「面白ければ食えなくてもいい」は無責任 是枝監督が語る"仕事"と"お金"

「20代の子たちって、本当に賃金が低い。最低賃金に満たないくらい」
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インタビューに応じた是枝裕和監督
Marie Minami/HuffPost Japan

家族映画の名匠・是枝裕和監督。最新作『三度目の殺人』では、法廷サスペンスという新しいジャンルに挑戦した。

NetFlixやAmazon Primeなど、次々に訪れる"黒船"。求められる効率化や具体的な数字。逆風吹き荒れる映画界の最前線で挑戦を続ける55歳は、今という時代にクリエイターとして働くことを、どう捉えてるのか。

ハフポスト日本版は是枝監督に単独インタビューした。

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Marie Minami/HuffPost Japan

■僕たちの仕事は「無知ゆえに不幸になる人を減らす仕事」

——『三度目の殺人』は、役所広司さん演じる「三隅(みすみ)」が、殺したのか殺していないのか、最後までわからないまま終わる映画でした。言語化された結果や数値化された価値が重宝される時代のトレンドもある中で、真逆をいくような展開だと感じました。どうして、はっきり答えを見せてくれなかったんでしょうか。

その方が面白いでしょう(笑)。

僕は、曖昧さの中にむしろ本当があると思っている部分があります。そんなに全部、何から何まで答えが出るわけじゃないから、本来は。

答えが出ない曖昧さからどうしたって逃れられない人間が、ある種の絶対的な裁きを下さなければいけないから、司法というシステムがあるんです。

そして、私たちは社会の中に生きている責任として、そのシステムを受け入れているということに気付くべきだし、自覚的になるべきだと思っています。

——結論を出して前に進んでいくために私たちはシステムを受け入れている。人々がそういったことに「自覚的」になった方がいいのはなぜでしょうか。

自覚しないと成長しないからじゃないですか?

世界が完全なものではないって気付くことが、大人になることだと思うので。世界は完全ではないし、私は全能ではない。それに気付くのが大人。

今、どんどん色んなものが幼稚化しているから、そのことに気付かない方が幸せだっていうような空気もあるかもしれないけど。

——色々なことに気付いてしまうことで、生きるのが辛くなったりする人もいるかもしれません。人は、社会やシステムに自覚的であるべきか、そうでないべきか...。私たちも日々、情報発信をする中で葛藤してしまいます。

もちろん気付くことで不幸になる人もいるけれど、(映画監督をはじめとする表現の仕事は)知らせることで、不幸になる人を少なくする職業だと思いますよ。気付かない方が、自分個人は幸せかもしれないけど、自分が気付かないことによって不幸になっている人がいるってことには気付くべきだと思う。

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「三度目の殺人」撮影現場での是枝監督
(C)2017『三度目の殺人』製作委員会

■ 賃金が低い映画業界。20代の子がきちんと生活できる賃金を

——監督は以前インタビューの中で「起きている時間の8割は仕事している」とおっしゃっていました。「働き方改革」が叫ばれ、「ワークライフバランス」が重要視される昨今において、是枝監督は「ワーク=ライフ」といった感じがします。

そうですね。それがあまり苦にならないので。

ただ、僕はたまたま労働に喜びを感じられるような、非常に恵まれた形で仕事をしていて、お金をもらえているけれども、全ての人がそう感じられる職業に就いている訳でもない。だから、たまたま恵まれた自分が、自分の基準で、「働くって楽しい」とか「働くことと生きることがイコールであるべきだ」っていうのは傲慢だなと思っている。

——映画監督のようなクリエイティブな仕事には、「作品を作る」楽しさがあり、ワークライフバランスのあり方が違う、という一面もあるのではと思います。

クリエイティブな仕事をしているから楽しくて、そうじゃない仕事は辛いっていうのは間違っていると思っています。必ずしも「ワーク=ライフ」になるかどうかは別の話だけど、どんな職業であれ、喜びを見出すことはできるんじゃないかな。

僕がこの仕事を始めてテレビマンユニオンという会社に入った時に、音楽プロデューサーだった萩元晴彦さんに最初に言われた言葉があって。「世の中には、クリエイティブな仕事とそうでない仕事があるわけではなく、仕事をクリエイティブにこなす人間と、こなせない人間がいるだけである。それは態度の問題だ」という言葉なんだけど、それが結構強烈に残っている。

確かに、クリエイティブな態度で仕事に向き合っている人に出会うと感動しますよね。コンビニのレジの人だってそうだし、タクシーの運転手さんだってそう。

だから、僕は、働くということに喜びを見つけていくということは、あらゆる職業で可能だろうなとは思いますよ。

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インタビューに応じた是枝裕和監督
Marie MInami/HuffPost Japan

——「どんな仕事か」より「どんな風に仕事に向き合っているか」が、面白さややりがいを感じながら働く上では重要なんですね。

そうですね。それから僕はね、「それでメシが食える」ってすごく大事だと思っているんですよ。

——「それでメシが食える」というのは...?

「面白いんだから食えなくてもいいだろう」というのは無責任だから。この業界の現場で働いている20代の子たちって、本当に最低賃金に満たないくらい賃金が低い。それは、やっぱり何とかしないといけないなと思っているわけです。

自分がこの業界で、曲がりなりにも食ってきて50を超えた以上、少なくとも今20代の子たちが、この仕事をしてきちんと生活できる賃金を払えるような現場を提供しようと思っている。そこは、責任があると思うから。

「よかったね、仕事が楽しくて」じゃだめですよね。食えなくても才能のあるヤツはやるかっていうと、多分やらないから。僕は、食えるって大事なことだなと思っているわけです。

■既成の配給会社や放送局はもっと危機感を持つべき

——若い世代の人たちがこれから映像作品を撮っていくようになった時には、Amazon PrimeやNetflixといったネット配信もどんどん増えるのかなと思います。明石家さんまさんがNetflixのCMに出演し「(ネット配信は)ライバルやからな」とそのジレンマを語っていました。是枝監督は、ネット配信サービスについてどう思いますか。

選択肢が増えるのは、作り手にとってはいいことだと思いますよ。

彼らの持っている予算は、桁が違う。しかも最終的に、コンテンツの権利が制作側に戻ってくるというメリットもあります。今のバブルがどこまで続くかわからないけれど、この状況に対して既成の配給会社や放送局は、もっと危機感を持った方がいいと思う。このままだと作り手はどんどんそっちに流れていくと思いますよ。

<NetFlix TVCM「人間、明石家さんま。『NETFLIX』の話」>

——是枝監督ご自身も、ネット配信用のコンテンツ制作には興味がありますか。

自分が本当にやりたいと思っている映像作品の内容がすごくハードなものだと、既成の放送局や大手配給会社では、保守化していて企画が通らない。そうするとNetflixやAmazonに企画を持って行った方が通るんじゃないかなという状況ではあります。

劇場公開を捨ててでも、やりたい企画を映像化することを選ぶのかどうなのか...、今はそういう時期だと思います。

ただ正直なことを言うと、今のところは劇場公開が前提になっていないものはそんなに惹かれないですね。僕は、映画館っていう場所が好きなので。

——ネット配信サービスを使ってスマホで映画を見たり、通勤時間に細切れで楽しんだりするユーザーも増えている気がしますが、是枝監督は、映画館のどんなところが好きなんでしょうか。

みんなで見るのがいいんじゃないかな。出かけて、暗い空間に2時間いるということは、やっぱり日常とはだいぶ違う気がします。

だから、そういう映画館の体験がベースにある人間は、ネット配信での映画視聴にはどうしたって抵抗を感じるんじゃないかな。

ただ、そういう抵抗感を感じない人たちも映画を作り始めるだろうから、そうなった時に、劇場公開にこだわらない映像作品の作り方は出てくると思いますよ。多分その頃にはもう僕は撮っていないと思うんですけど。

僕はそういう意味でいうと、一世代前の作り手として、キャリアを終えていくんじゃないかな。

と言っておいて、すぐネット配信でつくったりするかもしれないね(笑)。

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インタビューに応じた是枝裕和監督
Marie Minami/HuffPost Japan

「三度目の殺人」への思いを語ったインタビューはこちら

【是枝裕和監督プロフィール】

1962年6月6日生まれ。東京都出身。早稲田大学卒業後、テレビマンユニオンに参加。14年に独立し制作者集団「分福」を立ち上げる。主なTV作品に、「しかし・・・」(91/CX/ギャラクシー賞優秀作品賞)、「もう一つの教育~伊那小学校春組の記録~」(91/CX/ATP賞優秀賞)などがある。95年、『幻の光』で監督デビューし、ヴェネツィア国際映画祭で金のオゼッラ賞を受賞。04年の『誰も知らない』では、主演を務めた柳楽優弥がカンヌ国際映画祭で最優秀男優賞を受賞。そのほか、『ワンダフルライフ』(98)、『花よりもなほ』(06)、『歩いても 歩いても』(08)、『空気人形』(09)、『奇跡』(11)等を手掛ける。近作には福山雅治主演、カンヌ国際映画祭審査員賞他、国内外の数々の賞に輝いた『そして父になる』(13)、カンヌ国際映画祭コンペティション部門に正式出品され、日本アカデミー賞最優秀作品賞、監督賞、撮影照明賞の4冠に輝いた『海街diary』、カンヌ国際映画祭、ある視点部門に正式出品された『海よりもまだ深く』(16)がある。

【作品情報】

『三度目の殺人』

9月9日(土)全国ロードショー

配給:東宝 ギャガ

監督・脚本・編集:是枝裕和

出演:福山雅治 役所広司 広瀬すず他