大型ハリケーン「マシュー」が中南米のハイチを直撃してから1カ月。数百人が死亡した災害は深刻な爪痕を残している。被害の大きかった地域では家屋や道路など生活インフラの再建もままならず、慢性的な食糧不足が続いているという。
10月下旬までハイチを10日間訪問していた日本赤十字社の五島三保子さんが、現地の様子を報告する。
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首都ポルトープランスから被害の大きかったグランダンス県ジェレミーを目指す。300キロ、車で8時間の道のり。4時間西に走りレカイへ近づくころ、ハリケーンの爪痕が見え始め、どんどんひどくなる。
もともとのデコボコ道が所々陥没し路肩がいたる所で崩れている。崖崩れのため道幅が狭くなった箇所も多い。切れた電線が電柱にぶら下がっている。途中通り過ぎる集落という集落すべてに被害がすぐに見て取れる。屋根がなくなり壁だけ残った家々、土台だけしかない家々、多くの人々が生活の糧にしているバナナやココナツの木が根こそぎ倒れている。まるで津波の後のようだ。
少しの水たまりで女性が洗濯している光景は道沿いのいたるところで見られる。10リッターのポリタンクを持って水を汲みに行く人が目につく。多くの場合子供である。たまに乗客を乗せたミニバスが通ると、子供が走り寄り金をねだる。乗客から小銭やキャンディーが投げられると子供が先を争って拾いに行く。そんな光景がジェレミーまで続いた。
ジェレミーでは、雨の中市内の一地域プラトンを地元ハイチ赤十字のボランティア、ミッシェルと歩く。広場にいた松葉杖をついた男性が自分の家に連れて行ってくれる。屋根はない。台所と思われる場所で、散乱した物の中に松葉杖の片方がある。「食料、住む場所が欲しい。夜雨をしのぎたい」と男性は言う。とにかく生活に必要な最低限のものすらないらしい。原型をとどめている家は一軒もなく、トタン板で囲われた壁が続き、要塞のような雰囲気をかもし出している。
どうやらここは高級住宅地ではなく、かといってスラムでもない、この街の市井の人々が住んでいた場所と推測した。近くの小学校が避難所として使われていた。中に入ると薄暗い部屋で国際NGOが2団体何かの受付をしており、住民20人くらいが手に黄色い紙を持って待っている。さらに奥の暗い部屋へ行くと、子供を抱いた母親が「J'ai faim(お腹がすいた)」と近寄ってきた。
予想外だったが、ここではみんな撮影されても気にしない。しかし住民の名前を聞こうとした時ミッシェルが現地語クレオールに通訳してくれなかった。一人の名前を聞くと助けが来ると期待して、我も我もと自分の名前を言いに寄って来るからだという。
ああ、そうだったのか、だからみんな撮影されたかったのか。
国連の最新の発表によると※、ハリケーンにより200万人が被害を受け、うち子供が89万人余、緊急に食料を必要としている人は80万人以上。死者は546人と発表されているが、地元新聞社の報道ではハリケーンの被害が大きかった南県とグランダンス県では死者の数の集計がまだできていないとのことで、死者の数が増加する可能性は十分にある。22万人以上の死者を出した2010年のハイチ地震以来の大災害である。
日本赤十字社は2010年のハイチ地震以降、現地に日本人要員が滞在し支援を続けているが、2014年からは中央県の2地域でコレラ予防のための衛生教育を行っている。ハリケーンの後に恐れられていたコレラ流行が現実のものとなっている現在、住民の衛生教育に力をいれたこの日赤の事業が注目を浴びている。
活動地域の集落ボランティアの話では、コレラ患者が75%減り、今回のハリケーン通過の際には村人が率先して感染予防につとめた結果、ハリケーン以降の新規感染者はゼロという。救援物資にも資金を提供した。第一回の配布は、ジェレミーから車で更に西へ4時間かかる、川の氾濫で一時孤立した場所だった。
しかし大事なことは、日赤が単独で何を行ったかということでなく、各国の赤十字同士が協力して、いかに必要な場所へ、困っている人々へ迅速に支援を届けられるかである。日赤がある地域で活動する一方で他国赤十字社が他地域での物資配布、巡回診療や清潔な水の確保、住民の生計支援に乗り出している。赤十字が対応している災害の9割は国際メディアの一面を飾ることのない「静かな災害」だ。同じ被災地でも、たまたま有名になった所とそうでない所で支援格差が生まれることは日本でも経験している。
交通の不便な所への支援は強いロジスティック体制を持った団体でないと届けられない。目立たない場所への支援は覚悟をもった団体しかできない。
日赤は世界190カ国の赤十字からなる国際赤十字・赤新月社連盟の一員だ。世界最大の人道支援ネットワークである。これからも、どこの国の赤十字が、どこの地域で、何をするかの調整をしながら、取り残される人がいないよう、支援の重複がないよう活動したい。
※: Haïti : Hurrricane Matthew-Situation Report No. 18 (31 October 2016), UNOCHA