人気漫画に「法律違反の疑いがある」として、出版社が家宅捜索を受ける事件があった。その漫画は、アニメ化も決まり、累計110万部を売り上げていた「ハイスコアガール」だ。90年代のゲームセンターを舞台に少年少女の青春群像を描いたこの作品が、他社のゲームを無断で描いており、著作権法違反の疑いがあるというのだ。漫画家ら計16人が書類送検。民事訴訟も12月2日からスタートする。
漫画内の表現が著作権侵害かをめぐって、裁判に発展した前代未聞の事件だが、著作権問題に詳しい専門家からは「裁判の展開によっては、クールジャパンを牽引してきた二次創作文化に大打撃がある」と危惧する声も出ている。ハイスコアガール事件の詳しい経緯と、日本のアニメ・漫画文化に与える影響を探ってみた。
販売中止となった「ハイスコアガール」の単行本
■「ハイスコアガール」をめぐる警察の動き
「ドラゴンクエスト」などのTVゲームで知られ、出版事業も営むスクウェア・エニックス社(以下、スクエニ)の都内にある本社などが、8月2日に大阪府警の家宅捜索を受けた。同社が発行する押切蓮介氏の漫画「ハイスコアガール」が、著作権侵害の疑いがあるというのが理由だった。大阪府吹田市のゲーム会社「SNKプレイモア(以下、プレイモア)」が、「自社が著作権を持つゲームキャラクターを無断で使っている」として刑事告訴した結果だった。
「ハイスコアガール」は90年代のゲームセンターを舞台に、少年少女の恋愛を描くラブコメディー漫画で、既刊5巻の累計販売部数は110万部。実在のゲームが登場するのが特徴で、プレイモア著作権を管理している旧SNK社の場合には、「龍虎の拳」「餓狼伝説」「ザ・キング・オブ・ファイターズ」「サムライスピリッツ」といったゲームが登場していた。
作者の押切蓮介氏と出版元のスクウェア・エニックス社の役員・担当者15人は、11月17日に大阪府警に書類送検された。11月30日現在、起訴か不起訴になるかの判断を待っている状態だ。単行本は8月に全国の書店から回収されて販売中止になった。「月刊ビッグガンガン」での連載も休止している。
一方で、スクエニ側も反撃に出ており、10月8日に「著作権を侵害していない」と主張して、大阪地裁にプレイモアを民事提訴している。この民事訴訟の第一回公判が12月2日11時半から大阪地裁で開かれる予定だ。
■プレイモアとスクエニ、対立する両社の言い分
民事訴訟の訴状などによると、プレイモア側は「『ハイスコアガール』には、自社が管理するゲームに関わるキャラクター、画像、ロゴ、パッケージなどが随所に、ほとんどそのまま掲載されている」として計166カ所で著作権侵害されたと主張。これに対し、スクエニ側は「著作権法32条の引用に当たるため、著作権侵害ではない」と、反論している。
著作権法32条には「公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない」と書かれている。
「ハイスコアガール」に出てくるゲームの描写が著作権法上の「引用」に当たるかが、今後の裁判の争点になってきそうだ。著作権問題に詳しい福井健策弁護士に、話を聞いてみた。
■引用と認められるためのポイントは?
——「ハイスコアガール」にSNKのゲームを登場させたことについて、プレイモア側は著作権侵害、スクエニ側は引用と反論しています。著作権法上の「引用」に当たるのでしょうか?
引用に関しては、問題点を整理する必要があると思います。まず1段階目は、著作物が利用されたかどうかです。著作物が利用されていなければ、そもそも引用かどうかは問題にならずに自由に使用できます。
たとえばゲームのタイトル画面やロゴが登場する場面がありますが、今回は著作物の利用と認められない可能性があります。
——第4巻の13P(下図)などには「餓狼伝説」などのゲームのタイトル画面が描かれていますが、こうしたコマの場合ですね?
スクウェア・エニックス社の「ハイスコアガール」第4巻13Pより
はい。こうしたコマでは、画面が詳細には再現されておらず、概略がわかる程度です。この場合は、「著作物が利用されていない」という判断が下りる可能性は高いと思います。
——では、第4巻の14〜15P(下図)などのプレイ画面の判断はいかがでしょうか?
スクウェア・エニックス社の「ハイスコアガール」第4巻14〜15Pより
こうしたシーンは、著作物の利用であると認められる可能性が高いですね。絵柄がより鮮明であり、実際のゲーム展開を想定しながら、いくつもコマが並んでいる。画面の推移もある程度は再現されている。こうした場合に初めて、「引用などの例外規定で許されるか?」と判断が求められることになります。
——そうした場面が引用に当たるかという点は、どう見ますか?
これは、微妙なところです。引用は、飽くまで補足でなくてはいけないからです。自らの作品の主体的な表現があって、それに対する補足として他人の作品を参照・紹介する。これが、これまで裁判所が認めてきた引用です。自分の作品が主で、引用する人の作品は従という関係が成立していないといけません。他人の作品を鑑賞させることが目的の半ばを占めるようではNGです。
——「ハイスコアガール」の場合はどうでしょう?
この作品が描きたかったのはゲーム愛と、それを媒介にした青春群像であり、不器用な男の子と女の子の触れあいだと私は理解しています。ゲームセンターのゲームを通じて人々が出会う内容なので、同時代性を考えたときに、実在のゲームが登場する必然性はあります。ただ、「ここまで出さないといけないのか?」という点は問われそうです。
つまり、ゲーム愛やそれを介した少年少女の触れ合いや反発を描くという目的に沿う範囲で、ゲーム画面が使われたかどうかが裁判のポイントになります。ゲーム展開を見せること自体が目的になっているとみなされた場合は、従来の裁判所の基準からすると引用は成立せず、著作権侵害という判断になるでしょう。そもそもオリジナルの改変だから引用は無理、という判断を受ける可能性もあります。
■二次創作に「大きな影響」の恐れ
2009年の東京ゲームショーでのスクウェア・エニックス社のブース
「ハイスコアガール」をめぐっては、出版元のスクエニが「ドラゴンクエスト」や「ファイナルファンタジー」などで知られる大手ゲーム会社であることもあり、ゲーム会社同士のいざこざだと見られがちだ。「本来はスクエニが許諾を受けるのが普通なのに、仁義を欠いていた」とスクエニに対する批判もネット上では多い。
カプコン、セガ、バンダイナムコゲームスの3社に関しては許可を得ていたとの報道もあり、なぜプレイモアからは許可を得ていなかったなど、スクエニ側の対応に謎が多いのは確かだ。巻末には、ゲーム会社の名前が「SPECIAL THANKS」という文字とともに並んでおり、あたかも許可を取ったようにも見える。
とはいえ、漫画の著作権侵害の疑いで警察が出版社に家宅捜索に入り、漫画家や編集者を書類送検するというのは尋常な事態ではない。福井弁護士に、今回のプレイモアと警察の対応をどう思うか聞いてみた。
——ネット上では「許可を取るのが当たり前」「許可を取らなかったスクエニ側に問題がある」という論調の方も多いですが、こうした意見をどう思いますか?
スクエニは他社には連絡していたという報道もありますし、「了承を取るのが普通」という業界の習慣をスクエニ側が破ったことへの批判が強いのは理解できます。ただし、「著作権侵害か」という法的な問題と「非礼でずさんかどうか」は、関連しますが別の問題です。
表現規制という面で見ると、今回民事ではなく刑事処分で進行している点は相当に深刻で、日本の二次創作文化に大きな影響を与える可能性があることも考える必要があるでしょう
——どういう影響が考えられますか?
いわゆるクールジャパンと呼ばれている日本の漫画・アニメ文化は、二次創作での盛り上がりにかなり支えられています。コミックマーケットなどで販売されている、商業作品のキャラクターを使った同人誌は著作権者に許可を取っていないのが一般的です。しかもかなりの販売部数の場合もあり、法的には商業誌と同人誌の境界はほとんどありません。
「ハイスコアガール」が今後、起訴されて、最終的に有罪判決が下れば、これまでは暗黙の「放置」を受けていた二次創作に関しても前例になる可能性があります。たとえ同人誌であっても著作権者の許可を取らないと、二次創作が出来ない風潮が広がる恐れがあります。
——これまで、日本の二次創作は黙認されることで盛り上がってきましたね
はい、日本に限らず世界的に二次創作などの参加型のファン活動を大事にする風潮になってきています。著作権に厳しいと言われたディズニーですら「アナと雪の女王」に関する二次創作はかなり黙認しました。だからこそ、あれだけの量の主題歌の『Let It Go』などを扱った動画がネットに上がっているわけです。
人々に参加させ、歌わせ、踊らせたことが、「アナと雪の女王」の人気に繋がったのですね。実は、欧米の少なくない国でパロディなどの二次創作の権利は法律で明文化されています。日本の著作権法にも、そうしたパロディ規定を盛り込むべきか、文化庁の審議会ワーキングチームが検討していました。しかし、2013年3月に出した結論では『線引きによって、かえって二次創作文化を萎縮させる恐れがある』などの意見も出て、法制化せずに現状維持する方向になりました。
——そういう動きの中では、プレイモアの動きは異質ですね
スクエニの一連の対応が不快だったのは分かりますが、そのことでプレイモアが、どんな実害を受けたのかはやや不明です。「ハイスコアガール」は、プレイモアのゲームを貶めるような内容ではないし、この漫画が出たことでゲームの売上げが落ちるという物でもないからです。
——今後、日本がTPPに加入する際に、著作権侵害は当事者の告訴がなくても立件できる「非親告罪化」が導入される可能性があります。その場合、「ハイスコアガール」のように、警察が介入するケースが増える恐れはありますか?
警察が自発的に捜査するかは分かりませんが、少なくとも第三者通報があれば動くことは十分に考えられます。商業作品のファンで、アダルト系などの過激な同人誌が許せない人は一定数います。そういう人が、「ハイスコアガールでは違法でしたよね。あの程度で書類送検までしたのに、何でこれは放置するんですか?」と通報を受けたら、警察としても動かざるを得ないかもしれません。
——著作権侵害事件で家宅捜索まで起きることは予想していましたか?
私もこれまで、漫画家の赤松健さんなどとともに、「非親告罪化でそうなる可能性はある」は言い続けてきました。その一方で、「そこまではないだろう」と楽観視する気持ちもあったのです。しかし、今回のように捜査員が大挙して上京して捜索までやったと聞いたら、危機感を抱かざるを得ません。
捜索ではしばしば、資料からPCまであらゆる物が押収されて業務になりません。個人には相当なプレッシャーです。仮にも表現行為で、二次創作という国際的にも微妙な問題に対して、「謝らなかったら警察が来て強制捜査され関係者が大量に送検された」という事実を、社会はもっと真剣に受け止めるべきだと思います
【訂正】既刊5巻の累計販売部数は「11万部」と書いていましたが、正確には「110万部」です。お詫びして訂正致します。(2014/11/30 15:58)
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