BRUTUSで主に音楽ページを担当するライター・渡辺克己さんが選ぶ、「カラダにいい音楽」をご紹介。
東京都内にあるレコーディングスタジオには、防音のため窓がないことが多い。さらに、地下にある場合も多い。集中して制作や録音を進めていると、日の出や日没を感じなくなることも多いそうだ。自然を感じないことから精神的に病んでしまうことや、運動不足になることも多いという。制作作業が終われば、ツアーに出ることになるが、スタジオ籠りからステージでの激しい演奏との落差は、リスナーの想像を越える。それゆえなのか、日々の運動をテーマにした楽曲が意外と多い。
細野晴臣、坂本龍一、高橋幸宏によるYMO「体操」。この曲が発表された81年は、国内だけに止まらず、ワールドツアーなど、海外での活動も多かった時期。御三方ともバンドと並行して、各自ソロも制作していたのだから、その多忙ぶりは想像を絶したはずだ。そんな最中に発表された「体操」は電子音を加工しながらも、アコースティックなピアノとリズムセクションが爽快な一曲。プロモーションビデオでは、坂本教授が拡声器を使って体操の号令をかけており、どこか身体を動かすことの大切さを体現しているようにも見える。
日本を代表するテクノグループがYMOなら、ドイツにはクラフトワークがいるが、意外や運動不足になることはない様子。彼らの代表曲のひとつが、かの自転車レースのテーマ曲「Tour de France」。ファンキーなビートに、シンセサイザーのメロディが美しい名曲だ。「ROBOT」や「MAN MACHINE」など、メンバー全員がロボットだというコンセプトがあったゆえ、フィジカルな印象は少ないが、実は中心人物のラルフ・フュッターは大のサイクリングマニア。かつ、厳格な菜食主義者だという。ロボットは電気仕掛けではなく、意外なことにジャガイモのサラダと自転車の運動から生まれたものだった。
ロードサイクルで疾走するのもいい。正直、憧れます。しかし、日本国内で篭り仕事をする人ならばやっぱり「体操」の方がリアリティを持って響く。教授の号令のもと、今日は屈伸くらいしておくか、という気持ちになります。
■『TECHNODELLIC』YMO
1981年に発表されたグループ6枚目のオリジナルアルバム。その中に収録された「体操」は、6枚目のシングルとして82年に発売された。ジョン・ケイジ「Prepared Piano」を指標に作ったとされるが、生ピアノとリズム隊のグルーヴが心地いいポップな一曲に聴こえる。ちなみに私立恵比寿女子中学がカバーしている。
■『Tour de France Soundtrack』Kraftwerk
エレクトロクラシックとして燦然と輝く「Tour de France」(83年)から20年後の2003年、ツール・ド・フランス公認100周年記念作品として発表されたアルバム。ダンスミュージックとしても機能しているが、アルバム全体がロードムービーのようなゆったりした流れがあるため、リスニングとしても充分楽しめる。
■『Chariots of Fire』Original Sound Track
ギリシャのシンセサイザー奏者、ヴァンゲリスが制作した82年アカデミー賞オリジナル作曲賞を受賞した、あまりにも有名な映画のサウンドトラックから。楽曲冒頭のスロウかつ雄大なシンセの響きを聴いた瞬間、思わず走り出しそうになる一曲。静かにテンションを上げてくれるので、悪天候で走りづらそうな日ほど聴きたい一曲です。
渡辺克己
●わたなべかつみ
ライター。『BRUTUS』や『CasaBRUTUS』などで、音楽ページを担当。夜は、DJとしても活動中。
【関連記事】
(「からだにいい100のこと。」より転載)