新年から日本経済新聞に『予防医療で医療費を減らせるか』という記事が連載されていた。
筆者の康永秀生・東京大学教授は、第1回目で
『予防医療とは病気になることを防いだり、病気を早期発見・早期治療することで病気による障害や死亡を減らすことを目指す医療だ。一般的に予防医療の推進は、病気の発生・進行を抑え、国民医療費の抑制につながると考えられている。しかし、医療経済学の研究成果からは、大半の予防医療は長期的に医療費や介護費を増大させる可能性がある』
と述べた上で、第2回目以降、予防医療が医療費・介護費に与える影響について具体的な事例を紹介している。
例えば「禁煙対策」は長期的に医療費を増やすという。
喫煙者は非喫煙者よりも早くがんや心筋梗塞にかかり早期に死亡するが、禁煙により寿命が伸びると生涯にかかる医療費や介護費が増えるからだ。
また、「メタボ検診」は国民の健康維持・増進を期待できるものの、長期的に医療費を削減できる確かな根拠はほとんどない。
「メタボ検診」は、高額の医療費や介護費がかかる時期を先送りするのであり、生涯の医療費が抑制されるのではないとしている。医療経済学の専門家の共通認識としては、予防が治療と比べて特に医療費を抑制するわけではないという。
適度な運動とバランスのとれた食事は、運動機能が低下する「ロコモ」を予防し、健康寿命を伸ばす。
しかし、それにより「不健康な期間」が短縮されるという医学的根拠はなく、「メタボ検診」同様に医療費や介護費がかかる時期が先送りされるのだ。
また、がん対策の基本は早期発見・早期治療であるが、「がん検診」が普及すれば「過剰診断」などにより確実に総医療費は増大するとしている。
連載を通して「禁煙対策」、「メタボ検診」、「がん検診」等の予防医療を推進することは重要であると同時に、国民の健康寿命を伸ばす予防医療は、長寿化による国民医療費の増大をもたらすと指摘しているのだ。
では、どうすれば予防医療による健康増進と国民医療費の増加というパラドクスを解消できるのか。
少子高齢化の進展により社会保障制度の持続可能性が問われるなか、国民医療費の抑制は重要課題だ。
予防医療により健康寿命が長くなることはQOLの向上につながるが、その後の不可避な不健康期間に過剰な検査医療や投薬、延命治療などが行われていないだろうか。
第6回目に言及されていた大腸がん検診の精密検査である内視鏡検査などは、高齢者にとって身体的負担も大きい。
かぎりある国民医療費を有効活用するためには、超高齢社会の日常生活の質の向上という観点から、個人にも社会にも幸せな高齢期医療の"選択と集中"のあり方を見直すことが必要ではないだろうか。
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(2017年1月17日「研究員の眼」より転載)
株式会社ニッセイ基礎研究所
社会研究部 主任研究員