11月30日に宇宙へと旅立つ小惑星探査機「はやぶさ」。数々の困難を乗り越えながら、世界で初めて小惑星から微粒子を持ち帰ることに成功した「はやぶさ」の後継機です。先代の経験を活かして小惑星「1999JU3」に向かうはやぶさ2は、微粒子を持ち帰ることで、天体だけでなく生命の起源を解明することが期待されています。
2011年に正式なプロジェクト化が発表され、開発がスタートしたのは2012年。その間、数多くのメンバーが関わってきた一大プロジェクトを支えるチームワークの秘訣とは。はやぶさ2のミッションマネージャーであるJAXA(宇宙航空研究開発機構)の吉川真先生に伺いました。
「超ピンポイント」で決まっている打ち上げ時期
― はやぶさ2の打ち上げを検討し始めたのはいつごろだったのでしょうか。
吉川:初めてはやぶさ2の打ち上げを提案したのは2006年ごろです。
2005年に小惑星『イトカワ』に到着したはやぶさは、サンプル採取が上手くいかずに終わってしまいました。当時の問題点はわかっていたので、再挑戦としてはやぶさ2の打ち上げを検討していたのです。
― かなり前から検討されていたのですね。
吉川:はやぶさが打ち上がったのは2003年でした。実は2000年頃から、はやぶさの次の新しい世代の探査機を検討するグループができていたのです。そのグループが、はやぶさ2グループの母体となっています。ただ、はやぶさ2はすぐには予算がつかなかったため、2010〜2011年に打ち上げることを目標に、毎年提案を行っていました。それに間に合わなかったので、2014年まで伸ばすことになったのです。
― なぜ2014年なのでしょうか?当初の打ち上げ目標時期となる2010〜2011年から、しばらく空白期間がありますが。
吉川:惑星の動きの違いによって、探査機を打ち上げられる時期が決まっているためです。ピンポイントの打ち上げ時期でないと、打ち上げは技術的に不可能。
たとえば火星に探査機を送るとすると、打ち上げ時期は2年に一度しかありません。探査機やロケットなどが打ち上げられなければならない時間帯、またはその時間帯が存在する期間のことを、宇宙用語で『打ち上げウインドウ』といいます。
今回目指す小惑星『1999JU3』は4〜5年に一度しか打ち上げのチャンスがありません。具体的にいうと、『1999JU3』の打ち上げウインドウは11月30日〜12月9日。その間に打ち上げる必要があるのです。
理想は捨てる。チームで模索するのは「今何ができるか」
― はやぶさのときと同様、はやぶさ2でも様々な企業が参加し、巨大プロジェクトとして動いていると思います。どれくらいの人数で進めていらっしゃるのでしょうか。
吉川:メンバーの人数を正確に出すのは難しいですね(笑)。というのも、はやぶさとはやぶさ2には大きな違いがあるからです。はやぶさは工学実験を行うために開発された探査機で、科学実験は付随的な位置づけにありました。
一方、はやぶさ2は科学実験をメインで行う探査機です。そのため、JAXA以外にも大学や研究機関の科学者が参加するサイエンスチームをつくっています。その人数は200数十人程度と科学面で強化されています。
工学チームにも各メーカーのメンバーが含まれるため、正確な数字を把握しきれないのが実情です。参考までに申し上げると、はやぶさのときはおよそ500人でプロジェクトを進めていました。
― はやぶさ2にも500人程度のメンバーが関わっているとすると、かなり大規模なチームだと思います。チームをまとめる際に苦労したのは、どのようなことでしたか?
吉川:複雑な装置を"使う側"のサイエンスチームと、"作る側"の工学チームとで役割分担があり、双方にこだわりがあるため、せめぎ合いのようなものが生まれることでしょうか。
サイエンスチームは工学チームに対し、自分たちのやりたいことを主張しますが、工学チーム側が『そこまでするのは危険ですよ......』と主張すると、話し合いが平行線を辿ることになります。
限られた予算や期日があるなかで進めていることですから、各自が理想ばかりを追求していてはいけません。現実的に何ができるかといった観点で、装置を作る人と使う人とで話し合い、協力して進めていくことが求められますが、これが最も難しいことだと感じています。私などが間に入ることもあるのですが、両者が直に話して折り合いをつけていくという形が結局一番ベストになるのです。
メンバーのほとんどが他のプロジェクトとの兼務
一番の課題はマンパワー
― 予算に関する話題が出ましたが、世界と比べて日本の宇宙研究開発予算は潤沢なのでしょうか? それとも......?
吉川:アメリカと比較すると、日本の予算はNASAと比べて10分の1程度とよく言われます。アメリカが、はやぶさのプロジェクトを面白く意義深いと感じたそうで、はやぶさ2を立ち上げた後に、同種の取り組みを立ち上げました。
今年7月にアリゾナ大学に招待される機会があり、現地の視察をしてきたところ、予算規模がまったく違うことに改めて気づき驚きました。サイエンスチームだけで専任の科学者が60人ほどいて、打ち上げ後は200人規模に増やすのだとか。
― はやぶさ2もサイエンスチームには200人以上いらっしゃる、というお話でしたよね。
吉川:サイエンスチームの科学者は全員、はやぶさ2のプロジェクトに専任として関わっているわけではありません。ほかのプロジェクトと兼務しながら取り組んでいる状態なのです。アメリカとは予算規模がまったく違っているわけですから。
日本も探査機を作って打ち上げるだけではなく、サイエンスチームを中心にもうすこし予算があればと感じています。やはりプロジェクト専任の科学者がいなければならないと。そのマンパワーの部分が一番厳しいですね。制約がある中で上手くやり繰りしていくことが求められます。
― 全員が複数のプロジェクトを抱えているとはいえ、打ち上げ期が近くなると、優先順位は上がってきますよね?
吉川:もちろんです。とはいえ、予算確定後〜打ち上げまでの期間は長いとはいえません。具体的に始動したのは2011年からなので、およそ3年程度です。スケジュールが厳しい点がつらかったですね。まだ打ち上げまでやることが膨大にあり、ギリギリではありますが。
各自が役割を果たす――"あたりまえ"がチームを成功に導く
― 現在、吉川先生ははやぶさ2のミッションマネジャーを担当されていらっしゃいます。サイエンスチームと工学チームとの間に立って、リーダーとしてマネジメントを行うにあたり、心がけているのはどのようなことでしょうか?
吉川:各チームメンバーが専門分野に注力できる環境づくりをすることです。実は開発のほかに事務的な作業がたくさんあります。たとえば今回は、欧米のチームも関わっているため、海外とのやりとりも発生するわけです。それらは私にて行っています。
工学チームは装置を作ること、サイエンスチームは装置を使って実験を行うこと、打ち上げ後に適切なデータを取れるよう事前に膨大な調査をしたりすることが主たる業務ですから、チームメンバーにはそれぞれの"本業"に注力してもらいたいと思っています。
また、開発中には、科学的にはここまでやらないと意味がないが、技術的にはそこまでは無理でこの程度までとなる、といった事例がたくさんでてくる。その場合に話し合いをします。
できないならやらないという1か0かではなく、0よりはここまでやれたほうがいいね、という折り合いをつける。理想はその通りだけど、それを実現するには、もっと予算が必要になったり、装置が大きくないとできなかったり、運用が危険になってリスクが高まる、といった現実を全員で見て伝えること。科学者にはその点をしっかり伝えることを心がけています。
― プロジェクトを成功させるチームの理想の在り方はどのようなものでしょうか?
吉川:まずは各自にそれぞれの役割を果たしてもらうことが基本。はやぶさ2には複雑なシステムが使われています。さらに工学から理学に至るまで、いくつもの分野が関わっていますから。
思い返すと、はやぶさは『チームワークがよかった』と評価されていました。私自身、それは特別に評価されることではなく、あたりまえのことをやってきただけだと感じています。
単にメンバーひとりひとりが、自分自身の役割を理解し、かつ役割を果たして、それをリーダーが取りまとめて上手くいったということです。基本は各個人・各チームがそれぞれの役割をきちんと果たすしかないと思っています。
― 打ち上げまで開発を続ける間に、想定し得ないことが起こる可能性もあるかと思います。そんな変化に柔軟に対応するには、どのような組織にすればよいとお考えですか?
吉川:各装置ごとに担当するチームがあり、それぞれで開発を進めています。ただ、おっしゃるとおり、研究開発にトラブルはつきものです。
はやぶさと同じものを作るにしても、上手くいかないことはあります。はやぶさを作って10年以上経ち、部品も変化しているため、まったく同一のものを作るのは難しいといえます。
どこに原因があるかを見極め、対処法・方針を考えて決めることが重要です。そういうことができるリーダーが必要なのです。だからといって、リーダーが各チームにしっかり報告を出させるように指示して、各メンバーがレポートを出すことに時間がとられるようになっては本末転倒です。チームの状況を見ていて危なそうだと思ったら手立てを打てるようにしておく、そこに気が付くかどうか、という点がリーダーには求められると思います。非常にバランスが難しいところですね(笑)。
はやぶさ2の打ち上げまで残り1ヶ月を切りました。2018年夏前に小惑星に到着するはやぶさ2。打ち上げ後は電波で通信を行いながら、今後も長期間に渡ってミッションは続いていきます。地球への帰還は2020年11月〜12月頃。その数年後に全プロジェクトが完了した頃、改めてチームに関するお話を伺いたいと感じてなりません。
(取材:2014年10月/執筆:池田園子/撮影:尾木司/取材・編集:椋田亜砂美)
(この記事は2014年ベストチーム・オブ・ザ・イヤー「500人チームで専任は10分の1以下。最小リソースで最良の結果を出す――小惑星探査機「はやぶさ2」プロジェクトチーム」 より転載しました。)
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