EDFが同じ仏国営企業で巨額赤字を計上して破綻に瀕したアレバの救済を担わされたことから、ハイリスクのヒンクリー・ポイントCからの撤退を求める声が、EDF社内で広がり始めた。とりわけ、オルキルオトやフラマンビルで巨額損失をもたらしたアレバのEPRが採用されていることを危惧する向きが多かった。

 窮したEDFは当時の英首相デイビッド・キャメロンに泣きつき、リスク分散のため、総事業費(当時の見積もりでは180億ポンド)の3分の1に相当する60億ポンド(約9200億円)を中国広核集団(CGN)に出資させることについて了解を得た。

 ところが、そのキャメロンが欧州連合(EU)離脱を決定した国民投票の責任を取り、2016年7月に退陣する。後継首相のテリーザ・メイが就任直後、中国企業の原発事業参入を懸念してヒンクリー・ポイントCのプロジェクト承認を一時凍結した経緯は拙稿(「英国メイ新政権:原発政策『急変の兆し』を注視せよ」2016年8月10日)に詳述したのでここでは繰り返さない。

 ただ肝心なのは、「中国企業の力を借りる」という、まさに"禁じ手"に訴えてまで原発新設計画を強行する意味があるのか、という疑問が、この頃から英政府内部でも広がりつつあったということである。

 先述のように、ヒンクリー・ポイントCの高コスト問題は議会でも取り上げられ、1メガワット時あたり92.50ポンドというCfD設定価格の引き下げの是非が、引き続きプロジェクトの行方を左右する焦点となっている。CGNという「援軍」を得たEDFだが、2016年の事業承認の際には、当時の最高財務責任者(CFO)が抗議の辞任をするほどヒンクリー・ポイントCに対する反対は根強く、今のところ「再生を目指すアレバの収益を下支えする」という名目でなんとかプロジェクトは命脈を保っている。

 ただ、既存の原発事業などの収益悪化や事実上破綻したアレバを抱え込んだことでEDFの財務の疲弊は著しく、株価は昨年来、10年前の約10分の1前後の水準で推移している。昨年12月、EDFは2020年からの15年間に計3000万キロワットの太陽光発電所を建設する計画を発表。ご多分に洩れず再生可能エネルギーへのシフトを鮮明にしており、ヒンクリー・ポイントCをはじめ新設原発プロジェクトからの撤退に、いつ踏み切ってもおかしくない。

官邸からの"ご祝儀"

 ヒンクリー・ポイントCの歴史的経緯と現状を長々と説明したのは、「先進国で唯一原発新設に積極的な国」として知られる英国でさえ、先頭を切るプロジェクトがこの有様であるという事実を紹介したかったからである。

 これに続くウィルファ・ニューウィッド原発についても、英国内では悲観的観測が渦巻いている。英マスコミが指摘する「The Hinkley fiasco(ヒンクリーの大失敗)」を繰り返さないため、その後の原発新設についてはCfD価格の大幅な引き下げが不可避となっているからだ。

「ヒンクリーよりも低コストで建設するため、英財務当局者と共に解決策を探そうと取り組んでいる」とホライズン社最高経営責任者(CEO)のダンカン・ホーソーンは英『フィナンシャル・タイムズ』(FT)の取材で語っている(2017年12月19日付電子版)。英財務当局者の言う「解決策」というのが、日本の官民からの1兆円超の投融資なのだろう。

 だが、この日本からの大盤振る舞いのプレゼントでもウィルファ原発の「救いの神」になるには十分と言えない。現在英国内で取り沙汰されている、"ヒンクリー後"の原発のCfD相場は1メガワット時あたり70ポンド(約1万800円)になる、とウワサされている。

 しかし、昨年9月に決定された洋上風力発電所のCfD価格は1メガワット時あたり57.50ポンド(約8800円)で、有効期間は15年間。仮にこの水準までCfDが引き下げられた場合、ウィルファのプロジェクトは撤退に追い込まれる可能性が高い。

 日立は2012年にドイツの2社(イーオンとRWE)から、ホライズン社を6億7000万ポンド(当時の為替レートで約850億円)で買収して以来、すでに20億ポンド(約3000億円)をウィルファ原発計画に投じているといわれる。ホライズン社買収を決めた当時の社長(現会長)である中西宏明は、今年5月の経団連会長就任が内定したばかりであり、1兆円超の投融資は中西と昵懇の安倍官邸からの格好の"ご祝儀"となるが、逆に「日本政府の大盤振る舞いのプレゼントが日立にプロジェクト撤退の機会を失わせ、仇になるかもしれない」(電力担当の大手証券アナリスト)との見方もある。

 英国では1995年に営業運転を開始したサイズウェルB原発(サフォーク州)以来、20年以上原発建設が途絶えている。WH破綻の原因となった米国での原発建設遅延トラブルなどと同様に、英国での熟練作業員の確保も難航が予想されており、ホライズン社幹部の間でも「ピーク時9000人が必要とされる作業員を、すべて英国内で採用するのは不可能」との声が上がっている。フクイチ事故を機に、安全強化を目的に原子炉の設計は複雑化に拍車が掛かり、その建設を支えるサプライ・チェーンが事実上機能停止に追い込まれていることがオルキルオト、フラマンビル以降、顕在化している。

 ホライズン社は早ければ2018年中にプロジェクト継続の是非を決めると見られるが、WHがもたらした東芝の悲劇を目の当たりにしている日立が、果たして"強行突破"に踏み切るかどうか、注視したい。(敬称略)

杜耕次

(2018年1月24日
より転載)
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