1月31日、TBS「白熱ライブ・ビビット」を見て絶句した。
あるホームレスの男性のことを一方的に「悪質」「違法者」と断罪していた。
タイトル画像のイラストはその時のものだが、河川敷で犬を多頭飼いして、
「犬男爵」
と呼ばれるホームレス男性が
「人の皮をかぶった化け物」ホームレス
だという説明で登場する。
現在、社会問題になりつつある東京MXテレビと同じくらいかそれ以上に相当に悪質な人権侵害といえる放送なのだ。
東京MXと共通して、登場する人物をあざ笑うような姿勢がある。
たとえば、ホームレスでテレビ視聴が好きな人を「リア充ホームレス」と表現してみたり、ホームレスが多数住む多摩川の河川敷を「多摩川リバーサイドヒルズ」、その住人を「多摩川リバーサイドヒルズ族」などと表現して、"お気楽な生活を楽しむ人々"だというニュアンスのある表現をしている。
これは東京MXの「ニュース女子」が基地反対派の人たちを「週休2日」と表現して小馬鹿にして笑ったような姿勢と似ている。
長く、ホームレスなど貧困層を中心にテレビドキュメンタリーを作った元取材者としての経験で言わせていただくと、
今回のTBSの「ビビット」は、
ホームレスの人たちへの差別や偏見を助長する"ヘイト放送"
といっていい。
それほどひどかった。
「白熱ライブ ビビット」のVTR。
多摩川の河川敷に住むホームレスの人たちの現状を取材するシリーズの第7弾だということが見ていればわかる。こんな放送が繰り返されていたとは迂闊にも知らなかった。不明を恥じる。
番組を見ていこう。
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(スタジオの女子アナのコメント)
ビビットが時々潜入取材を行っている600人ものホームレスが住む多摩川河川敷。第7弾は犬17匹を飼い、周辺住人に迷惑をかけるホームレスを直撃しました。
(以下、VTRが続く。ナレーションは男性の声)
多摩川河川敷の不法占拠地帯にビビッドディレクターが潜入!(字幕でも同じ言葉が文字になっているが、「激撮!」という言葉がついている)
ビビッドではこれまで河川敷に勝手に住み着くホームレスを度々取材。
ホームレスタウンの名は多摩川リバーサイドヒルズ。そこには・・・
カラスをペットとして飼いならすホームレスやテレビ鑑賞するリア充ホームレスまで。我々の想像をはるかに超えた驚愕の不法占拠地帯が広がっていた。
現在こうしたホームレスは多摩川におよそ600人も住みついているという。
(字幕「600人の巨大ホームレスタウン」)
そんなリバーサイドヒルズでは今・・・
(犬が檻の中で吠える様子)
犬の予防接種の義務を放棄し、多頭飼育をするという新たな問題が発生していた。
そこで今回は多摩川リバーサイドヒルズの実態を体を張って取材してきた潜入ディレクター宮川が最新リポート!
(字幕「 "多摩川リバーサイドヒルズ族"潜入ディレクター」)
すると・・・(顔にボカシを入れた男性がカメラとディレクターに近づいてくる)
「何やっているんだ、このやろう。何やっているんだ、おい。勝手に入りやがって、この・・・」
そこに現れたのは犬たちを束ねる長(おさ)、その名も犬男爵!
(字幕「そこに現れたのは・・・犬男爵」)
「ふざけるんじゃないって言うんだよ。吠えられるやつは心が曲がっているよ。心が腐ったやつに吠えるわけですよ」
彼の口からは責任転嫁も甚だしい衝撃の言い分が!(字幕「衝撃の言い分」)
多摩川リバーサイドヒルズ、エピソード7(セブン)、"悪質な犬の飼い主、犬男爵"
(タイトル字幕も同じ。)
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とこんな流れだ。
最初からホームレス男性を「犬男爵」などと揶揄していたり、ホームレスの人たちが多く住む多摩川沿いの河川敷を「多摩川リバーサイドヒルズ」というぶざけた名称で呼んでみたりで、とてもテレビ報道のセオリーを踏んだものではない。情報番組であってもこういう報道はTBSでは許されているのだろうか? TBSにも報道には貧困問題に詳しいベテラン記者たちがいたはずだが、その人たちは声を上げなかったのだろうか? 少なくとも私が現場の記者をやっていた時にこんな放送を違う局の番組で放送していたら担当者にホームレス問題を一から解説に行ったことだろう。
さて、さらに続きを見てみよう。
字幕と断っているのは字幕部分。かっこ書きされていない文章は、ナレーション部分。「」はインタビューなどの言葉だ。()は映像についての説明や質問者の言葉だ。
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さっそく多頭飼いされた犬たちが近隣住民に迷惑をかけているという、東京都調布市へ。(字幕「多頭飼い現場へ急行!!」)
まずは被害状況について、聞き込みを開始!(字幕「聞きこみ開始」)
「怖いよ。だって3匹4匹、こんなまとわりつくと怖い」(高齢女性インタビュー)
(まとわりつかれたんですか?)
「そうよ」
「噛まれた人がいるからここの犬は気をつけたほうがいいよ」(高齢男性インタビュー)
(人が犬に噛まれるイラスト)
住民によると犬は放し飼いされており、噛みつかれたとの証言も。
(別のイラストに文字で説明)
犬の放し飼いは東京都の条例違反。
(字幕「東京都動物の愛護及び管理に関する条例」『第9条 犬を網・鎖で確実に保持して移動させる』)
また予防接種をしていない場合、噛まれると狂犬病になる危険さえ、ある。
周辺のホームレスは犬の飼い主への恐怖をこう表す。
(字幕「 多摩川リバーサイドヒルズ族に聞くと・・・』)
「人間じゃないんだってアイツは!」(字幕も同じ)
(人間じゃない?)
「人間の皮をかぶった化け物というのはああいうやつのことを言うんだ」
「別の意味でもあれも化け物なんだ」
(人間の半分が化け物というイラスト・音楽が入る)
"人間の皮をかぶった化け物"、「犬男爵」とは、どんなホームレスなのか?
(おどろおどろしい音楽)
(字幕「"人間の皮をかぶった化け物"ホームレス 犬男爵とは?」)
潜入ディレクター宮川は聞き込みで得た情報を頼りに竹やぶのほうに。
(歩くディレクターの歩く姿に字幕 「有力な情報」)
すると!
(ワンワン)
「犬の鳴き声が聞こえますよ」(字幕同じ)
「まったく様子が見えませんが、中からすごく犬の鳴き声がします」
入り口と思しき、細い通路を発見。
(字幕「ようやく入り口発見!」)
「おっとこれ、犬って書いていますね。」(これ「犬」って書いていますね)
「犬っていう看板があります」
さらに潜入者を威嚇するカメラが見ているぞ、の文字が。
「すっごいゴミが散乱していますね」(字幕 同じ)
「うわっ...ここに犬が、犬がいます」
(小さな檻に入った犬が2匹)
「黒い犬が1匹。あっ、奥にもいますね~。もう1匹います」
ゴミに覆われたケージの中には小型犬が2匹。
しかし犬の鳴き声の強さはこの2匹だけとは思えない。
(字幕 一体何匹の犬が!?)
さらに奥へと進むと・・・
「うわー、ここもゴミが散らかってますね。大量のゴミが...。
うわっ!(足を滑らせて転ぶ)顔が・・・。
(ゴミの中に顔の置物がある)」
なんとそこには不気味な生首。
(字幕「生首」)
とここで潜入ディレクター宮川は目を疑う光景に出くわす。
(字幕「目を疑う光景が!!」)
「ご主人いるんでしょうか?」(と小屋のドアを開ける)
「うわー、1匹、2匹、3匹・・・かなりの数の犬がいます」
4畳半ほどの小屋に押し込まれた8匹の犬。その姿は薄汚れ、飼育環境は見るからにおかしい。
「ひどい臭いですね」
(字幕「4畳半ほどの小屋に8匹の小型犬」)
信じがたい状況を前にあっけにとられていると、次の瞬間!
(字幕「次の瞬間!」)
「こらー、お前ら何やっているんだ、こら」
「何やっているんだ、勝手に入りやがって、このやろう~。」
(ディレクターが質問:なんすかそれは?)
「何やっているんだよ勝手に入りやがってこのー」
(質問:ここがおとうさんの場所ですか?)
「俺の小屋だよ」
(劇的な音楽)
ついに人間の皮をかぶった化け物と呼ばれる犬男爵が登場!
(字幕「犬男爵が登場」)
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この後もVTRは続くのだが、ここまで見ただけでこの取材や編集のいい加減さはよくわかるので番組内容はこのくらいにしておこう。
かつてのマネキンか何かの首の部分が放置されているのに驚いてわざとらしく転んでみたり、それに「生首」という字幕を入れてみたり、ホームレス問題や犬の多頭飼い問題とまったく無関係の部分を長くしたり、番組づくりがふざけている。TBSではこういう作り方をして内輪で受けでもするのかもしれないが、これは情報番組としても通常は意味不明でアウトの演出だろう。
とにかく、このあと、このホームレス男性が河川敷で犬を多頭飼いして放し飼いにもしていることで、狂犬病などの危険があることでいかに住民に迷惑をかけているか、不法占拠をしているかについて報告が続く。動物保護団体の人も登場するし、行政側の対応の情報も出てくるのだが、実はホームレス支援団体には話を聞いていない。ホームレスの中には精神障害や知的障害が強く疑われる人たちの割合が高いことはホームレス支援の現場ではいわば常識的な話だ。「法令違反だ」「けしからん」を繰り返したところで問題の根本的な解決にはならない。
実は私自身はこのホームレス男性を間接的に知っている。
名はSさんという。
直接の面識はないのだが、昨年、私のゼミに所属する21歳の女子学生が「ドキュメンタリーを制作する」という授業でこの男性を数ヶ月にわたって取材していた。
この女子学生は最初はカメラを向けるのを断られていたが、何度か通ってお願いするうちに撮影することを承諾してくれたという。
この女子学生が制作したドキュメンタリーは、「犬男爵」でも「化け物」でもなく、人間社会に見捨てられたペットたちが殺処分されるのに心を痛めている心優しい男性が登場する作品だ。
あるドキュメンタリーのコンクールでも評価されて入賞した。
そういう男性なのに、TBSは「犬男爵」だの「化け物」として一方的に断罪したのである。
私の教え子であるこの女子大生は、「なぜテレビではSさんのことを一方的に悪者と決めつけるのか。なぜ土足で彼の生活空間に無断で入ってカメラをいきなり回すのか?」と心を痛めてきた。
実は、Sさんのことを「迷惑なホームレス」としてテレビ局が取り上げるのはこれが初めてではない。
TBSでは昨年12月にやはり情報番組の「あさチャン」でも放送し、夕方のニュース番組の「Nスタ」でも放送。
他にテレビ朝日の「スーパーJチャンネル」でも取り上げていた。
そのたびに教え子の女子が顔を曇らせて相談に来ていた。
メディアの仕事にも関心がある彼女は、テレビ局の取材班とは違って、最初はカメラなしでSさんと言葉を交わし、礼を尽くして数回通って信頼を得て、そこから撮影を開始している。
しかし取材が職業であるはずのテレビ局の取材班は、だいたいアポなしでいきなりSさんが犬たちと住む場所を撮影するという乱暴な取材を繰り返し、決まって「迷惑行為」だという姿勢で伝えるだけだった。
相手がホームレスで法令違反をしている、という一点を口実に勝手に人間が居住している空間に侵入する。勝手に撮影する。
TBSはこれまで3度、別々の番組でSさんの平穏を乱しただけでなく、今度の「ビビット」では勝手に「人間の皮をかぶった化け物」「犬男爵」などと呼称をつけて中傷する形で放送している。これはもう立派な人権侵害である。
ホームレスの人たちへは少年などによる偏見に基づく襲撃死亡事件も時々起きている。
それを助長するかのような放送ではないか。もし Sさんが襲撃されて命を落とすようなことがあった時、TBSの社長は責任を取れるのだろうか?
東京MXテレビの『ニュース女子』が沖縄の米軍基地反対派の住民を「組織に金で雇われた連中」などと伝えたのと同じヘイト放送だ。
基本的にふざけて取り上げていてるようなナレーションや極端にドラマチックな音楽などの使い方、反対派やホームレスなどを一律に同じように扱う姿勢でも共通する。
TBSは懇意の制作者や記者も多いが、ジャーナリズムへの意識が高い人たちが多い会社だと日頃は感じている。
尊敬できるような幹部や記者も少なくない。かつて「報道の雄」と呼ばれた頃のDNAが時々顔を出して素晴らしい報道をすることも多い。TBSだけでなく、TBS系列のJNN系列会社が報道で培ってきた人材の豊富さは他の系列では太刀打ちできないほどだ。
それなのに今回の『ビビット』のていたらく。東京MXテレビと同じようなずさんさだ。なぜそんなことになってしまうのだろう?
情報番組スタッフの外注化拡大などで、TBSもOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)でのジャーナリスト教育では、とても足りないということだろう。
放送を見た限りでは、このコーナーの「ディレクター宮川」はまともな取材者ではない。
なぜそんな人物にホームレスという知見や経験を必要するデリケートな取材を任せてしまったのか。
それは番組責任者の力量の乏しさとしかいいようがない。
TBSの「白熱ライブ ビビット」で今回の放送が「多摩川リバーサイドヒルズ」シリーズの第7回だったということはすでにこの回の前に6回はこうした放送が行われていたことを物語る。このホームレスの人たちを侮蔑するニュアンスのタイトル名からして、どういうスタンスの放送だったかは想像できる。
ホームレスを法令違反する人間たちだとして一方的に「違法」「悪質」だと非難する放送を繰り返してきたのだろう。
法律を守らないからと犯罪者として扱い、背景にある深い問題と向き合わないくせにレッテルだけ貼る姿勢は、東京MXテレビの「ニュース女子」にすごく似ている。
その問題の背景をきちんと取材しない一方的な伝え方であることはジャンルは違ってもすごく似ている。
ホームレスは当然ながら、なんらかの理由で住居に住めなくなった人々なので、公道の路上にいようが公園にいようが河川敷にいようが、つきつめれば法令違反をしている人たちである。
それは社会の貧困の問題が折り重なるように体現された人たちだ。
だからこそその人たちを支援していこうという人たちも存在し、たとえば公園などを管理する行政側に杓子定規な運用ではない対応を働きかけている。
別の次元でも同じようなことは、沖縄の基地反対運動にも当てはまる。反対派の住民は時に道路に座り込んだり、車の出入りを妨害したりして抵抗している。そのことだけをつきつめれば法令違反かもしれない。しかし、彼らが沖縄の置かれた戦前・戦後の歴史や米軍基地の中で暮らすことを余儀なくされたこれまでの経緯を振り返った時に他に選択のしようがない抵抗行為だと受け止めるからこそ、小さな法令違反と大きな怒りを見比べてみて、まっとうな報道者はその怒りに共感して伝えるだろう。
かつて「報道の雄」と呼ばれたTBS。
「報道特集」「サンデーモーニング」など、定評ある硬派の番組もある同局はいったいどうなってしまったのか?
取材したディレクターがVTRを制作したとしても、プロデューサーやチーフ・プロデューサーもいたはずだ。
同局には考査の部署もあればコンプイアンスの部署もある。
これらの多くの責任者は元・報道の記者たちだったはずだ。
それがどうなってしまったのだろう?
それにしても「天下のTBS」がこんな映像を放送したというのは今でも信じられない。
今回のTBS「ビビット」については、現在、ホームレス支援団体やそうした活動をしている弁護士たちも番組を視聴して対応を協議している。
いかに匿名とはいっても「人間の皮をかぶった化け物」などという表現は、Sさん自身への明確な名誉毀損が成立する。
場合によってはBPOの放送人権委員会への申し立てを検討することになるかもしれない。
「ビビット」の放送VTRをみる限り、ホームレスの人はどうせテレビなど見ないから抗議もしてこないだろうと、相手を軽んじるような傲慢な姿勢が見て取れた。「ビビット」のスタッフには多摩川河川敷のホームレス問題を語る資格はない。これまでの放送分も含めて放送して良いものだったのか検証していきたい。
近々、教え子の女子学生と一緒にSさんのところに行って、私も話を聞いてみるつもりだ。
(2017年2月2日「Yahoo!ニュース個人(水島宏明)」より転載)