専門家、新聞記者、そして一般参加者のみなさんが、ともに社会の課題に向き合い、語り合う「朝日新聞 未来メディアカフェ vol.10」が11月9日、京都市のフォーチュンガーデン京都で開かれました。
関西での初開催となった今回は、「どうなる、日本の未来」をテーマに、歴史学者の磯田道史さんと『鴨川ホルモー』、『プリンセス・トヨトミ』といった作品で知られる、作家の万城目学さんを招いて日本の未来像について考えました。進行役を務めたのは京都文教大学非常勤講師の中島啓勝さん。二つのトークセッションが行われ、前半は磯田さんと万城目さんの対談、後半は朝日新聞京都総局の記者が登壇し、参加者らの質問に答えました。前半と後半の内容を2回に分けてお届けする、本レポート。前編は、磯田さんと万城目さんの対談を紹介します。
日本の未来は暗い? 暗い未来でフィクションはこうなる
磯田:歴史学者は過去のことを語りますが、今日は未来を語ることになりました(笑)。過去を見るのは、後ろ向きに歩くようなものですが、未来については、空間が離れた場所で同じような事例を発見することでしか予測ができません。
日本の将来は、明るいとは言えないです。世界銀行によれば、他の先進国の多くは2~3%の経済成長があるのに、日本は0.5%と極端に低い。それはなぜなのか、僕自身も答えが出ておらず、この問いはみなさんにも考えてほしいです。2050年には中国の経済規模は日本の7倍、インドは4、5倍の経済規模になるという予測があります。中国と日本の経済規模を比較して、日本の方が上回っていた時期は1970年から30年間だけです。ですから、そうじゃなくなった時に国がどのような外交や経済の方針を取るのかは、見ておかないといけない。
万城目:僕は小説家ということもあり、普段データでものを考えてへんなと磯田さんの話を聞いていて思いました。自分の領域と未来をつなぐものは何やろうと考えますと、「悪役の造形」が未来と関わりがあるんやないかと。小説で悪役描くのが、どんどん難しくなっているんですよ。どんな人にも事情があるといった、やさしい表現になることが最近の小説には増えています。
僕の中の印象ではトランプ氏はお金持ちの悪役で、2時間のB級映画だと1時間半ぐらいでいなくなるわかりやすい「あかんヤツ」でした。でもその人がアメリカ大統領になったら、これからハリウッド映画などの悪役の造形が根本的に変わると思うんです。現実がフィクションを越えています。
磯田:悪役の話で思い出したのが、僕は政治や経済を善悪で判断するのをやめようと思ったんです。微妙な話をすると、安保法制の時にある政治家が「憲法を法律に合わせる」と言い、そこでえっと思ったんです。憲法は目録のようなもので、憲法の精神を具現化するために法律を作るのが普通ですから、逆のことを言った大臣を無教養だと思ったのです。
だけど、ちょっと待てよと。それは近代法制の枠組みで考えているからで、歴史を見ると信長や秀吉、家康ら天下人が現れた時、彼らは乱暴なやり方をしました。とんでもないことをやり始める状況が、時代が変わる時に起こる。今はそんな新段階に入っていて、そういう現象として見つめる以外にないと思いました。
万城目:良い悪いって言いづらいですからね。なんだかんだいっても、僕は法学部出身なんで、憲法があり法律があり、方法に従って一つの筋になっているのが美しいと思ってしまいます。「プリンセス・トヨトミ」を書く時も大阪国を承認する時には、憲法と条約どっちが上かを明確にしてから書きましたし、「鴨川ホルモー」の時も、ホルモーという架空の競技についてルールを作るときは、民法の形式を真似しました。法的な論理立てをきちんとしないと気持ち悪いんです。
ハイパーな未来、僕らが考えるべきこと
磯田:未来はなぜわからないのか、を学生時代から考えていました。哲学者カール・ポパーが「人間は何を発明するかがわからないからだ」と述べていて、そうかと思いました。技術発展によって、未来の社会の姿が変わります。
いま僕が気になっているのは、iPS細胞の技術です。これがもし出来上がると、脳以外は交換可能になり、平均寿命が100歳を突破する可能性があります。そうなると人生設計が全く変わる。長く働ける仕事の方がいいし、結婚観も変わる。現在の結婚制度は平均寿命が50~60歳の時のものですから、長期にわたる暮らしを想定して作られた制度ではありません。厚生労働省は、新技術で寿命が延びることを想定していない。技術変化という問題が、将来の人口予測を無にすることがありえるので、その時の試算をやった方がいい、と僕は厚生労働省に言っています。
それに遺伝子の解析が進むと、確実にその人の未来が予測されます。子どもが産まれる可能性について、IQがどのぐらいかとか、野球選手になれる筋力があるかとか、結婚前に調べることができるようになる。そういう未来が来る前提で、僕らは何を考えればいいのか。日本人は情緒的なので知りたくない人は多いと思いますが、周辺国には喜んで調べる人もいそうな気がします。そこに民族性が表れる。
京都のエコシステムに学ぶ、明るい未来の作り方
中島:未来を予測して生きるといっても、ここまでハイパーな未来がやってくることに、ついていけんわ、という気持ちもあります。皆が少しはポジティブになれるような希望はありますか?
磯田:京都は結構、面白い街です。それは代替性がないからです。これからの30年間で、東アジア中に東京に似た街ができますが、京都のような街ができることはないでしょう。重要なのは、唯一無二であること。そうすれば世界から注目されて価値が生じるのです。
京都がそんな街の形態を保っていられるのは、直下型地震がたまたま二百年も来ていないというモラトリアムがあるからです。地震が来て町家が倒れ、その後マンションが建ち並んだら、京都も東京もどきになるわけです。だいたい百年に一度は京都に直下型地震が来ているのに、今回だけはその間隔がすごく長く、ここまで運良くきています。
万城目:そうやって「唯一無二です」と磯田さんに言われて、京都の人は、ほくほくやと思うんですよ。それでもそのうち、ずっと京都にいて京都を演じ続けることに飽き出すんじゃないかと思います。人間は同じことをやるのはしんどいですから。
中島:万城目さんは大学時代に京都で学ばれています。京都の良さがどういうところにあって、どう伸ばしていったらいいと思いますか?
万城目:僕は京都が好きなので、その上で言いますが、京都の本質は街が人の生き血を吸っていくところにあると思います(会場笑)。常に街だけが存続していて、そこに時の権力者が来て、人の生き血を吸ってポイと捨てる「もののけ」のような街だと思っています。京都は人口の一割が学生で、毎年強制的に入れ替わっていく。その仕組みが自動的になっているのがいい。それで京都の毒に沈んだ人は、そのまま京都に居着くし、後の人は去って上手に代謝ができて、それが街の活力になるのかなと思います。
磯田:貸座敷論ですね。貸座敷のようにしておいてそこで争わせ、京都にとって役立つ技術を持つ人だけを残している。応仁の乱があった昔から住んでいるような顔をしているけれど、実際にそういう人は少なく、ほとんどは京都より北から来た奉公人をずっと吸い続けてきたわけです。
都市は衛生状態がわるく疫病が流行ると死亡率が高いですから、京都の中だけでは人口は維持できない。それで、北陸方面や滋賀の人たちをどんどん吸い込みます。ですが、京都で商売をして、うまく生き残るDNAを持った人たちだけが残されて定着していくというサイクルをずっと繰り返しているから、京都的な文化ができ上がったのです。
中島:毎日日本や世界の未来について、真剣に考えているわけではありませんが、日常を生きる私たちは何ができるでしょうか。
磯田:唯一無二であることは、都市だけではなく、個人にも要求される未来になっているのは間違いないです。その人以外はそれができないというようなものを持っている方が、これからは生きやすいと思いますね。どんなことでもいいので、それを見つけた方がいい。
万城目:僕は難しいことはできないから、稼いで税金をいっぱい納めます。(会場笑)
法律のありようから、京都という街のエコシステムまで、果てしなく広がる"未来論"。過去から現在、未来へと数珠つなぎのような思索の広がりは、さすが歴史学者と作家の語らいです。後編は、朝日新聞の現役記者と、一般の参加者のみなさんがディスカッションを繰り広げます。乞うご期待!