全国各地で刊行されている“食べもの付きの情報誌”をご存知だろうか。
『東北食べる通信』『四国食べる通信』、『東松島食べる通信』、『北海道食べる通信』……と、どれも雑誌名に『食べる通信』が付く。つまり母体が同じなのだ。
その母体である「一般社団法人 日本食べる通信リーグ」や「NPO法人 東北開墾」の代表理事を務めているのが高橋博之(たかはし・ひろゆき)さんだ。
高橋さんは2013年7月、最初の『食べる通信』となった『東北食べる通信』を創刊。編集長として毎月東北で取材をし、執筆するかたわら、全国に広がった『食べる通信』の活動のため、イベントや講演などで全国を駆け回っている。
『東北食べる通信』は、2014年度グッドデザイン大賞候補にノミネートされ、僅差で2位となったが、情報誌として金賞を受賞した。そして2015年6月には、初の著書『だから、ぼくは農家をスターにする』を出版するなど注目を集めている。
岩手県の県議会議員だった高橋さんは、なぜ『東北食べる通信』を立ち上げたのか。なぜ今、全国へ広め、走り続けているのか。その胸にある熱い想いと、地方創生のヒントを聞いた。
■100回以上、新聞社の面接に落ちた20代
——著書では、地元の岩手から上京し、東京での生活を経て帰郷されてから、『東北食べる通信』を立ち上げるまでのストーリーを明かしていらっしゃいますね。
はい。創刊以降、おかげさまでいろいろな媒体から取材を受け、すてきな記事や番組にまとめていただきました。でも、「僕はそんなにすごい人間じゃない」と恐縮してしまうこともあって(笑)。
今回は初めての著書ですし、失敗談や、僕がスタッフに支えられて何とか活動できていることも含めて、全部知っていただけたらと思って書きました。
——帰郷後に県議会議員を目指したことが、ターニングポイントになったのですよね。
まさか自分が県議会議員になるなんて、学生時代は考えたこともありませんでした。学生時代はテレビ局でアルバイトをしていて、新聞記者を目指していたんです。とにかく新聞記者になりたくて、合計で100回以上面接を受けたんですよ(笑)。でも、すべて不合格だったんです。
そんなときに、大学の先輩が衆議院議員をしていて街頭演説のチラシ配りを手伝ったことがきっかけで、政治に対して当事者意識が芽生えました。
でも、政治家になるのに必要だと言われている「地盤、看板、鞄」の“三バン”が僕には何一つない。そこで帰郷翌日から、いきなり街角に一人で立って、演説することから始めました。最初は、本当に緊張しましたね。
■「復興」という言葉は使わなかった——震災後に生まれた『東北食べる通信』
——イベントや講演でスラスラと話をされているので、街頭演説を始めた頃は緊張していたなんて、想像できない人が多いのではないでしょうか。
今何も見ずに人前で何時間でも話せるのは、街頭演説を毎日8年間、しつこく続けたことが役立っています。一人、また一人と、少しずつ支援者が増えて、おかげさま2006年に県議会議員になりました。県議になった後も、雪の日でも風邪を引いても、毎朝2時間立ちました。
その県議の活動のなかで知ったのが、一次産業、つまり農業や漁業などの問題だったんです。「食えない」「担い手がいない」という声をあちこちで聞いて、農村を歩いて生産者から話を聞くようになりました。
もちろん課題もたくさんあったのですが、そこにあったのは、自然と向き合う彼らの世界の豊かさと、リアリティ。もう圧倒されました。「食べものの裏側にいる生産者と、消費者をつなげたい」という気持ちが強くなっていったのです。
高橋さんが出会った、生産者のひとたち
——東日本大震災の後、政界を引退し、『東北食べる通信』を創刊されました。震災後に東北で生まれたサービスであることが、興味深いです。
実は、あえて「復興」という言葉を使わないよう心がけてきました。僕は岩手県花巻市出身で、花巻は内陸部なんです。震災後に人生で初めて漁師に出会ったほどでした。
被災した漁師たちは、生業を再生させないと食べていけない状況で、もちろん復旧を応援したいと思いましたよ。でも、「復興支援」じゃないな、と。
というのは、僕は震災前、友人たちと居酒屋で、内陸にいながらにしてよく魚介類を食べていました。そういう「街でも海の幸を食べられる生活」も守りたい。つまり、漁師を支援するだけじゃなくて、自分の暮らしのためでもある。
生産者だけが考えるのではなくて、一次産業はみんなの問題だなって。生産者が現場で生産活動をしているからこそ、街や都市での僕らの暮らしが充実するんです。生産者って、縁の下の力持ちです。
よく講演などで話すんです。「自分の食卓にあがる食べものを作っている生産者を、何人くらい知っていますか?」って。
——特に都会では、ほとんどの方が知る機会がないと思います。
そうですよね。生産者の友達がいたらいいなと思いませんか? 僕がそうだったように、現代人は自分たちの命に直結する食の問題を人に依存しているんです。それを、一部でもいいから、自分の手の届く範囲に取り戻す活動をしたいと思いました。
久慈市山形村の短角牛を放牧する牧場
■自分にとっての新しい「ふるさと」を作る
——そういう想いが『東北食べる通信』になったのですね。
はい。生産者の物語は、生き様そのものです。誰もが毎日食事をするし、食べものの裏側には必ず生産者がいるのに、それが届いていないのはもったいない。そのストーリーを知って、彼らを身近に感じると、食材がよりおいしく感じられるし、食卓が豊かになるんです。
消費者と生産者に仲良くなってほしい。手をつないでほしい。そう思って、生産者とのつながりを作る入口を、『食べる通信』ではいろいろと用意しています。『食べる通信』をツールにして、楽しんでほしいんです。
例えば、生産者を身近に感じ、『食べる通信』の付録である食材を食べる。Facebookの読者専用ページで、生産者に「ごちそうさま」を直接届ける。生産者が都心にやって来るイベントに足を運ぶ。生産者を訪ねる現地のツアーに参加する。……と、好きな形で参加していただくことができます。
読者ではない方に『食べる通信』を知っていただくために、毎月数回、都内で「車座座談会」も開催しています。私が活動についてお話ししてから、皆さんと意見交換をする場で、2015年7月までに40回開催しています。
——さまざまな仕掛けが、著書にあった「都市と地方をかき混ぜる」ことにつながっていく。
日本は今、都市も地方もコミュニティが弱って、元気がなくなっています。「都市か地方か」って二項対立的に議論されてきたんですが、どちらにも長所と短所がある。そのバランスがうまくとれた社会を実現したいんです。
具体的には、地縁や血縁を超えた新たなコミュニティです。新しい「ふるさと」とも言えるような、何かあった時にお互いに助け合う安全網にもなるところ。実際に読者が生産者を訪ねに行ったり、生産者が東京でイベントをしたりと、行き来が数多く生まれています。
だからこそ、全国に『食べる通信』を広げていきたいと思っています。日本全国でそうした意識、ライフスタイルを持つ人が増えれば、生産者の社会的立場も上がっていくでしょう。
現在、各地で13通信が創刊されていて、創刊準備中も含めると23通信です(2015年7月現在)。これを、2017年までに100通信に増やすことを目標にしています。
■地方創生議論に違和感があるワケ
——地方創生については、どのように考えていますか。
うーん……、実は今の地方創生議論には新しさがなく、違和感を持っています。なんだかんだいって、経済だ、雇用だと、結局成長を目指しているように見えるからです。
成長を価値とする社会のあり方は続かないんです。目先の経済的損得ではね。貨幣や雇用を生んでも、そこで働く人たちが幸せにならないと意味がありませんよね。持続可能なものじゃないといけないし。
今の地方創生には、「農山漁村はこのままだとなくなってしまうから助けないといけない」「地方は可哀想だからなんとかしなくちゃ」という文脈や、「負けている連中が(失ったものを)取り返す」といった悲壮感も漂っているように感じます。
それに、決定的に足りないものがあります。先ほどお話しした「都市と地方をかき混ぜる」という視点です。地方だけで自立するなんて、難しいですよ。
都市と地方が混ざり合ったところこそが、新しい社会のフロンティアの可能性を秘めていると思います。個人を重視する外に開いた風通しのよい「都市型社会」と、共同体を重視する内に閉じた「地方型社会」。どちらも単体では行き詰まっています。地方の人たちと都市の人たちの両方が、自分たちの生存基盤となる新しいコミュティを形成する住民になるんです。
今の地方創生に違和感を唱えている人も何人かいますが、僕のような違和感を唱えている人はあまり見かけません。そもそも競争すること自体が古いと考えているのです。経済成長を目指すから負けが生じるのであって、そこを目指さなければ、競争も生まれない。負けないんです。
口で言うと安っぽいけれど……、「本当の進歩とは何か」ということです。私は、日本の農山漁村は世界の先頭にいると思っています。なぜなら、日本は消費文明社会で世界の先頭を走ってきました。生存実感や身体感覚に欠乏している人が世界で最も多いと思います。
こうした想いで『食べる通信』をやっています。『東北食べる通信』は月刊ですので、月に一回、農山漁村の暮らしや哲学に触れて、生き方や食べ方を見つめ直していただく機会を作り出しています。
■Amazonで買えないものを売りたい
——都市と地方に新しい流れが生まれているのを感じていますか。
いきなりは変わらないけど、読者はもちろん、若い人や学生など、ただ消費して暮らすことに飽きている人たちが農山漁村に目をつけ始めています。人口比率で言ったらまだ少ないけれど、消費者の意識が確実に変わり始めていますよ。
きっと、3、4世代くらいの時間がかかるのではないでしょうか。でも、未来を見据えた大きな目標があれば、日々の失敗や批判はどうでもよくなる(笑)。目先しか見ていないとくじけるんですよね、うまくいかない時に。僕はこの活動に人生をかけています。自分が死んだ後もこのうねりが続いていくような意識でいますから。
——創刊から2年経って、今どんな目標を持っていますか。
2年間意識していたことがあって、「おいしい」と言わないことです。「食のサービスなのに、あり得ない!」と思われるかもしれませんが(笑)。もちろんおいしいものですよ。でも、「おいしい」だけで終わるのはもったいない。食べものの裏側に、豊かな世界が広がっているからです。
今「Amazonで買えないものはない」などと言われることもありますけど、僕はAmazonで買えないものを売りたいと思っています。『東北食べる通信』の値段は2,580円(月額。税・送料込)です。それを知った学生さんなどから「高い」と言われることもありますけど、僕は高いとは思っていないんです。
これは、価値の考え方の問題ですよね。最近、『食べる通信』をパスポートのようにしてあちこちの生産者を訪ね歩き、現地で食材を食べて、仲良く交流して……と『食べる通信』をフル活用している読者が増えています。それを見ると「安いんじゃないか?」と思ったり(笑)。
そうした人との関係性や生存実感こそ、簡単には買えないものですよね。ピンときた方には、『食べる通信』の世界に足を踏み入れてもらえたらうれしいです。
【UPDATE】地方創生の箇所ついて、一部加筆しました(2015/07/27 11:50)
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高橋博之(たかはし・ひろゆき)
1974年、岩手県生まれ。2006年、岩手県議会議員補欠選挙に無所属で立候補、初当選。翌年の選挙では2期連続のトップ当選。2011年、岩手県知事選に出馬、次点で落選。2013年、「世なおしは、食なおし。」のコンセプトのもと、『東北食べる通信』を創刊。編集長に就任。また、「日本食べる通信リーグ」代表理事にも就任。全国の『食べる通信』で読者を募集中。2015年8月8日、『東北食べる通信』2周年を記念したイベント「食べ通エキスポ」を都内で開催予定。詳細はこちら。
(小久保よしの)
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