(ラスブリジャー編集長の、現職での最後の記事ーガーディアンのサイトより)
左派系高級紙「ガーディアン」の編集長アラン・ラスブリジャー氏が、29日、20年にわたる編集長職を終えた。ぼさぼさ頭に黒縁のめがね、学者然としたラスブリジャー氏が去るのは、寂しい思いがする。
最も印象深い事件を一つだけ挙げると、あのスノーデン報道(2013年6月以降)が思い出される。これは、米英の諜報機関による、世界的な監視・情報収集体制を暴露した報道だ。情報源は元CIA職員エドワード・スノーデン氏(ロシアに亡命中)だった。
「国家の機密を外に出す=国益に反する」報道について、英国政府、政治家、情報機関側から批判が出るのは避けられなかった。
ラスブリジャー編集長は下院の内務問題委員会に召還され、報道の意義や負の影響について、下院議員たちに問いただされた。このような委員会には呼ばれるだけだって、びびってしまいそうである。「君はイギリスという国を愛していないのか」と聞いた議員もいた。
ラスブリジャー氏はどんな質問にも堂々と、かつ熱意を持って答え、ガーディアンを痛めつけようとした議員の発言を見事に切り返した。なんとも根性が座った人だと思ったが、もちろん、後で判明するように、情報機関の役人から、スノーデン・ファイルが入ったラップトップコンピューターのハードドライブを破壊されるといった脅しも経験していた。
スノーデン報道の前には、「メガリーク」という言葉を生んだ、内部告発サイト、ウィキリークスが媒介役となった、巨大な量の米軍の情報ファイルの暴露報道があった(2010年)。情報をリークした米兵チェルシー・マニング(当時はブラッドリー・マニング)は軍事関連情報をリークした罪などで、35年間の禁固刑を受刑中だ。
メガリーク報道では、どんな内容になるかを事前に教えてくれと米政府関係者に電話で迫られたが、それには答えずお茶を濁した・・・という。(メガリーク報道にご関心のある方は、以前のエントリーをご参照されたい。)
調査報道記者デービッド・リーが主導した、「エイトケン事件(武器調達の収賄事件)」もあった。ラスブリジャー氏が編集長になってからほんの3ヶ月の頃の話である。(以下、以前のエントリーから抜粋・引用。)
1995年4月10日、ガーディアン紙は、ジョナサン・エイトケン財務副大臣(当時)が、サウジアラビアから兵器契約に絡んで賄賂を受け取っていたと1面で報じた。同紙とグラナダ・テレビの調査報道番組「ワールド・イン・アクション」(WIA)の記者による調査を基にしていた。WIAは、エイトケン氏の武器調達大臣時代の賄賂受領疑惑を「アラビアのジョナサン」と題する番組で、同日午後8時から放映予定だった。
ところが、エイトケン氏は放映3時間前に記者会見をし、「嘘と嘘を広める人」への「戦い」を始めると宣言した。番組は放映され、同氏は名誉棄損で提訴した。
有力政治家との真っ向からの対決である。
しかし、同氏のパリのホテルでの宿泊代が賄賂であった証拠をガーディアンとWIAの共同取材が明るみに出し、1997年、同氏の敗訴が確定した。99年、同氏は偽証罪と司法妨害で有罪となり、18か月の実刑判決を受けた(実際の受刑は7か月)。裁判費用が膨らみ、同氏はロンドンの自宅を売却しても足りず、破産宣告を受ける羽目になった。
ラスブリジャー氏の指揮下で、かずかずの調査報道が掲載されたが、近年はデジタルジャーナリズムへの投資で英国内外で広く知られるようになった。英国の新聞の多くがウェブサイトの閲読を有料化(メーター制)しているが、ガーディアンは過去記事も含め、すべてを無料でやっている。ここでも、筋を貫いた。
「オープンジャーナリズム」(メディア組織に勤務する人員だけでコンテンツを作るのではなく、読者、視聴者、専門家、外部のITエンジニアといった、「他者」を巻き込んでコンテンツを作る)の提唱者でもあった。(ガーディアンのオープン・ジャーナリズム上と下 )
ラスブリジャー氏は編集長として最後の記事を書いている。
これによると、その経緯は:
1979年:ガーディアンでの勤務開始
1988年:いったんガーディアンを離れていたが、特集面の編集者として戻る
1995年1月:編集長、就任
11月:小冊子「G2」を創刊、ウェブサイトがスタート
1997年:英新聞界では初めて、オンブズマン制度を作る
1999年:ウェブサイトを「ガーディアン・アンリミテッド」として開始
2005年:立てに細長い、ベルリナー判に変更
2006年:論考・オピニオンをブログ形式で出す「コメント・イズ・フリー」を開始
2008年:ロンドンのキングス・プレースにオフィスを移動
2010年:ウィキリークスのメガリークス報道
2011年:巨大電話盗聴スキャンダルを暴露
2013年:スノーデン報道
2015年5月29日:編集長として最後の日
30日から、キャサリン・バイナー氏が編集長となる。創刊以来、初めての女性編集長だ。
ラスブリジャー氏は夏から、ガーディアンを所有するスコット・トラストの会長となる。
ご関心のある方は、ラスブリジャー氏やガーディアンについてはこのブログでもちょくちょく書いてきたので、ブログ内検索を使って、いろいろ探してみていただきたい。
(2015年 05月 30日「小林恭子の英国メディア・ウオッチ」より転載)