■国民生活を犠牲にした国民投票
ツィプラス・ギリシャ首相が6月27日に発表した国民投票の実施は、ギリシャの銀行危機を加速、自らをユーロ圏からの離脱に追い込むリスクがある。
国民投票に対しては、2015年5月にはドイツ政府からも早期の実施であれば容認するとの声があった。筆者も当時、反緊縮を掲げ1月の総選挙で勝利したツィプラス・ギリシャ首相が、緊縮措置を受け入れる正当性を確保するために、遅くとも6月半ば、すなわち、第2次金融支援の枠組みが失効する6月末の直前には国民投票を実施すると予想していた。
しかし、今回の国民投票は第2次金融支援の枠組み終了後に実施されるだけに、ギリシャの預金者、すなわち国民を一段と混乱に陥れることになろう。なぜなら、ギリシャ政府が金融支援を受けられず、7月の国債償還に対応できなければ、ECB(欧州中央銀行)は7月に、不良資産と化したギリシャ国債を多く保有するギリシャの市中銀行は存続困難と判断し、市中銀行に対する融資(緊急流動性支援)を打ち切る可能性があるからだ。この場合、ギリシャの市中銀行は中央銀行からもユーロを調達できず、流動性逼迫に直面、預金者は長期にわたり銀行から預金を引き出せないリスクがある。
ツィプラス・ギリシャ首相が国民投票を発表した背景には、強引に緊縮措置を受け入れようとすれば、連立与党が瓦解、政権が倒れる事態を懸念したと見られるが、今回のギリシャ政府の対応は、国民生活をさらなる混乱に陥れかねない。
ギリシャ北部の都市テッサロニキで、緊縮財政策受け入れを迫る欧州連合(EU)の旗を破って抗議する左翼系政党のメンバーら
■緊縮措置を受け入れても金融支援を獲得できるとは限らない
目下の焦点は国民投票の結果となる。今回の国民投票では、IMF、欧州委員会、ECBから構成される債権者が6月25日のユーロ圏財務相会合に示した緊縮措置に対し、「拒絶の場合には"No"」、「賛成する場合には"Yes"」に投票する形式が取られている。
国民投票で「拒絶、No」との回答が過半数を占めれば、ギリシャ政府は金融支援を受ける道をほぼ閉ざされよう。通貨ユーロを調達できなくなった政府は、目先の公務員賃金支払い、年金支払いについては、IOU(借用証書)の発行で対応、すなわち、数ヵ月後にユーロで賃金、年金を支払うとのギリシャ政府の意志を表すIOUを公務員、年金受給者に渡す可能性がある。
IOUを手にしたギリシャ国民は、ギリシャ政府の支払い能力を疑問視、IOUを大幅に割り引いて現金化すると予想される。この時点ではギリシャはユーロ圏に留まっているものの、国内ではユーロ紙幣と、大幅に割り引かれたIOUという事実上の二重通貨体制となろう。その後もギリシャ政府がユーロを調達できない状況を続ければ、新通貨を採用、ユーロ圏からの離脱を決断するリスクもある。この場合、ギリシャ政府、ギリシャ中央銀行のこれまでのユーロ建ての債務はほぼ返済困難となり、潜在的にはユーロ圏各国政府の財政赤字対名目GDP比率を3%程度拡大させる可能性を秘めている。
一方、ツィプラス・ギリシャ首相はいかなる結果も受け入れる可能性を示しているため、「賛成」多数となれば、ギリシャ議会が、年金給付額削減、付加価値税率の引き上げといった緊縮措置を可決、債権者側と金融支援獲得交渉に臨むことが可能となろう。
しかし、国民投票で「賛成、Yes」が多数となっても、ギリシャ政府が金融支援を受けられるとは限らない。なぜなら、直近のギリシャ経済のさらなる悪化により、ギリシャ政府が必要とする金融支援額が一段と拡大と見込まれる中、ドイツ政府などが金融支援に頷く保証がないためである。ギリシャ政府が債権者側との間で、国民投票から10日程度で金融支援を獲得の目途を付けられなければ、7月14日満期の円建てギリシャ国債、7月20日満期のユーロ建ての国債の償還に対応できない可能性がある。
筆者は、ギリシャ国民の多くがユーロ圏残留を望んでいるため、金融支援を獲得するためには緊縮措置の受け入れが不可欠と判断、賛成票を投じると見込んでいる。結果として、ギリシャがユーロ圏に留まる可能性はある。
とはいえ、今回の国民投票は、国民にギリシャのユーロ圏残留を問うのではなく、単に緊縮受け入れの是非を問う形式となっている。依然として支持率の高いツィプラス・ギリシャ首相は退陣覚悟で国民に対してNoを投じるよう呼びかけている。それだけに、緊縮疲れの国民がどのように反応するのかは不透明である。ちなみに、国民投票の投票用紙では、Noが上、Yesが下となっており、政府の意図が窺える。
ギリシャのツィプラス首相が発表した国民投票実施の方針に失望感を表明するユンケル欧州委員会委員長
■11年秋のような金融市場の大混乱は回避へ
ごく短期的には、金融市場は、ギリシャのユーロ圏からの離脱、それに伴う南欧諸国の格下げリスクを懸念、質への逃避を高める可能性がある。海外からの資金調達にさほど依存していない日本は質への逃避先となり、為替市場ではある程度、円高が進むことも考えられる。
もっとも、ギリシャ情勢にかかわらず、2011年秋、2012年半ばのような金融市場の大混乱は回避されるとみている。理由として、欧州の主要銀行によるギリシャ政府向け、ギリシャ向けエクスポージャーが限定されていることもあるが、より重要なのが、ECBの条件付国債購入措置であるOMT(アウトライト・マネタリー・トランザクションズ)が効果を発揮すると考えているためである。
OMTとは、ECBが2012年9月に発表した条件付き国債購入措置である。具体的には、ユーロ圏加盟国が、域内の金融支援基金であるESM(欧州安定メカニズム)から信用枠を獲得すれば、ECBが当該国の残存1~3年の国債を上限なしで購入するという措置である。
実はこのOMT、2012年9月の発表以降、一度も発動されていない。それでも、12年秋以降、南欧諸国の国債相場が安定したのは、市場が、現在のイタリア、スペイン政府であれば、信頼に足る財政赤字削減策を打ち出すことが可能なため、いつでもESMから信用枠を獲得、ECBのOMTを通じた残存1~3年のイタリア、スペイン国債購入措置を引き出せると期待していることがある。
市場がギリシャのユーロ圏からの離脱を懸念すれば、市場は南欧諸国国債の格下げを懸念、南欧諸国の国債利回りはある程度上昇しよう。そこで、レンツィ・イタリア首相が「財政赤字削減策と引き換えにOMTの利用も検討」と一言発すれば、市場はOMT発動を期待、利回りの上昇に歯止めがかかり、市場のリスク回避姿勢が後退する可能性もある。