ギリシャ総選挙でチプラス現首相が率いる急進左派連合(SYRIZA)が勝利して以来、外部から押し付けられた緊縮プログラムとの闘いに国際社会の注目が集まる中、ギリシャ国内では、急進左派による「反汚職」というもう一つの闘いが始まっている。
反汚職担当相に任命されたパナギオティス・ニコルディス氏(65)は最高裁で検察官を務め、経済犯罪を専門としてきた人物。新ポストでは、ギリシャの政治・経済を支配してきた一部の有力実業家らを対象に汚職一掃を進めていく。
ニコルディス氏は先週議会で演説を行い、「国家と公共サービスが自らの利益のために存在すると考える」エリート層を非難した。同国では、一部実業家による政治家への影響力行使、契約受注のためのメディアへの支配力乱用、自らが有利になるような規制変更、違法行為の訴追回避に対して批判が出ている。
チプラス首相は、「オリガーク(少数の特権支配者)」と呼ぶ富豪に対する抜本的な措置を発表。これには民間テレビ局の再認可手続き、銀行と「癒着」した人物への融資の中止、一部の民営化事業の終了、海外銀行に口座を持つ国民の税務監査強化などが含まれる。
首相は先週の議会演説で、「ギリシャを危機に追いやり、国際的な価値を下げた政治・経済体制を打破する」と語った。バルファキス財務相も、税収増加、市場開放、経済成長の促進のため、「オリガーキー(寡頭制)を崩壊させる」と述べた。
急進左派のラファザニス・エネルギー相は議会に対し、アテネの旧ヘレニコン空港の跡地売却計画について、撤回を目指してを見直す考えを表明。この計画では、跡地はギリシャ一の富豪、スピロス・ラトシス氏一族が経営権を握るラムダ・デベロップメントに売却される予定になっている。
ラムダは先週発表した声明で、売却見直しの可能性は「ギリシャが切実に必要としている海外投資家を落胆させるようなメッセージを送った」と失望を示した。
一方、自身の一族が石油精製事業や造船業、メディア事業に関与する実業家のヤニス・バルディノヤニス氏は、チプラス首相の反汚職への取り組みには「正当性がある」と指摘。ギリシャのビジネス環境に腐敗的な悪影響を与えた体制は存在するとし、汚職行為の取り締まりは経済成長と事業への信頼感の回復にプラスとなるとの見解をロイターに示した。
<富裕層以外も対象>
チプラス氏率いる急進左派は、ギリシャで独占的な地位を占め、事業展開で政治的支援を享受してきた一握りの富裕層への批判を続けてきた。
ただ批評家からは、投資家を呼び込み資本逃避を防ぐため、政府は汚職や脱税などの違法活動への対応と、富裕層の影響力縮小という政治課題を明確に区別すべきだとの意見も出ている。
ニコルディス氏はロイターのインタビューで、すべての富裕層を批判しているわけではないと指摘した。その上で、政治的支援を受けた裕福な実業家らが石油密輸、銀行詐欺、脱税行為に関与していたことは過去の調査で明らかになっていると説明。「(取り締まりの対象は)富裕層ではなく、たまたま裕福で犯罪を犯した人物だ」と述べた。
政治経験を持たない「アウトサイダー」で、過去の経歴に問題のないニコルディス氏の反汚職担当相任命は、国内に汚職がまん延していると考える国民からも支持を得ている。
法務省の高官で元保守系議員のGeorge Sourlas氏は、チプラス首相が掲げる反汚職対策はこれまでのところ「見事」であると認めざるを得ないと話す。「密輸業者には政治権力の支えがあり、すべての政党とつながっている」と述べた。
<税収増加>
財務副大臣に就任した大学教授のディミトリス・マルダス氏は、課税を逃れている収入や汚職を通じた調達活動への取り締まりを強化する方針。燃料密輸だけでも年間数十億ユーロが奪われているとしている。
一方で、取り締まりによる税収回復は非現実的だとする懐疑的な見方もある。
元税務当局幹部で中道政党のHarry Theocharis議員は、脱税や汚職は富裕層だけの問題ではないと指摘する。
ニコルディス氏も富豪や特権階級を標的にするだけでは脱税は排除できないと認め、支配層の汚職行為の取り締まりについて、政府の収入拡大よりも公平性の確保がより重要な意味を持つかもしれないと述べた。
「たとえ一部の国民が資金を持って国外に脱出する事態になったとしても、汚れた資金と腐敗した企業がギリシャ経済を動かす状態に陥るのを避けるため、リスクを取ることを選ぶ」とし、「現行システムを変えることが目標だ」と述べた。
(Stephen Grey記者 翻訳:本田ももこ 編集:加藤京子)