「株高」の正体はただの「官制相場」:「GPIF」改革見送りの問題点

年初から2月20日まで、日経平均株価は約1000円上昇しているが、少なくとも13日までの600円分の上昇には海外投資家は寄与していないのである。ではいったい、誰が今の株高を支えているのか。
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A pedestrian is reflected in an electronic stock board displaying the closing figure of the Nikkei 225 Stock Average outside a securities firm in Tokyo, Japan, on Thursday, Feb.19, 2015. Japan stocks rose, pushing the Nikkei 225 Stock Average to the highest close in 15 years, as the biggest banks jumped and Trend Micro Inc. and Sony Corp. gained. Photographer: Yuriko Nakao/Bloomberg via Getty Images
Bloomberg via Getty Images

 東京株式市場で2月23日、日経平均株価の終値が1万8466円を付け、2000年4月以来14年10カ月ぶりの高値を付けた。「円安による日本企業の好業績を背景に、海外投資家が買っている」といった解説が新聞・テレビを通じて一斉に流れた。それが事実ならば、アベノミクスの成功を見越した海外投資家が積極的に買っているということになる。これは本当なのだろうか。

買い本尊は「年金資金」

 実は、統計で判明している年明けから2月13日までの間、海外投資家は買っていない。東京証券取引所が発表している投資部門別売買動向によると、逆に1兆1138億円を売り越しているのだ。年初から2月20日まで、日経平均株価は約1000円上昇しているが、少なくとも13日までの600円分の上昇には海外投資家は寄与していないのである。

 ではいったい、誰が今の株高を支えているのか。個人投資家は1月は買い越したものの、2月に入って大幅に売り越しており、2月13日までの累計では1851億円の売り越し。個人も買っていないのだ。

 この間せっせと買っていたのは、「信託銀行」部門である。7037億円の買い越しだった。このほか、事業会社の買い越しなどもあるが、圧倒的に信託銀行が目立つ。背後には年金資金があると見られる。年金基金などが株式運用をする場合、運用委託先が信託銀行などを通じて売買するため、投資主体は信託銀行ということになるのだ。

 年金基金といっても、企業が持つ厚生年金基金などは、年金の支払いが増えて運用資産が減少する傾向にある。運用難から基金を解散する動きも活発だ。つまり、株価を押し上げているのは民間にある年金資金ではないと見られる。

GPIFの巨額資金によるPKO

 可能性が高いのは、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の資金だ。GPIFは国民から預かった130兆円を一手に運用しているが、昨年10月に運用ポートフォリオ(資産構成割合)の見直しを発表した。

 それまで60%を日本国債などの「国内債」で運用するとしていたものを35%に引き下げる一方で、国内株式を12%から25%に、外国株式を12%から25%に、外国債券を11%から15%にそれぞれ引き上げた。債券中心、国内中心から運用方針を劇的に転換して、株式と債券を半々とし、海外投資へと大きくシフトしたのである(2015年1月26日「低迷『日本株』は海外投資家に見捨てられるのか」参照)。

 実は、投資部門別売買動向の月間統計をみると、「信託銀行」は2014年5月以降、今年1月まで毎月、買い越しを続けている。GPIFの資料を見ると、2014年9月末段階でGPIFは保有する130兆円の運用資産の18.23%を国内株に投資していた。基本ポートフォリオでの国内株式は12%だったが、「上下乖離幅」として6%が認められていたが、すでに、その上限いっぱいまで買っていたのだ。

 新しいポートフォリオでは、上下9%の乖離幅が認められている。つまり、2015年3月末までに標準まで買ったとして25%、上限いっぱい買えば34%まで買うことが可能になった。仮に昨年9月末に18%だった国内株を半年後に25%にするとすれば、それだけで9兆円以上の資金が株式市場に流れ込むことになる。

 これを見ればお分かりの通り、今の株価を支えているのはGPIFマネーで、しかも安倍晋三内閣が進めたポートフォリオ見直しによって、それに拍車がかけられている。一部の識者から「官制相場」だと言われるのはこのためだ。アベノミクスの成功を演出したい官邸の意向によって、GPIFの巨額資金を使った株価維持策が取られているというわけだ。いわゆるPKO(プライス・キーピング・オペレーション)である。

不確実性の高い「いびつな市場」

 そんな政府の意向に左右される市場の株式を、海外投資家が本腰を入れて買うことは、残念ながら、ない。2013年に15兆円も買い越した海外投資家は、昨年2014年1年間でわずか8526億円しか買い越さなかった。これに対して、GPIFの資金が流れ込んだと見られる「信託銀行」の2014年の買い越しは2兆7848億円に達したのだ。海外勢は日本株の先行きに慎重姿勢を取り続けており、冒頭に見たように、その傾向は今年に入っても変わっていない。

 政府の意思で株価を支えるということは、逆に言えば、政府の方針が変われば株が売られるということ。経済のファンダメンタルズ(基礎的要件)や国際情勢など通常、投資家がリスクと考える要因よりも、「日本政府の意思」の方が大きなリスクになる。

 例えば、安倍内閣が株式シフトで仮に失敗したとしよう。次の内閣が方針を全面的に見直して、GPIFの運用を国債中心に一気に戻す可能性もなくはない。そうなれば、日本株は間違いなく暴落する。そんな不確実性の高い「いびつな市場」で運用するのは危ない。海外投資家の中でも、年金資金など長期の資金を運用する機関投資家はそう考える。

 そんな長期資金を運用する海外投資家が注目してきた事がある。GPIFのガバナンス改革だ。

塩崎大臣を怒鳴りつけた菅官房長官

 9月に厚生労働相に就いた塩崎恭久代議士は繰り返し、ポートフォリオの見直しとガバナンスの強化は車の両輪だと発言してきた。現在のGPIFでは理事長1人が最終的な決定権限を握る。理事長の任免権は政府が握っているから、130兆円の運用が、事実上、政府の思いのままになってしまう。塩崎氏はこれを、日本銀行のような独立性・専門性の高い審議委員によって運用方針を決める合議制に改革すべきだというのが持論だった。塩崎氏は大臣になると、GPIFを合議制に変える法案の作成に熱を上げた。

 ところが、この方針が、官邸と真っ向からぶつかったのである。官邸にとっては現在の意のままに操れる体制が好都合なのだ。さらに、今年1月にはGPIFのCIO(最高投資責任者)というポストを新設、水野弘道という人物を据えた。

 水野氏は英国の投資会社コラーキャピタルでパートナーを務めていた人物で、安倍内閣の官房副長官を務める世耕弘成議員と旧知の間柄。官邸の意向でポートフォリオ運用などに何の実績もない水野氏が送り込まれたのだ。

 これに激しく反対した塩崎氏と官邸の菅義偉官房長官、世耕副長官の「バトル」の様子を、2月19日発売の週刊文春が5ページにわたって報じている。記事は塩崎バッシングになっているが、官邸が株価を自由に動かすために、塩崎大臣が主張したGPIF改革に真っ向から反対したというのだ。

 すでに官邸は塩崎氏が厚労相に就く前の段階でポートフォリオを見直して株式へのシフトを進める一方で、ガバナンスについてはCIOを置くことなどでお茶を濁す方針を決めていたという。それに抵抗してガバナンス強化に動こうとする塩崎氏に、菅氏は以下のように指示したと文春は伝えている。

「ポートフォリオを変更しないまま年を越すと、マーケットの期待を裏切る。これまでのGPIFの改革の方針に添って、改革を遅滞なく、3月31日までにスケジュール通りやってほしい」

 それでも言うことを聞かない塩崎氏を菅氏は怒鳴りつけたという。

 その後、どうなったか。官邸の関係者によると、菅氏と世耕氏は安倍首相を動かし、塩崎氏に対して最後通牒を突き付け、ガバナンス強化に向けた法改正を断念させた、という。2月上旬のことだ。これで、GPIFの運用はCIOが一手に権限を握る体制が続くことになりそうだ。あとは3月末で任期を迎える三谷隆博理事長の後任にCIOの意向に異を唱えない人物を据えれば、官邸が目指す"ガバナンス"体制は出来上がることになる。

「官製相場」の弱点

 GPIFが仮に許容される上限の34%まで国内株式を買い増したとすれば、20兆円近い資金が株式市場に投入されることになる。前述の通り25%としても、9兆円である。そうなれば、市場関係者が期待する日経平均2万円も早晩実現するに違いない。

 一方で、外国株式や外国債券への投資も増やすことになっており、これによって円資金が外貨資産に変われば、円安要因にもなる。これはつまり、為替介入以外にも円安を演出する手立てができたことを意味する。GPIFの130兆円を政府が意のままに動かした場合、円安株高は続きそうに見える。

 だが、マーケットはそんなに甘くない。株式市場は実態経済を映す鏡だ。実態価値以上に株価が上がれば、海外投資家は必ず日本株を売って来る。2013年に15兆円買い越した日本株を、一転して売り浴びせる可能性があるのだ。

 昨年4月の消費増税の影響が長引き、個人消費は足踏みを続けている。円安による企業業績の好調によって給与が増えるという「経済好循環」を安倍内閣は訴え、ムード作りに必死だが、実際にどれぐらい賃上げされるか不透明だ。つまり、景気の実態は芳しくないのである。

 加えて、アベノミクスの「本丸」だと安倍首相自身が言う3本目の矢である規制改革もなかなか進まない。

 結局、海外投資家が本格的に日本株を買う動きにはなっていないのだ。個人投資家も短期の売買が中心で、長期にわたって株式を保有しようというムードは出ていない。

 株高を演出する「官製相場」の弱点は、いずれ弾が切れることだ。GPIFがどんなに買い続けても、一方で海外投資家や個人投資家が売り続ければ、相場は思ったほど上がらない。少子高齢化の中で、年金資産は取り崩しが増えてくるのは明らかで、中長期で見れば、GPIFが日本株を買い続けるのは難しくなるのだ。その時点で、日本経済が成長軌道に乗っていなかったらどうなるのか。誰も買い手がいない相場が下落するのは火を見るより明らかだ。GPIFの130兆円頼みの「官製相場」の終わりが始まったのかもしれない。

磯山友幸

1962年生れ。早稲田大学政治経済学部卒。87年日本経済新聞社に入社し、大阪証券部、東京証券部、「日経ビジネス」などで記者。その後、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、東京証券部次長、「日経ビジネス」副編集長、編集委員などを務める。現在はフリーの経済ジャーナリスト。著書に『国際会計基準戦争 完結編』、『ブランド王国スイスの秘密』(以上、日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)、編著書に『ビジネス弁護士大全』(日経BP社)などがある。

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(2015年2月24日フォーサイトより転載)