【3.11】国立国会図書館「ひなぎく」の挑戦 震災から3年で迎える「記録収集の正念場」

東日本大震災から3年を迎えた。日本が経験した未曾有の大災害の記録を収集保存し、活用する国立国会図書館の東日本大震災アーカイブ「ひなぎく」。大滝則忠館長と「ひなぎく」の責任者で電子情報流通課の大場利康課長にインタビュー、その挑戦を追った。
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猪谷千香

東日本大震災から3年を迎えた。日本が経験した未曾有の大災害の記録を収集保存し、未来へと伝えていく国立国会図書館の東日本大震災アーカイブ「ひなぎく」。国立国会図書館が重点事項のひとつに掲げ、かつてない規模で官民の組織と連携を進める一大プロジェクトで、震災に関する資料約250万件がインターネット上で横断検索できる。しかし、年月が経つにつれ、震災の記録は散逸し、失われていくばかり。「今年こそ正念場」という大滝則忠館長と「ひなぎく」の責任者で電子情報流通課の大場利康課長にインタビュー、「ひなぎく」の挑戦を追った。

■官民の22機関が連携、250万件を横断検索

まず、「ひなぎく」のサイトを訪れてみよう。たとえば「奇跡の一本松」で検索してみると、瞬時に47枚の写真がヒットする。これらの写真は、河北新報の「震災アーカイブ」やYahoo!JAPANの「東日本大震災 写真保存プロジェクト」、東北大学の「みちのく震録伝」など、東日本大震災の資料を集めたさまざまなデータベースに収録されているもの。もちろん、動画や音声も検索できる。本来であれば、それぞれのデータベースにアクセスして検索しなければならないところを、「ひなぎく」では一覧で見せてくれるのだ。

東日本大震災では、デジタルカメラなどのデジタル機材が一般にも普及していたことを背景に、写真や動画、ウェブサイトなどの膨大な記録が残されている。こうした記録を保存しようと、震災直後から企業や研究機関、図書館など、さまざまな組織で東日本大震災に関する資料を集めたアーカイブのプロジェクトが立ち上がった。しかし、アーカイブのプロジェクトが増えれば、利用者はどこにどのような資料があるのか、どのアーカイブを使えばよいのかなど分かりづらくなるという課題が出てきた。

一方、政府は2011年5月、東日本大震災復興構想会議で「復興7原則」が決定、その中には「大震災の記録を永遠に残し、広く学術関係者による科学的に分析し、その教訓を次世代に伝承し、国内外に発信する」ことが盛り込まれた。2011年7月に策定された東日本大震災復興対策本部の「基本方針」でも、震災の記録について「国内外を問わず、誰もがアクセス可能な一元的に保存・活用できる仕組みを構築し、広く国内外に情報を発信する」ことが明言されている。

国立国会図書館もまた、国の機関や自治体などのウェブサイトを収集、保存する事業「WARP」の収集頻度を上げ、震災に関する情報を集めるなど、独自に動いていたが、総務省が協力し、国として東日本大震災アーカイブの構築を2012年4月からスタートした。2013年3月には「ひなぎく」を公開。現在は、国立国会図書館を含む22機関による27データベースが連携する大規模なアーカイブとなっている。

「『ひなぎく』には、国全体の取り組みというバックグラウンドがあります。その中で、国立国会図書館がどういう役割を果たせるのかが問われ、今までの国立国会図書館の活動の範囲を超えて関わるべきだという意欲を持って参加しています」と大滝館長は説明する。

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「今年こそ正念場」という大滝則忠館長(右)と「ひなぎく」の責任者で電子情報流通課の大場利康課長

■デジタル時代だからこそ可能となった連携

「ひなぎく」の一番の特長は、国立国会図書館がすべての震災資料をアーカイブするのではなく、官民問わず、かつてない規模で他の機関と連携していることにある。ここに、大滝館長が「今までの活動の範囲を超えて」と話すゆえんがある。

「デジタル時代という背景が、『ひなぎく』の連携を可能にしています。2010年に国立国会図書館法が改正され、『WARP』で国や自治体の公的機関のホームページを許諾なしに収集できるようになった直後に、不幸にして東日本大震災が起こったわけです。そうした取り組みを活かし、国立国会図書館には国として『ひなぎく』のようなポータルサイトを担うという役割が委ねられました。

そして、デジタル時代だからこそ、アーカイブの分担や分散が可能になりました。どこかに集中して記録を集めるのではなく、身近なところが記録を残すことができる。それぞれのアーカイブにはどういう記録があるのかわかるよう検索することができるのです」

これは国立国会図書館にとっても、新たな挑戦だった。現在、21の機関と連携しているが、これだけ多くの機関と協働でプロジェクトに取り組むのは初めてのことだった。連携先は図書館だけではなく、報道機関やNPOなども含まれている。大場課長は振り返る。

「まず、国立国会図書館の活動をご説明して、ではどういうところから協力できますかという話から始まり、技術的に可能であれば、データのやりとりをします。しかし、相手の機関にとっても、今まで付き合ったことのない国立国会図書館と連携していただくということになりますので、ひとつひとつにとても時間がかかりました。」

デジタル時代といえども、システマティックにプロジェクトは進まない。担当者は遠方でも相手の機関に足を運び、地道に連携を広めていった。

■発生から5年で急速に失われる記録

一方、大滝館長は「プロジェクトを指揮する立場からみると、少し時間がかかっている、もっと迅速に進捗できないかという思いもあります」と話す。「結局は人と人の結びつきです。進捗についてご質問を受けることがありますが、もう『足で稼いでいます』というしかないです(笑)。それは、今も現在進行形です」。焦りは禁物だが、大滝館長には急ぐ理由があった。

「とにかく早期に取り組まないと、記録の散逸や関心の低下はどうしても起きてしまいます。こういう災害、防災に関わる経験者の方のご意見をうかがっても、『5年の節目に急速に記録が失われる』ということでした。我々は今まさに、正念場にきています。

今のデータ量にしても、220万件から始まって、現在250万件になっています。このプロジェクトは長い目でみて記録を残すという状態が必要なのですが、いろんな取り組みを今、短距離で走らなければ、その取っ掛かりも出てこないのです。この正念場には、大変な努力が必要とされています」

当初は岩手県、宮城県、福島県の3県との連携を集中的に強めていたが、現在は茨城県や千葉県、山形県など周辺地域にもコンタクトとっているという。被災地から他の地域に避難した人たちが新たにコミュニティを作り、その地域社会での記録も生まれている。国立国会図書館では、こうした広い視野で記録の収集をしていく方針だ。

また、東日本大震災だけではなく、過去の震災についても連携を進めている。阪神・淡路大震災の資料を収集している神戸大学震災文庫の資料も「ひなぎく」では検索することができる。「新潟中越地震については、新潟県の方たちと話をさせていただいています。関東大震災の資料を展示している復興記念館(東京都墨田区)にも見学に行ったり、そういったところからだんだん、広げていきたいと思っています」と大場課長は話す。

■デジタル・アーカイブが抱える課題

誰にでもどこからでもアクセスできるデジタル・アーカイブは利便性が高い一方、課題も少なくない。自治体や民間でアーカイブを維持する予算が途切れた場合、瞬時に消失する可能性があるのだ。国立国会図書館では、「ひなぎく」での連携を進めながら、万が一アーカイブの継続が困難になった時はその記録の受け入れをするという。

集まったデータの処理や著作権の処理といった問題もある。国立国会図書館では2013年12月、被災した人々への支援や被災地での活動を行ったボランティア団体などを対象に、支援活動に関する書類や写真などの資料を整理、保存するための講習会を開いた。今後は東北地方でも開催したい考えだ。

構築されたアーカイブを未来に伝え、災害に備えるためには、記録の利活用が重要となってくる。各アーカイブの著作権処理方法はさまざまだが、二次利用が可能な形が望まれる。「現地の図書館などで、権利の処理ができていないものもありますが、現地で資料を所蔵していれば、その地域に住む著作権者と一緒にその場で処理していくことができるケースもあります。一番良いのは、現地に近い場所で残すということだと思います。ただ、必ずしもそうはいかないケースも出てきますので、そういう時は私たちがバックアップしたいです」と大場課長は説明する。

■社会の記憶装置としての図書館の役割とは

さまざまな課題をひとつひとつクリアしながら、「ひなぎく」のプロジェクトは現在も進められている。大滝館長は今年初め、国立国会図書館の重点事項のひとつに、「ひなぎく」を挙げた。その意義を大滝館長はこう語る。

「今、時代が要請していることを社会的にどう果たせるか。その正念場にあります。図書館としての伝統的な機能を果たすだけではなく、新しい機能を果たすことがどこまで可能か。世間の皆さんは、図書館の働きを期待しています。だから、この時代を担う者としてはきちんとお応えしないといけない。それが図書館の新たな社会的な役割を示していくことにもなるのではないでしょうか。

図書館法などの定義では、図書館は資料を集め、保存整理して、利用に供する施設であるとされていますが、私が最も影響を受けているのは、1932年のピアス・バトラーによる図書館の定義です。バトラーは図書館を、人間の記憶が委ねられた媒体を預かる社会的な装置であり、記憶を現代によみがえらせる装置であると定義しています。

まさに大震災の記録という点から考えても、図書館が持つ社会的機能が問われているところです。今まで図書館が対象にしてきたのは、図書や雑誌、視聴覚資料でしたが、このデジタル時代にはさまざまなメディアを対象にしなければならない。

そして、何よりもひとつの図書館がすべてを集めるのではなく、全国の図書館や博物館、公文書館といった社会の記憶装置と連携が取れる。これが技術的にできる時代になっている。そこにこの『ひなぎく』という活動の基礎があるし、可能性もあります」

■携帯で撮ってそのままの写真も東日本大震災の記録に

国立国会図書館では3月11日、東日本大震災から3年を迎えるにあたり、資料収集の推進のために「ニコニコ動画」や「はてなブックマーク」といったネットサービスや「ひなぎく」の連携機関と協力、情報提供の呼びかけを行っている。

「この事業の意義を理解していただき、それぞれの場所で『ひなぎく』に協力してもらえるようにお願いしたいと思います。繰り返しですが、今はまず、記録を残すというところで正念場になっています。埋もれている記録がどこにあるかをこちらにお知らせいただき、相談させていただきたい。その輪を広げて、社会的に『ひなぎく』という集積を協力して作っていきたいと思っています」と大滝館長はあらためて、記録保存の重要性を訴える。

大場課長も「まだまだ連携ができていませんし、我々が気づいていない取り組みもあると思います。すぐ技術的に連携できなくても、まずはつながりを作り、記録を保存するという活動を広げていけるようなネットワークが作れればと思っています」と話している。

もしも、携帯に撮ってそのままの写真や動画、ご自身の体験をつづったウェブサイトなど、保存したい資料をお持ちの方はこちらの特設ページへ。東日本大震災の記録を保存し、未来に伝えていくのは、あなたかもしれません。

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