青森県八戸市が直営施設「八戸ブックセンター」開設へ 民間の書店や市立図書館との関係は?

青森県八戸市は2016年夏、中心市街地に市直営の施設「八戸ブックセンター」(仮称)を開設する。「大人を対象とした本のセレクトショップ」でカフェを併設し、生活雑貨なども販売、「本のまち」として活性化をはかる考えだ。その計画にアドバイザーとして関わっているブック・コーディネーターの内沼晋太郎さんに、一体、どのような書店になるのか、気になる疑問を聞いてみた。
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猪谷千香

青森県八戸市は2016年夏、中心市街地に市直営の施設「八戸ブックセンター」(仮称)を開設する。5月に八戸市が発表した構想によると、「大人を対象とした本のセレクトショップ」で、カフェを併設し、生活雑貨の販売やイベントなど実施。「これまで手に触れる機会が少なかった本に出会える場の創出」することで、「本のまち」として活性化をはかる考えだ。現在、その計画にアドバイザーとして関わっているのが、東京・下北沢の個性派書店「本屋B&B」を手がけるブック・コーディネーターの内沼晋太郎さん。一体、どのような書店になるのか? 既存の書店や図書館との関係は? 気になる疑問を内沼さんに聞いてみた。

■ビール片手に本が読める「これからの街の本屋」

下北沢駅から歩いて1分もかからない場所に「本屋B&B」はある。通好みの本が並ぶ棚をみれば確かに書店なのだが、よくある「街の本屋さん」とはちょっと違っている。まず、店名からしてユニークだ。1つ目の「B」は「ブック」というのはわかるが、2つ目の「B」は「ビール」なのだという。ビールを注文して、本を片手に飲めるのだ。おしゃれな店内では雑貨も販売、オープン以来欠かさず毎日、旬の作家やクリエイターたちが登壇するイベントが開かれていて、多くの本好きの人たちでにぎわっている。

「これからの街の本屋」を目指しているというこの書店は、内沼さんが2012年、博報堂ケトルと協業で開業した。内沼さんは2005年、東京・原宿にあったアパレルショップ「TOKYO HIPSTERS CLUB」の本棚をプロデュースするなど、カフェやショップの本棚をコーディネートする仕事などを手がけてきた。従来の出版流通の枠にとらわれない、本にまつわる様々なプロジェクトを仕掛け、注目を集めている。

内沼さんが今回、八戸市と関わるようになったきっかけは、2013年12月に上梓した「本の逆襲」(朝日出版社)だった。出版・書店業界の不況が深刻化する中、「出版業界の未来は暗いかもしれないが、本の未来は明るい」として、自身の活動についてつづり、話題作となった。

出版後、内沼さんは全国の書店を回り、「本の逆襲」のトークイベントを開催、2014年5月には仙台市の複合施設「せんだいメディアテーク」を訪れた。そこでミュージアムショップを経営していたのが、八戸市に本社を置き、青森県内を中心にオフィス機器や文具を販売している「株式会社 金入(かねいり)」だった。

内沼さんは、金入の社長、金入健雄さんから、八戸市が八戸ブックセンターを計画していることを聞く。金入さんは市からの依頼を受け「八戸市に来て、ぜひ本の話をしてもらえないか」と要請。内沼さんは2カ月後に八戸市を初訪問、市職員を対象にした勉強会で、出版社や書店をとりまく状況や自身の活動について語った。

■八戸ブックセンター計画は市長の公約

八戸ブックセンターはもともと、小林眞市長が2013年10月の選挙で、政策公約として掲げたものだ。「子育て・教育の充実したまちの実現」のため、「『本のまち八戸』を目指し、赤ちゃんを対象にした『ブックスタート』と新小学生を対象にした『ブッククーポン』の配布を行うとともに、書店との連携により、本のセレクトショップ『八戸ブックセンター』を開設します」としている。

八戸市では小林市長のもと、八戸ブックセンターをどのような施設にすべきか検討していた。その中で内沼さんとつながりができたことにより、オープンまでのコンセプト作りを託すことになったという。

自治体が運営する書店は離島など一部の前例がないわけではないが、斬新な試みであることには間違いない。内沼さんは八戸市からのオファーを受けた理由をこう語る。

「八戸市に限らず、今、地方都市では書店の経営がどこも厳しいです。八戸市の書店も全部見て回りましたが、どうしても限られた品揃えになってしまい、雑誌、コミック、文庫が中心で、一部児童書、ビジネス書、実用書が少しずつという書店が大半でした。でも、地方にも本格的な海外文学や人文・社会科学、自然科学、芸術・文化など、もっと幅広いジャンルの本を読む方はいらっしゃる。そういう方たちは、ネット書店やもっと大きな都市まで行って本を買っています」

八戸市は、八戸ブックセンターに方向性として、「本を読む人を増やす、本を書く人を増やす、本でまちを盛り上げる」ことを目指している。

「市長がブックセンターを公約に掲げた理由は、ご自身が本が好きで、本に育てられたという思いがあるものの、そういう豊かな本との出会いの場の提供を、民間がビジネスとして担うのには限界がきているのではないかという考えがあったようです。そもそもそういう多様な本と出会える『場』がないと、本が好きな人を増やすことはできないのではないか、ということです。

市内の書店さんと協働で、市民の方々の知的好奇心を刺激するような取り組みにできればと思っています。前例のないことをやっているという自覚は私たちにもありますが、八戸市の取り組みがひとつの成功事例となれば、他の地方の方々にも真似してもらえる新しい形ができるという思いはあります」

■自治体による「書店」は民業を圧迫する?

一方で、「自治体による書店が民業を圧迫するのではないか?」という懸念の声もある。内沼さんはこの半年間、月に2回は八戸市に通い、市内の書店経営者や読者の人たちと面会を重ねてきた。その感触は?

「書店の経営者の方たちは、かなり好意的に受け止めてくださっていると感じています。お話を詳しく伺うと、皆さんいろんなポイントでこのままやっていくことに関する行き詰まりを感じていらっしゃるようでもありましたので、行政が担う部分と民間で行っていただく部分、うまく補完し合いながら、理想の『本のまち八戸』の形がつくれればと思っています。

まだアイデア段階ではありますが、たとえば、魅力あるフェアや棚作りを行いたいと考えても、そのための人材が足りないとか。だとしたら、八戸ブックセンターが主体となって企画して、参加してくださる各店舗を巡りたくなるような共同のフェアを選書して開催したり、それぞれの書店さんのスタッフの特性に合わせて――今は活かせていないけど、実はこのジャンルに詳しいとか――その書店さんで特定のジャンルを強化していくためのお手伝いをしたり、といったようなことを想定しています」

それぞれの書店が特色を強化できれば、八戸市内の書店マップを作って「本のまち歩き」といった広がりもできてくる、と内沼さん。八戸ブックセンターの目的は、単独で本の売上を伸ばすことではないという。

「理想としているのは、本のまちとして全体が盛り上がることで、地元の書店さんの売上が下がるどころか、むしろ上がるようなブックセンターです。たしかに、スーパーの隣にスーパーができたら厳しいかもしれませんが、こと本屋ということでいえば、棲み分けは可能だと思っています。

たとえば、B&Bのある下北沢にも、もともと三省堂やヴィレッジヴァンガードがありましたが、僕たちが出店した後も、おそらく彼らの売上は落ちていないと思います。同じ新刊書店ではありますが、それぞれに違うことをやっているからです。下北沢には他にも個性的な古書店があって、本のまちとして雑誌などで紹介されるようになりました。本が好きな方が下北沢で本屋めぐりをしてくださるようになり、結果的には良い効果を生んでいると感じます。また、ぼくたちが特定の本の問い合わせを受けたときにも、『うちにはありませんが出たばかりの新刊なので、おそらく三省堂さんには入荷していると思います』とか『絶版ですが、カウンターカルチャー系の本なので気流舎さんにならあるかもしれません』とかといった具合に、他店を紹介するようにしています。

もちろん、下北沢と八戸市とは違いますから、このままB&Bのスタイルを持って行っても成功しないと思います。あくまで八戸ならではの形をゼロから考えるべきで、今は一つずつ検討している段階です。まだお話できることは少ないですが、今の書店さんのビジネスを阻害しない書店の形や、行政にしかできない『本のまち』の取り組みが、実現できそうな可能性を強く感じています」

■八戸市立図書館との関係はどうなる?

気になるのは、八戸市立図書館との関係だ。「図書館を充実させるべきでは」という声も少なくない。

「そもそも、図書館で本を借りて読むという体験と、書店で本を買って読むという体験は、別のものであるという前提で考えています。書店しか行かない人もいれば、図書館しか行かない人もいる。両方活用している人もいます。もし図書館だけあればよく、本は借りて読むだけでいいのだとすれば、世の中にはとっくに図書館だけになっているはずです。本を買う人がいるから、書店がある。自分には読み切れない量の本や、背伸びしていつか読もうと思う難しそうな本を買い、生活空間の中に背表紙の文字が目に入ることで、すぐには読まなくても知的好奇心が刺激されたり、一回読んだ本でも目に入るたび中身のことを思い出したり。読みながら考えたことを直接ページに書き込んだり、読んだ後の本をそのまま誰かに譲ったり。そういう楽しみは、モノとして本を所有してこそ、でしょう。

また、お金を出して買う時は、借りるときよりもどの1冊にしようか悩んで、慎重に選んで買います。自分で選び抜いて買った本だからこそ、特別な思いを持って大切に読むということもあります。いろいろな意味で、借りるという行為と買うという行為は、けっこう違うだろうと。

一方、図書館の役割は、一般書の貸出業務だけではありません。たとえば、様々な資料を収集、保存し、たとえごく限られた人しか必要としないような郷土の歴史資料なども、必要なときに提供できるようにしていくことはとても重要です。

そう考えると、たとえば『本で町を盛り上げる』というようなことは、優先順位をつけるならば、図書館の第一の役割ではありません。特にインターネットの普及以降、知識や情報と人々との関係も大きく変わってきている中で、書店と図書館それぞれのあるべき姿、第一義とすべき部分も、時代の変化に伴って変わっていると考えます。今回、八戸でブックセンターという第三の施設をつくることは、地方都市におけるそれぞれの役割の再定義や分担についての模索でもあります。そういう状況の中で、地方都市の多くで経営的に厳しい民間の書店に担いきれない部分を支えることは、市民に等しく知を提供するための公共性のある事業であると考えています」

■武雄市図書館のフォロワーにはならないという選択

自治体直営となる八戸ブックセンターと運営形態は異なるが、自治体が運営を委託した図書館で、指定管理者の事業として書店が併設されているのが、佐賀県の武雄市図書館だ。TSUTAYAを運営するカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)が2013年、指定管理者となってリニューアルオープンした武雄市図書館内には蔦屋書店のスペースがあり、新刊書が販売されている。東京都渋谷区にある代官山蔦屋書店は、多数の雑誌を並べた「マガジンストリート」が特徴的だが、武雄市図書館でもそのスタイルを踏襲している。

初年度に92万人が訪れたという武雄市図書館は、集客施設として脚光を浴びた。現在、全国にそうした武雄市図書館のフォロワーが増えている。神奈川県海老名市、宮城県多賀城市、愛知県小牧市、岡山県高梁市、山口県周南市、宮崎県延岡市などで、主に街を活性化させる目的で、CCCが図書館の運営や計画に関わっているという。

内沼さんは、こうした状況についてこう語る。

「住民のみなさんの知的好奇心を刺激し、本が好きな人を増やすような新たな公共施設をと考えたときに、武雄市図書館はとても先進的で魅力的な事例だとは思いますが、その結果、全国の一部の地方自治体では『わが町にも武雄市図書館のような図書館を』という感じで、CCCを誘致すること一択という雰囲気になってしまっていると感じます。

武雄市図書館のモデルであるところの代官山蔦屋書店と、ぼくたちが下北沢でやっている本屋B&Bとは、全く規模が違います。しかし、本屋を特集するような雑誌やメディアに掲載していただく際には、同じ大きさで横並びに紹介していただくことがあります。すなわち、場としての影響力は、必ずしも施設の大きさに比例しません。そう考えると、たとえば図書館本館の大リニューアルとかでなくとも、分館や分室レベルの小さな施設でも、多くの人の知的好奇心を刺激するような、魅力ある場を生み出せる可能性があります。市が直営する八戸ブックセンターでそれが可能になれば、それを真似していただくことが第二の選択肢になるかもしれません」

内沼さんは、「本をめぐる環境は、常に変わり続けています。現在の民間の書店と図書館の関係性は、歴史的にはここ何十年間か成り立ってきただけのものです」と指摘する。その上で、私たちの町の知的環境をいかに進化させていくか。八戸ブックセンターから目が離せない。

「まだすべてが検討段階で、何も出来上がっていませんから、まったく偉そうなことは言えません。課題もたくさんありますので、どこまで実現できるかわかりませんが、現時点では色々なアイデアがあり、前向きに検討されています。本の世界にはもっと広がりや深みがあるということ知る、その入口となるような施設にできたらと思います」